第三十四章 その一 雪上のカーチェイス
レーア達三人は、ケスミー邸を大型ホバーカーで出発し、ケベック地方区(現在のカナダケベック州)に向かった。ホバーカーにあまり季節は関係ないが、一月と言えばケベック地方区一帯が雪で覆われる時期なので、寒冷地仕様の大型ホバーカーを使う事にした。
「コートは後部座席のスーツケースの中に入っているから、寒くなったら着なさい」
助手席でミタルアムが言った。運転しているのはザラリンド・カメリスである。
「はい」
レーアとクラリアは声を揃えて答えた。二人が乗っているのは中部座席である。
「私やクラリアはともかく、レーア君が見つかるのはまずい。なるべく目立たないように走ってくれ、カメリス」
「はい」
大型ホバーカーはアイデアルの郊外に出て、ケベック地方区へと通じるフリーウェイに乗った。前方の遥か彼方に見える山々は、積雪で真っ白になっている。
「ここからケベック地方区まで三時間てとこですかね。暗くなる前には到着できるでしょう」
カメリスが言った。
一方、ディバートとナスカートの二人は、自家用ジェット機にそれぞれ搭乗し、アイデアルを飛び立っていた。
「そろそろ見つかる頃かな?」
ナスカートが無線でディバートに呼びかける。ディバートは頷いて、
「そうだな」
二機は高度を上げ、アイデアル郊外上空に出た。遥か前方に山脈が見える。
「来た!」
ディバートはレーダーに映る三つの機影を見て叫んだ。ナスカートもレーダーを見て、
「前から来るな」
「ああ。かなり速いぞ」
二機は左右に旋回し、機銃を出した。そこへ前方から、帝国軍北アメリカ師団のMCMー208が三機、肉眼で確認できるとろこに現れた。まず最初に撃ったのは、MCMー208だった。ディバートとナスカートはそれをかわし、反撃に出た。しかし、垂直離着陸機能を備えたMCMー208に自家用ジェット機が敵うはずもない。機銃はいとも簡単にかわされ、二人は背後を取られた。
「空中戦じゃ、こっちに利はないぜ、ディバート」
ナスカートが情けない声で言う。ディバートは、
「只逃げるだけじゃ何もならない。死んだフリでもするか」
「了解」
自家用ジェット機は、MCMー208の銃撃を受けたように煙を吐き、錐揉みしながら急降下した。そして、ダミーのパイロットの脱出を見せ、山の反対側に墜落したように見せかけた。戦闘機はダミーを追い、降下して行く。
「そろそろかな?」
ナスカートはニヤリとした。二機はMCMー208の後方上についた。彼等はそれに気づいたが、すでに遅かった。
「もらった!」
機銃が掃射され、三機の戦闘機の燃料タンクに穴が開き、引火し、やかで三機は絡み合うように急降下して、爆発した。
「あばよ」
ディバートとナスカートは針路を西へととった。
レーア達の乗る大型ホバーカーは、フリーウェイから降りたところで、検問所があるところに来ていた。
「何故こんなところに検問所が?」
カメリスが舌打ちする。ミタルアムは、
「とにかくレーア君、身を隠してくれ。用心に越した事はない」
「はい」
レーアはスーツケースからコートを取り出して羽織り、襟を立てて顔を隠した。
「止まれ」
検問所の係員が白い息を吐いて大型ホバーカーの前に立ちはだかる。もう一人がカメリスに近づき、
「免許証を拝見」
カメリスは偽名の免許証を見せた。本名は手配されている可能性があるからだ。係員はカメリスとミタルアムを見て、
「ケベック地方区に何しに行くのですか?」
「親戚に会いに行くんです」
ミタルアムが答える。係員はクラリアに、
「隣のお嬢さん、気分でも悪いんですか?」
とうずくまるレーアを見る。クラリアは澄まし顔で、
「いえ、人見知りする娘なんです。知らない人と顔を合わせるのが怖いんです」
と答えた。しかし係員は、
「これは規則でしてね。お顔を拝見させていただきます」
ギクッとするクラリアをバッと押しのけて、レーアが係員に顔を突き出す。
「レーアちゃんよ、文句ある?」
「あっ!」
一瞬驚いて身を引いた係員の隙を突き、レーアはカメリスをどかして運転席に陣取ると、
「轢くわよ! お退き!」
と怒鳴って、ブワンと大型ホバーカーを急発進させた。前に立っていた係員は横っ飛びで辛うじてそれをかわした。
「追え! レーアお嬢様が乗っていらっしゃる!」
係員が叫ぶ。
「カメリスさん、この車、ターポ?」
「ええ、そうですけど」
「その割には吹き上がりが悪いわよ!」
レーアは思い切りアクセルを踏み込んだ。ホバーカーはたちまち加速し、雪山の中へと吸い込まれて行く。
「レーア、追って来るわ!」
クラリアが泣きそうな声で叫ぶ。追って来るのはオフロード仕様の三台のホバーカーである。馬力では大型ホバーカーに敵わないが。スピードとコーナリングでは互角に渡り合える。レーアはタコメーターを見て、
「大型ホバーカーって、乗り心地しか考えてないんだから!」
大型ホバーカーはテールを左右に大きく振りながら雪道を疾走する。追跡するオフロードホバーカーは次第にそのインターバルを詰めて来た。クラリアが悲鳴に近い声で、
「追いつかれちゃうわ!」
「クラリア、うるさい!」
レーアはアクセルターンをし、逆にオフロードホバーカーに向かって行く。仰天したのはオフロードホバーカーのドライバーだ。山道も軽快に走れるようにボディの大半を剥き出しにしているため、大型ホバーカーに衝突されたら、一たまりもない。
「うわっ!」
三台は大型ホバーカーをかわしたが、道から大きく外れて周りの森に突っ込んでしまった。レーアはもう一度アクセルターンを決め、
「バイバーイ!」
とオフロードホバーカーに手を振った。