1-5 コラット
休み明けの朝は、決まって身体が重い。
カプセルベッドの中で、アズマは天井をぼんやりと見つめていた。
昨日までの、あのぬるい幸福が嘘だったみたいに、現実がのしかかってくる。
「……仕事か……」
小さく呟いてから、ゆっくりと起き上がる。
顔を洗い、栄養食を流し込み、作業服に袖を通す。
昨日のオムライスの余韻は、もうどこにも残っていなかった。
今日も、いつも通り。
それだけだ。
待機場所に入ると、見慣れた背中があった。
「アズマ、おはよう」
コラットだった。
少し伸びた茶色の髪、目の下には薄いクマ。
体格は平均的で、特別強そうには見えない。いつもおどおどした態度で周りを窺っている。
装備も年季は入っているが、派手さはない。
どこにでもいる冒険者――その代表みたいな男だ。
「……はよ」
アズマは短く返す。
椅子に座ると、コラットも横に座った。
そわそわと。
何か喋りたいらしい。
「休み、何してたんだ?」
アズマは考える。何をしたんだ?私は。
「……プリン」
「は?」
「プリンを食べた」
一拍置いて、コラットが吹き出した。
「なんだそれ」
「十個」
「食いすぎだろ」
「普通」
「普通はそんなに食わねぇから!……俺は3番街のレストランに行ってきたぜ」
そんな、どうでもいい会話。
誰かが死ぬかもしれない職場とは思えない、平和なやりとり。アズマは特に短い単語で相槌を打つくらいしかしないが、コラットはどうしても誰かに話を聞いて欲しかったのか、いやに饒舌に話している。
しばらくして、コラットが急に真面目な顔になった。
「なあ」
「……?」
「アズマはこの先どうするかとか考えてるのか?」
この先?
何かあるのか?
「私は……魔物を倒すだけかな?」
「……アズマらしいな」
私らしいのか?
よくわからない。
でも冒険者になるしか道はなく、それをこなす以外場所はない。考える意味すらない。
アズマはそう思ってる。
「俺さ」
コラットは少し言い淀んでから、言った。
「いつか、この仕事辞めたいんだよ」
アズマは何も言わず、続きを待つ。
「今はこんなことしてるけどさ、ちゃんと金貯めて……飲食店、やりたいんだ」
「……」
「小さくていい。ちゃんとした飯出す店」
アズマの頭に、オムライスが浮かぶ。
「飲食店できたら、食べに来いよ」
「……」
「プリンも作れるようにしとくから」
少しだけ、アズマは目を瞬いた。
「……応援する」
それだけ言った。
コラットは嬉しそうに笑った。
仕事が始まる。
外へ出ると、今日の壁周辺はやけに騒がしかった。
ゴブリンの数が、明らかに多い。
「多くねえか?」
誰かが言った。
アズマは答えず、踏み出す。
一匹目。
マチェットで首を落とす。
二匹目。
ククリで腹を裂き、内臓を蹴り出す。
三匹、四匹。
次から次へと来る。
今日は、少しだけ違和感があった。
ゴブリンの動きが、いつもより早い。
力も、わずかに強い。
だが、それだけだ。
アズマは間合いを詰め、斬る。
刃が肉に食い込み、骨を断つ感触が手に伝わる。
血が跳ね、足元が滑るが、気にしない。
重心は、いつも通り安定している。
崩れない。
倒れない。
背後から来たゴブリンの棍棒を、身体をひねってかわし、
振り返りざまに喉を切る。
倒れた死体を足場に、次へ。
考える必要はない。
身体が勝手に動く。
殺して、進む。
殺して、進む。
いつもより数は多いが、作業は変わらない。
日が傾く頃、作業は終わった。
拠点に戻ると、妙な空気が漂っていた。
誰かが、泣いている。
嗚咽。
押し殺した声。
アズマは、足を止めた。
近くに寄る。
担架。
布がかけられた、細長い影。
誰かが死んだ時はこうなる。
いつもの事だ。
少しだけ、布がずれていた。
見えたのは――
コラットの、顔だった。
アズマは、何も言わなかった。
何も、感じなかった。
ただ、立って、見て、
それから、踵を返した。
こんなことは、珍しくない。
誰かが死ぬ。
それだけだ。
感情が動くほど、特別なことじゃない。
その夜。
カプセルベッドに潜り込み、目を閉じる。
「……へくちっ」
小さく、くしゃみが出た。
少しだけ、寒い気がした。
理由は、わからない。
布団を引き寄せ、身体を丸める。
明日も、仕事だ。
それだけだ。




