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ゴブリンの死体が、そこかしこに転がっていた。
木の根元、倒れた幹の周囲、枝の下。
首のないもの、頭が割れたもの、落下の衝撃で原型を留めていないものもある。
スプラッタ映画もびっくりのザ・惨殺現場だ。
「……どうすっかな」
これ……
アズマは木の下に立ち、腕を組んでそれを眺めていた。
回収は必要だ。放っておけば別の魔物を呼ぶし、評価も下がる。栄養食にも関わってくるから死活問題だ。
ただ——
「散らかしすぎた」
我ながら、と思う。
木の上でゴブリンを惨殺するのは楽だが、後始末が面倒になる。学習はしている。たぶん。
そのとき、草を踏み分ける音がした。
「アズマ!」
振り返ると、数人の冒険者がこちらに向かってくる。
その先頭にいたのは、少しくたびれたおっさんだった。
短くまとめた髪、使い込まれた装備。
ベテラン冒険者、プリル。
若手の相談役みたいな立ち位置で、現場をよく見ている人間だ。
アズマは特に相談したことはないが、なぜかよく声をかけられる。
「大丈夫か!……って」
プリルは死体の山を見回し、目を見開いた。
「……これ、全部お前がやったのか?」
「うん」
アズマはあっさり頷く。
「木に登って、上から切ってっただけ」
「切ってったって……」
プリルは言葉を詰まらせる。
木を見上げ、死体を見て、もう一度アズマを見る。
「そんな簡単にできる芸当じゃねぇだろ」
「まあいいじゃん、できたんだから」
アズマは肩をすくめた。
何を聞かれても斬った殺した以外の言葉がでてくるわけではない。
私に聞かれたって困るってもんだ。
そんなアズマの心を読んだのか、
プリルは小さく息を吐き、首を振った。
「……とりあえず、このままじゃ危険だ。回収して引き上げるぞ」
ベテランたちが動き出し、吸引機を準備する。
散らばった死体が音を立てて吸い込まれていく。
(ラッキー、片付け楽に終わりそう)
アズマは心の中で喜んだ。
少し遅れて、あの相方——コラットが戻ってきた。
気まずそうに目を逸らしながら、プリルの後ろに立つ。
アズマは何も言わなかった。
言うほどのことでもない。
それに、どうでも良い。
その日の作業は、それで終わった。
壁付近まで戻ると他のみんなもあらかた集まっていた。
「よーし!今日はこの辺で終了!」
リーダーの声が響く。
「アズマとコラットは、報告書書いとけよ!」
「うぇ……」
アズマは露骨に嫌そうな声を出した。
戦うより、報告書のほうがよっぽど面倒だ。
拠点に戻り、簡易デスクに座る。
端末の画面を前に、アズマはしばらく固まった。
「……何書けばいいんだっけ」
ゴブリン多数。殲滅。以上。
それでいいじゃないか、と毎回思う。
隣で、コラットが咳払いをした。
「なあ、その……」
「?」
「俺が、お前の分も書くよ」
アズマは顔を上げる。
「……いいの?」
「ああ。これくらいさせてくれ」
少し間を置いて、コラットは続けた。
「自分で自分が、許せねえからな」
アズマは一瞬考えてから、頷いた。
「じゃあ、お願い」
正直、助かる。
(いや、そこでドヤるなら逃げるなよ)
心の中でだけ、そう突っ込んだ。
冒険者という仕事は、底辺だ。
身寄りのない者、行き場のない者、落ちぶれた者が流れ着く。
常に死と隣り合わせで、それでも給料は安い。時給800円。
同じ日本人でも、差別される立場。
いなくなっても、この世界では代えがいくらでもある誰も困らない仕事。
アズマは、それを不満に思ったことはなかった。
比較する相手が、いなかったから。
夕食の栄養食を飲み干し、朝よりは少し長めにシャワーを浴びる。理由はない、身体が欲してるままに。
血と匂いを流し落とす。
そのあとは何もすることがなくなり、カプセルベッドに潜り込む。
することがないのはいつもの事だ。
アズマには目標も趣味もない、あるのは時給800を得るための仕事に武器にボロボロの服。
考えることも何もない、その日をそのまま過ごす。
そんな平日だ。
カプセルベッドの中は狭くて、静かで、そして安心できる場所。
誰も聞いていないのに、なぜかふと口を開いてみた。
「……おやすみなさい」
不思議な呪文を唱えた気分だが、
当然返事はない。
そして明日も、たぶん同じだ。




