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ジリリリリリリリリ!!!
「……はいはい。起きます起きます」
けたたましい時報に叩き起こされ、アズマはカプセルベッドからずるりと這い出た。
低い天井、無機質な白、コンクリートむき出しの壁。隣のカプセルからは、誰かの寝返りの音が聞こえる。
ここは冒険者用の居住区。
部屋付き、三食付き——そう言えば聞こえはいいが、実態は雑魚寝に毛が生えた程度の場所だ。
十五歳の少女が暮らすには、あまりにも似合わない。
黒髪のロングヘアに、整った顔立ち。ちょっと清潔にして街にいれば「可愛いね」と声をかけられる類の見た目をしているが、本人はそんなことを気にする余裕もなかった。
今日も一日が始まる。
生きるための、仕事の日だ。
支給所で受け取った栄養食を、封を破ってそのまま吸う。
味は相変わらず、何かを間違えた粘土のようだが、咀嚼する必要がない分だけマシだった。
「……朝ごはん食いてえ」
呟きながら飲み干し、空になった容器をゴミ箱へ放る。
シャワー室で軽く汗を流し、適当に髪をまとめ、作業服に袖を通す。防刃仕様ではあるが女の子が着る服にしてはおよそオシャレというものが無い。
しかもほつれが目立ち、つぎはぎ部分もある。ようはボロだ。
ロッカーを開け、武器を手に取る。
右手にマチェットナイフ。左手にククリ刀。
歪な装備だが、最初からこの組み合わせだったわけじゃない。そもそもアズマには武器のこだわりもない。
使い続けてたら結局この二つだけが残った。それ以上の理由はない。
待機場所には、いつものメンバーが揃っていた。
誰も大きな声は出さない。朝は静かで、緊張が薄く張りついている。
「さてと、今日も仕事しますか」
誰かがそう言って、顔認証ゲートに立つ。
アズマの番になると、無機質な電子音とともに扉が開いた。
これが出勤。
タイムカード代わりの、生存確認だ。
外に出た瞬間、鼻を突く腐臭がした。
魔物特有の、鉄と腐敗が混じった匂い。
「……ちっ」
外壁の下には、ゴブリンが溜まっていた。
数十体。壁に群がり、よじ登ろうとしては押し落とされる。夜勤が仕事をしてれば普段はもう少し少ない。
「夜勤の連中、サボったな」
誰に聞かせるでもなく呟き、「出勤!」の合図でアズマは一歩踏み出し駆け抜ける。
「ギャッ!」
最初のゴブリンが声を上げた瞬間、マチェットナイフが振り下ろされる。
鈍い感触とともに頭蓋が割れ、続けざまにククリ刀が喉を裂いた。
血が飛ぶ。
悲鳴が上がる。
可愛らしい顔に返り血がかかるが、アズマの表情は変わらない。
踏み込み、斬り、刺す。型も技もない。ただ、生きるための動きだけがある。
誰にも何も教わっていない、毎日戦闘に明け暮れた結果の我流の剣術。
ただただはたから見ると振り回しているように見えるが、相手を的確に攻撃している。
「……邪魔」
短く呟き、腹を抉り、首を落とす。
ゴブリンは次々と倒れ、数はみるみる減っていった。
足元は死体で不安定なはずだが、体勢は一切崩れない。
滑らない。転ばない。止まらない。
他の冒険者達も各自好きなように武器でゴブリンを殲滅していく。これがこの場でのいつもの日常だ。
やがて、動くものはいなくなった。
「壁についてた魔物は殺したな、じゃあ年配の奴らは回収しろ、若手は探索してこい!」
リーダーの声で皆がたらたらと動いていく。
年配が掃除機のような機械で魔物の死体を吸い取っていく。ちなみに言ってしまうとあれが、回り回って配給される栄養食になる。
(魔物様様だ、もう少し甘くなってくれていいんだぞ)
若手は少し壁から離れて付近に他の魔物がいないか探索、いたら少数であれば駆除を行なっていく。
ペアを組まないといけないのでアズマも、若手の1人と一緒に歩き出す。
「毎回ベテランばっか回収してるけど、若手に危険でだるい仕事押し付けてるだけだよな。まじ嫌になるぜ」
「……」
今日の相方からとまどなく流れてくる愚痴を右から左に受け流す。正直アズマにとって嫌とか良いとかどうでも良い。仕事なのだからこなす。ただそれだけだ。
日が傾いてきて
「よーし、そろそろ上がるぞー」
リーダーの声が響く。
アズマは刃についた血を軽く振り払い、壁の中へと戻る。
全身、魔物の血で汚れていた。たぶん匂いは最悪だろう。気にしたことないけど。
それより
「……またシャワーか。めんどくさ」
そう思いながら、ふと閉じていく扉から外を見る。
高い外壁の向こう、灰色の雲がゆっくり流れていた。
くそったれな世界は、今日も変わらずそこにある。
それでも少女は歩き出す。
生きるために。
殺すために。




