第三十四章 その三 レーア危機一髪
レーア達の乗った大型ホバーカーは次第に道幅の狭くなったとろこを走っていた。運転は再びザラリント・カメリスがしている。
「私も詳しい場所はわからないが、とにかくこの道を行けば、リトアム・マーグソンのいる丘に出るはずだ」
ミタルアムが言った。するとカメリスが、
「妙ですね。先客がいるようです」
レーアは身を乗り出して前方を見た。確かに道には雪がホバーカー独特の気流で飛び散っており、はっきりとその跡が残されている。ミタルアムは懐中時計を見て、
「これ以上邪魔が入ると、日没前どころか、今日中にも着けなくなってしまう」
「何故私達の行く先が連中にわかったのかしら?」
クラリアが言う。ミタルアムは、
「ザンバースだ。奴はリトアム・マーグソンの居場所を知っているのだろう」
「だとしたら、マーグソンさんの命が危ないって事ね」
レーアがクラリアを見て言う。クラリアは目を見開いて頷く。ミタルアムはカメリスを見て、
「とにかく、急いでくれ。暗くなったら奴らの思う壷だ」
「はい」
大型ホバーカーは加速し、雪道を疾走した。
「あっ!」
レーアは前を見て叫んだ。前方に五台の警備隊の装甲車が停止していて、細い雪道を塞いでいた。
「やはり待ち伏せをしていたのか……」
ミタルアムが呟く。レーアが横道を見つけて、
「カメリスさん、左!」
「わかりました!」
大型ホバーカーは装甲車の五十メートル程手前を左折した。装甲車は何故か一台も動こうとしない。罠だったのである。装甲車の乗員は、大型ホバーカーが曲がった先で待っているのだ。
一方ディバートとナスカートのジェット機は、いよいよ西部地方区に到着しようとしていた。
「見えて来たぜ、太平洋が」
「ああ。もう少しだ」
ジェット機が降下すると、雲海が目の前に広がり、二機はその中に吸い込まれた。そして更に二機は雨の降る西部地方区へと降りて行く。ナスカートはキャノピーを叩く雨を見て、
「珍しいな、雨降りなんて」
「そうだな」
ディバートは地上を見下ろして答えた。
雪道の両側にある針葉樹林を、影がいくつか蠢いている。彼等は帝国軍北アメリカ師団ケベック地方区連隊の歩兵である。
「ホバーカーを止めろ」
連隊長が指示する。二人の歩兵がバズーカ砲で雪道を撃ち、大きな穴を開けた。そうとは知らないレーア達のホバーカーは、穴の直前まで疾走して来た。カメリスは穴に気づいたが、到底間に合わない。
「うわっ!」
大型ホバーカーは前部は穴を飛び越えたが、後部がガクンと穴に落ち、レーアとクラリアは後部座席に転落してしまった。
「きゃあ!」
大型ホバーカーはザザッと穴の奥まで滑り落ちて止まった。
「くそう、この深さじゃ、ホバーカーの浮揚力では出られない」
カメリスが歯軋りする。ミタルアムは後ろを見て、
「二人共、大丈夫か?」
「ええ、何とか……」
レーアとクラリアは起き上がって答えた。
「全員、ホバーカーから降りて両手を上げろ」
連隊長と二人の歩兵が銃を構えて近づく。四人は仕方なくホバーカーから降り、両手を上げた。連隊長は、
「おい、縄梯子を下ろしてやれ」
と命じた。歩兵の一人が縄梯子を穴の中に垂らす。一番先にミタルアムが上がり、レーア、クラリア、カメリスと続いた。
「ミタルアム・ケスミー、ザラリント・カメリス。お前達には訊きたい事が山ほどある」
連隊長はミタルアムに銃を突きつけて言った。それから彼はニヤリとしてレーアとクラリアを見ると、
「こちらのお嬢さん二人には、若い連中が用があるそうだ」
レーアとクラリアはビクッとした。二人の歩兵は飢えた肉食獣のような目でレーアとクラリアを見て、ニヤニヤしている。ミタルアムが、
「レーア・ダスガーバンに妙な事をすれば、ザンバースが貴様らを只ではおかんぞ」
すると連隊長はせせら笑い、
「お前らを置き去りにして、狼の餌にしちまえば、ザンバースにだってそんな事はわかりはしないよ」
「何!?」
ミタルアムは仰天した。
(こいつらには、ザンバースの恐怖が伝わっていないのか?)
歩兵の一人がレーアの肩に手をかけた。
「何するのよ!?」
レーアの平手打ちが飛んだが、それは虚しく宙を切った。歩兵はニヤッとして、
「大人しくしな。まさかザンバースの愛娘をこんなところで抱けるとは思わなかったぜ」
レーアはその言葉に蒼くなった。クラリアも歯の根が合わない程震えている。ミタルアムとカメリスは、連隊長に銃を向けられ、身動きがとれない。歩兵の両手がレーアのコートを剥ごうとした。
「キャッ!」
その時、歩兵は急に白目を剥いて倒れた。レーアはハッとして歩兵の後ろに立っている人影を見た。
「なるほど。ミリアさんにそっくりですな、レーアさん」
「貴方は?」
レーアはその人を見て尋ねた。人影はリトアム・マーグソンであった。もう一人の歩兵が、
「じじい、邪魔するな!」
と銃を向けたが、それより一瞬早くリトアムの蹴りが銃を空高く舞い上がらせていた。そして更に次の瞬間、その歩兵も倒れていた。
「くそ!」
連隊長は他の歩兵を呼ぼうと林を見たが、一人残らずリトアムに倒されていた。その隙を突き、ミタルアムとカメリスが連隊長を羽交い締めにして銃を奪い取り、殴り倒した。レーアはリトアムを見て、
「危ないところを助けていただき、ありがとうございます。もしかして、貴方が?」
「私がリトアム・マーグソンです。レーアさん、よくおいで下さった」
リトアムはニッコリして手を差し出し、レーアと握手した。レーアは喜色に顔を輝かせていた。