表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/10

1-10 重心固定

「……まあ、持ってはいますけど」


瓦礫の影で、アズマは短くそう言った。


血と煤の匂いがまだ残る中、グスタの視線だけがやけに鋭い。

誤魔化しは通じない、と悟ってから、アズマは肩をすくめた。


「大した能力じゃないっすよ。名前も、勝手につけてるし」


「ほう?」


「重心固定。それだけっす」


グスタの眉が、わずかに動いた。


アズマは続ける。


「自分の重心を、体のどこにでも固定できるんです。位置も、方向も。だから、どんな体勢でも崩れないし……」


言いながら、地面に落ちていた石ころの上に爪先立ちする。

不安定な足場であるはずなのに体はピタリと動かずに維持する。


「転ばない。滑らない。落ちない。壁でも天井でも、歩ける」


淡々とした説明だった。


「ただ、それだけっす」


重心が崩れない。

ただそれだけ。


火も出ない。

雷も落とせない。

敵を一瞬で消し飛ばすこともできない。


「便利ではあるんですけどね。どんな不安定な場所でも安心ですし」


自嘲気味に笑う。


「でも、戦場じゃ……カスみたいな能力です」


アズマの脳裏に浮かぶのは、さっきの光景だ。

グスタの胸元から噴き出した、一直線の炎。

魔物をまとめて焼き払う、圧倒的な力。


――あれが“当たり”だ。


自分の能力は、ハズレ。

そう、ずっと思ってきた。


「所詮、壁をちょっと便利に走れるだけっすから」


言い切ったアズマに、グスタは鼻で笑った。


「ふうん」


腕を組み、少し考えるような間。


「十分おっかねぇ能力だと思うがな」


「……そうっすか?」


「ああ。重心がブレねぇってのはな」


グスタは自分のこめかみを指で叩く。


「恐怖でも、疲労でも、死ぬ間際でも――動きが狂わねぇってことだ」


アズマは、答えなかった。


その価値を、理解できるほど、自分は強くない。











待機場所に戻ると、冒険者たちはそれぞれ後片付けに入った。

刃の血を拭い、装備を点検し、消耗品を数える。


いつもの光景。

今日も生き延びた、それだけの時間。


アズマも、マチェットの刃を布で拭いていた。


その背中に、声がかかる。


「おい、アズマ」


振り返ると、グスタが立っていた。


「おれが、兵士に推薦してやろうか?」


一瞬、手が止まる。


兵士。

対魔物防衛隊。


国家に属し、装備も、食事も、地位も保証される。

冒険者とは、比べ物にならない待遇だ。


だが。


アズマは、首を横に振った。


「いや……よくわかんないので、いいっす」


即答だった。


グスタは少し意外そうな顔をしたが、すぐに笑った。


「そうか」


アズマは、視線を落とす。


兵士になった自分が、想像できなかった。

命令を受け、壁を守り、仲間と並んで戦う未来。


――自分には、似合わない。


「また何かあれば言ってくれ」


グスタは背を向ける。


「お前なら、一日ヤらせてくれりゃ、大体の相談は聞いてやる」


「……考えときます」


軽口を残し、グスタは去っていった。










装備をまとめ、待機場所を出ようとしたとき。


「……あの」


呼び止められた。


振り向くと、ひとりの女冒険者が立っていた。

さっき、背中を助けた相手だ。


アズマより少し年上。

疲れ切った顔だが、目だけは真っ直ぐだった。


「ありがとうございました」


深く、頭を下げる。


「私……今日、誕生日だったんです」


「……」


「死ぬ直前に、思ったんです。あぁ、誕生日も祝われずに終わるんだな、って」


乾いた笑い。


しばらく沈黙が落ちたあと、彼女は言いづらそうに続けた。


「その……お礼のお金なんですけど……」


冒険者同士では、当然の流れだ。

助ければ、金が動く。


アズマは、少し考えた。


そして、首を横に振る。


「いらない」


「……え?」


戸惑う声。


「誕生日プレゼント」


短く、そう言った。


「おめでとう」


女は、一瞬、言葉を失った。


やがて、ゆっくりと笑った。


「……変な人」


「よく言われます」


アズマは、背を向ける。


今日も、死ななかった。

それで、十分だ。


重心は、まだ――しっかりと、ここにある。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ