第三十五章 その一 二十六世紀のジャンヌ・ダルク
翌朝。
レーア達はリトアム・マーグソンが薪を割る音で目を覚ました。
「おはようございます、リトアムさん」
レーアは目を擦りながら彼の小屋の中から外に出て来た。リトアムはニッコリして彼女を見ると、
「どうですか、ゆっくり休めましたか?」
「はい、もうぐっすり……。それにしても、リトアムさんはお若いですね」
リトアムは斧を置いて、
「私は古代の修練法であるヨガと拳法を若い頃から学びましてね。毎日の鍛錬が、今日の私を支えておるのです」
レーアは感心しながらも、気になった事を尋ねる。
「失礼ですが、おいくつなんですか?」
リトアムは大声で笑ってから、
「今年で九十歳になります。しかし、どこも悪いところはありません」
「ええっ!?」
レーアは仰天してリトアムを見た。リトアムは真顔になり、
「エスタルトの遺言で、ここへおいでになったそうですな」
「はい」
レーアも真剣な顔で応じる。リトアムはレーアをジッと見て、
「それで、エスタルトはどんな事を書いていましたか?」
「貴方になら、地球を救う方法を教えてもらえるはずだと……」
「なるほど」
リトアムは再び薪を割り始めた。レーアはリトアムに近づき、
「教えて下さい。私は一体どうすれば良いのですか?」
「ジャンヌ・ダルクという女性をご存知ですか?」
リトアムは斧を振り下ろしながら言った。レーアはキョトンとして、
「いいえ……。誰ですか?」
レーアは歴史が苦手だ。知っているのは自分の先祖くらいである。リトアムは次の薪を台に載せて、
「今から千年程前、現在のフランク地方区がまだフランス王国と呼ばれていた頃、祖国のために戦い、魔女の汚名を着せられて火あぶりにされた女性の名です。彼女は神のお告げを受け、圧倒的に優位だった敵軍を蹴散らし、フランス王国を救ったのです」
「……」
レーアは真剣な表情でリトアムの話を聞いている。リトアムはレーアを見上げて、
「もし、ジャンヌ・ダルクがいなかったら、フランス王国は滅亡していたでしょう。今の地球連邦に良く似ています」
「ええ」
レーアはよくわからないまま頷いた。
「貴女は、現代のジャンヌ・ダルクなのですよ、レーアさん。今の地球を救えるのは、貴女だけなのです」
「そんな……」
レーアはびっくりして息を呑んだ。リトアムは立ち上がって、
「しかし、何も貴女に死ぬ事を勧めている訳ではありません。ジャンヌの悲劇は繰り返してはならない。そして、ダスガーバン家の忌まわしい歴史にも終止符を打つべきなのです」
「はい」
レーアの迷いは解け始めていた。
(私、自分の事しか考えていなかった事が恥ずかしい)
一方、ディバートとナスカートは、無事MCMー208と209に乗り込み、太平洋をオーストラリアへ向かって飛行していた。
「でも安心したよ。キャンベルのパルチザン、全滅はしていないって聞いてさ」
ナスカートが言った。
「ああ。しかし、兵糧攻めに遭わされているって事だ。一刻も早く到着しないと、イサグ達が自滅してしまう」
とディバートは答えた。ナスカートはニヤリとして、
「そうだな」
二機は太平洋の彼方へと消えた。
イサグ達は瓦礫の山の中で一夜を明かそうとしていた。オーストラリアにはまだ日は昇っていない。
「畜生、夏だから堪えられたけど、冬だったら凍死していたぜ」
イサグは呟いた。女性のパルチザンの一人が、
「でも、このままじゃ私らは自滅だよ。ここを脱出して、他の部隊と合流しないと……」
「わかってる。しかし、今動いたら、敵の思う壷だ。仲間の救援を信じて待つしかない」
イサグは夜空を見上げて言った。他のパルチザン達も空を見上げた。
「潜水艦はどうなった?」
オセアニア州の帝国軍司令官であるメムール・ラルゴーは兵舎の中の待機室で部下に尋ねた。
「はっ、ニュージーランド島を通過、大陸に接近中との事です」
「よし、できるだけ引きつけておけ。連中の目の前で、餓死寸前のパルチザン共を一人ずつ銃殺してやる」
ラルゴーがニヤリとして言うと、部下達はゾッとして顔を見合わせた。
レーア達はリトアムの小屋を出発する事になった。
「レーアさん、忘れてはいけない。貴女の一挙手一投足が歴史に影響を与えるのだという事を」
リトアムが言うと、レーアは力強く頷き、
「わかっています。リトアムさん、私、必ずこの戦争を止めてみせます」
「うむ。期待しています」
レーアはクラリアやミタルアムに目配せし、大型ホバーカーに乗り込んだ。大型ホバーカーはリトアムの小屋を後にして、走り出す。
「今度こそ、本当にダスガーバン家が栄えると良いですな、ミリアさん」
リトアムは空を見上げて、レーアの亡き母であるミリアに語りかけた。
(私は二十六世紀のジャンヌ・ダルクになろう。そして、地球連邦をより理想的な国家として建国しよう)
レーアは心の中で誓った。