1-7 兵士くずれの商談
待機場所の中央で、リーダーが端末を操作しながら説明を始めた。
「状況は説明した通り。第4エリア奥、瓦礫帯の中心に巣がある。確認されたのはゴブリンソルジャー、おそらくホブゴブリンが率いてると思われる。通常個体は数不明だが大量にいる。」
グスタは葉巻をくわえたまま、面倒そうに頷く。
「要するに、頭を潰せば終わりって話だろ」
「……できるか?」
リーダーの問いに、グスタは鼻で笑った。
「じゃあ確認だ。俺がやるのはホブゴブリンの討伐と、それ以外の“強い個体”の処理でいいな?」
「ああ」
「ホブの周りに群がってる通常個体は、まぁ……サービスで間引いといてやる」
軽い口調。
まるで害虫駆除の話でもしているみたいだった。
「それ以外の通常個体は、テメェらでちゃんと排除しろよ。俺は忙しいんでな」
誰も反論しない。
反論できない。
力の差は、明らかだった。
グスタは煙を吐き、次に言った。
「じゃあ支払いだ」
空気が、一段冷える。
「一人、二万五千円。本来なら三万だが……今回は特別割引で五千円引いといてやる」
どこが特別なんだ。
誰もが同じことを思ったはずだ。
二万五千円。
冒険者の給料としては、あまりにも重い額。
これで、最低でも四日分はタダ働きが確定する。
だが、誰も文句を言わない。
言えない。
強いものが正しい。
強いものが、すべてだ。
グスタの前に、一列ができる。
冒険者たちが、無言で端末を操作し、支払いを済ませていく。
ピッ、ピッ、と乾いた電子音だけが響く。
アズマも列に並ぶ。
胸の奥が、わずかに軋んだ。
……高い。
そう思いながらも、端末を取り出す。
これを払わなければ、待ってるのは死……なのだろう。というかみんなが払ってるのに私だけ払わないはできないし。
アズマが端末を差し出した、その時だった。
「お」
グスタの声。
「アズマじゃねえか」
視線が、アズマを捉える。
「覚えてるぜ。お前。
このエリアで動きがいいやつ。
あと顔と体もいい」
それが褒め言葉なのかどうか、わからない。
グスタは、口の端を歪めた。
「お前ならよ。今日の夜、俺に“くれれば”それでチャラにしてやるが……どうする?」
一瞬、周囲の空気が凍った。
冒険者たちの視線が、ちらりとこちらに向く。
誰も何も言わない。
助ける気も、介入する気もない。
とても魅力的な提案だ。
金を払わずに済む。
四日分の仕事が、消える。
でも――
とても残念ながら。
「生理になっちゃったから」
アズマは、淡々と言った。
「金でいいっす」
一拍。
グスタは、目を丸くし、それから声を上げて笑った。
「ははっ! そりゃタイミング悪いな!」
面白い冗談でも聞いたみたいに。
「まぁいい。気が向いたら、また声かけてやるよ」
アズマは何も返さず、端末を操作する。
支払い完了の表示。
ピッ。
はい、四日分飛びました。
⸻
「じゃあ」
グスタが、葉巻を地面に捨て、靴で踏み消した。
「ちゃちゃっとやるか」
その一言で、全員が動き出す。
壁を越え、第4エリア。
ゴブリン共を排除しながらいつもよりちょっと奥の方へと進むと。
空気が、変わる。
腐臭と血の匂いが濃くなり、地面には無数の足跡。
ここが巣だと、嫌でもわかる。
瓦礫帯の中心。
崩れたビルの影から、唸り声が聞こえた。
最初に姿を現したのは、ゴブリンソルジャーだった。
粗末な鎧、歪んだ槍。
次いで――
大きい。
通常のゴブリンより、一回りも二回りもでかい影。
ホブゴブリン。
筋肉質の体躯。
知性を宿した濁った目。
手には、血の染みた大剣。
それが、こちらを見た瞬間。
「ギィ……!」
鋭い咆哮。
周囲のゴブリンたちが、一斉に動き出す。
「来るぞ!」
冒険者たちが散開する。
アズマも、いつものように前へ出る。
マチェットを構え、呼吸を整える。
その横を――
グスタが、悠然と歩いていった。
「……お前らは雑魚の相手でもしてな」
次の瞬間。
地面が、爆ぜた。
グスタが跳ぶ。
信じられない速度で距離を詰め、ゴブリンソルジャーの槍を素手で掴み、へし折る。
拳が、振り抜かれる。
頭部が潰れ、肉と骨が飛び散った。
「……」
アズマは、一瞬だけその光景を見て。
すぐに、自分の獲物へと向き直る。
戦いが、始まった。
ホブゴブリン達との死闘が、今、幕を開ける。




