第三十四章 その二 リトアム・マーグソン
「何? レーアがケベック地方区に?」
ザンバースは大帝室のテレビ電話で、リタルエス・ダットスから報告を受けていた。
「はっ。それで、追跡した連中は、お嬢様にしてやられまして……。如何致しましょう?」
ザンバースは椅子に身を沈めて、
「追う必要はない。奴らの行く先はわかっている。先回りをして待ち伏せしろ」
「わかりました。で、一体どちらに行けば良いのでしょうか?」
ダットスは恐る恐る尋ねる。ザンバースは目を細めて、
「恐らく、リトアム・マーグソンのところだ」
ダットスは仰天した。
「リトアム・マーグソン? あのじいさんがまだ生きているというのですか?」
「多分な。奴がそう簡単に死ぬはずがない」
ザンバースは尚も尋ねようとするダットスを無視して、受話器を置いた。
「リトアム……。もし貴様が生きているのだとすれば、急進派より先に片づけねばなるまい」
リトアム・マーグソンは、エスタルトとザンバースにとって掛け替えのない恩師であり、指導者であった。西暦二千四百六十九年、二人が二人の父親であるアーベルを打倒し、地球連邦を建国するきっかけを作ったのが、マーグソンである。彼はエスタルトとザンバースにアーベルの非を説き、現状打破を勧めた。そしていざ戦闘という時には、先陣を切って戦い、勝利に大きく貢献した。マーグソンの戦法はまさに秘術と呼ぶに相応しく、十万の帝国軍を相手に、たった一万のゲリラが圧勝したのだ。マーグソンの伝説は長い間語り継がれて来たが、彼が隠居し、世間から姿を消すと、伝説も薄れ、人々の記憶から消滅して行った。
「奴とレーアが出会うとまずい事になる。奴の頭、まだぼけてはいまい」
ザンバースはギュッと両手を握りしめた。
「大帝が恐れる人が、まだいたのですか?」
マリリアがスッとザンバースを後ろから抱きしめる。ザンバースはマリリアの腕を撫でながら、
「何だ、マリリア?」
マリリアはフッと笑い、
「お嬢様の事より、西に向かっている二機のジェット機の方が心配ですわ」
「恐らく、オセアニアに向かうつもりだろう。放っておいても大丈夫だ」
ザンバースはマリリアを自分の上に座らせた。マリリアはそのままザンバースの唇に吸い付く。二人は貪り合うように相手の口を吸い合った。
針葉樹林がある小高い丘の上に、小さな家がある。その家はログハウスで、手作り感に溢れている。その中の暖炉のそばで白髪の老人が斧を研いでいた。シューッ、シューッという心地良い音が、暖炉で弾ける薪の音と混ざって、部屋の中に響いている。
「むっ?」
老人は斧を研ぐのをやめて、チラッと玄関の扉の方を見た。雪で白くなった窓の向こうをサッと影が過る。老人は斧を置いて立ち上がった。
「そんなところに立っとらんで、入って来んか。風邪をひくぞ」
その瞬間、扉がバーンと開け放たれ、二人の警備隊員がマシンガンを構えて飛び込んで来た。老人はギラッと目を光らせ、
「何者だ?」
「うるさい! 死んでもらう!」
警備隊員のマシンガンが唸る。ところが老人はいつの間にか二人の視界から消えていた。マシンガンは只部屋の中のものを破壊した。
「愚か者め。気配を察する相手に対して、背後を取るのは愚の骨頂!」
老人の声がどこからか聞こえた。警備隊員二人はハッとして部屋の中を見回し、天井を見上げる。するとそこには、ロープにぶら下がった老人がいた。彼は反動をつけて飛び降り、二人の顔面を蹴った。二人はそのまま外まで転がり出し、気を失った。老人は部屋を見回して、
「何故今になって、ザンバースの手の者が儂のところへ……?」
と思案した。この老人こそ、リトアム・マーグソンその人であった。