1-6 兵士くずれ
最初の一匹は、叫ぶ暇もなく死んだ。
マチェットが顎から脳天まで滑り込み、骨を割る音が鈍く響く。
ゴブリンの身体が崩れる前に、アズマはすでに次へ踏み込んでいた。
二匹目。
ククリで腹を裂き、飛び出した臓物を足場に蹴って距離を詰める。
三匹目は喉を横一文字に切り、血が噴水のように吹き上がった。
今日は、数がおかしい。
壁の外一帯が、蠢いている。
森の影、瓦礫の隙間、倒壊したビルの内部。
どこから湧いてくるのか、ゴブリンが切っても切っても現れる。
「邪魔……!」
アズマの声に苛立ちが混じる。
呼吸が荒い。肩が上下する。
重心は崩れていない。
足取りも、刃の軌道も狂っていない。
それでも――多い。
ゴブリンが棍棒を振り下ろす。
アズマは半歩引き、刃で受け流し、そのまま手首を切断。
悲鳴を上げる前に、首を刎ねる。
背後。
振り向きざまにマチェットを投げる。
刃が眼窩に突き刺さり、ゴブリンが仰向けに倒れた。
回収のことを考える余裕もないくらい。
今日は、殺すだけで精一杯だ。
「はぁっ……はぁ……」
息が上がる。
額を汗が伝い、視界がわずかに滲む。
そのときだった。
「おい! ゴブリンソルジャーがいたぞ!」
誰かの叫び声。
アズマの動きが、一瞬止まる。
ゴブリンソルジャー。
粗悪な鎧を身にまとい、武器を扱う個体。
ただの群れではない証拠だ。
その奥には――
「……ちっ」
嫌な予感が、確信に変わる。
「撤退だ! 一旦引くぞ!」
リーダーの声が飛ぶ。
冒険者たちは散り散りに後退を始める。
ゴブリンを引き連れないよう、最低限の殺しだけをしながら距離を取る。
アズマも、最後に一匹の頭を叩き割り、武器や道具を回収すると壁の方へと走った。
⸻
待機場所は、重苦しい空気に包まれていた。
誰もが無言で、装備を外し、水を飲む。
さっきまでの喧騒が嘘のようだ。
リーダーが腕を組み、口を開く。
「……ゴブリンソルジャーがいるってことは、間違いねぇ」
一瞬の沈黙。
「ホブゴブリンがいる」
ざわ、と空気が揺れた。
ホブゴブリン。
知能を持ち、ゴブリンを統率する個体。
罠を張り、部隊を組ませ、無駄な突撃をさせない。
「どうする……? 俺たちじゃ無理だろ」
「第4エリア、閉めちまうか?」
「ばか言え! そんなことしたら給料下がるだろ!」
「第4兵士団に報告上げるか……?」
「それやったら、仕事全部持ってかれるぞ」
不安と焦りが、言葉になって飛び交う。
アズマは、壁にもたれかかり、床を見ていた。
会話には加わらない。
どうせ決めるのは、上の連中だ。
「……となりのエリアの、グスタに頼むか」
リーダーの一言で、場が静まった。
「曽川グスタ……」
誰かが名前を呟く。
元兵士。
第3兵士団所属だった男。
兵士としての腕は確かだったが、素行不良。
命令違反、暴力沙汰、賭博。
最終的には兵士団のクビを切られ、冒険者に落ちた。
「アイツ、使えるのか?」
「少なくとも、ホブゴブリン相手にビビるタマじゃねぇ」
「だけどあいつに頼むとな……」
「そうも言ってられる状況じゃねぇだろ」
アリアで解決できない問題が出た時。
近隣エリアの“強い個体”に頼るのは、よくある話だった。
アズマは、その名前を聞きながら。
どうでもいい、と思った。
強いなら、それでいい。それで仕事が楽になるなら。
⸻
翌日。
待機場所が、妙にざわついていた。
「来たぞ……」
入口の方を見る。
現れたのは、異様な男だった。
がっしりとした体格。
傷だらけの顔。
無精ひげ。
口には葉巻。
煙を吐きながら、堂々と歩いてくる。
両脇には、派手な服を着た女を二人はべらせていた。
場違いにもほどがある。
「……」
アズマは、無言でその姿を見ていた。
男は周囲を一瞥し、ニヤリと笑う。
低く、粘つく声。
「久しぶりだなぁ……第4エリアの諸君達よ」
曽川グスタ。
兵士くずれ。
マフィアみたいな男が、戦場に現れた。
「じゃあ話を聞こうか。ビジネスの時間だ」




