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それは生き物と分類するには、あまりにも機械的で、悲劇的でした。ですが、人によっては楽で、羨ましいと思える生き物なのでしょう。
生まれたそれは、健気で、愚かで、どうしようもないところが愛らしい。
人間の願いを叶える願望機。
悪魔なのか、天使なのか、はたまた意思を持った道具でしかないのか。可愛いそれは、毎日おもしろおかしく、なによりも幸せに生きていました。
願いを叶える人間は、誰でもいいわけではありません。
月から落ちたそれは、月光のような髪色を持った人間の願いしか叶えることができない。願いは一つしか乞えない。願いが届けられたその時は、人間としての寿命を迎え、眠るように死んでいきます。
願いを聞き届けられた子たちは幸せそうに眠っていきます。だから、二度と話せなくても、体温を分かち合うことができなくても、その幸せそうな表情を見るだけで、幸せなんてわからないくせに、幸せなのだと錯覚するそれを見るたびに、わたしたちは愉快で愉快で堪りません。
愉快で、悲劇的な物語は、第三者が介入することによって駄作に成り下がってしまいました。
人間……、正確には大人は、あまりにも欲深い生物でした。
生きるのに不要なものばかりを求める人間は、この世界でちっとも美しくありません。ドブネズミ以下です。わたしの口には合いませんが、他の者にとっては絶品らしいのです。理解に苦しみます。
願いを叶えるそれを利用し、私腹を肥やすために大人は月光のような髪を持った子どもを攫い、躾と称して痛めつけて、操り人形のように自分の思うままに操ってしまった。
それは気づきませんでした。
「むらをゆたかにしてください」
「任せ給へ!」
始まりは、些細な願い事からでした。
「■■を、むらのおさにしてください」
「いいとも!」
それは微塵も疑うことを知りませんでした。
「むらをくににしてください」
「もちろんだとも!」
すべては純真無垢だと信じ切っていました。
「■■のじゅみょうをのばしてください」
「―――ん?」
愚かなそれは、そこでやっと気が付いたのです。
自分が知らず知らずのうちに愛していた者が、踏みにじられていたことに。
そのあとは、随分とはやかった。それのために小さな塔が建てられ、身動きがとれなくなってしまった。そして第三者、まったく関係のない人間の願いを、幼い子どもの命を徒に消費し、叶え続けるだけの機械以下のものになってしまいました。
〝生贄〟と称され、渡される主人にそれは耐えることができませんでした。
「もっと、くにをゆたかにしてください」
その願いも何回目だったのだろうか。定期的にやってくる同じ願いに、それは理解していた。もう純真無垢でないことも、もう本当の願いを乞われないことも。それでも、諦めることのできなかったそれは、主人に縋ったのです。
「あぁ! 私の愛おしい貴方。どうか私にキミに本当の願いを、その愛らしい喉を震わせて教えておくれ」
「……ほんとうのねがい?」
それの些細な願いを理解する脳みそは、もう子どもたちにはなかったのです。
初めての激情に、喉が張り裂けるほど叫び、喚き散らしたかった。でも、そんなことできやしない。幼い彼彼女は何も悪くないのだ。悪いのは気づきもしなかった己と、幼い子どもを卑しく利用する大人なのだから。
そしてそれは根気強く、一緒に過ごしました。
変わると信じていた。
あんなものが、本当の願いなわけがない。
この頃の塔には、まだ檻はありませんでした。一人と一体は、ともに日々を穏やかに、緩やかに過ごしました。―――そんな日々はひと月も持ちませんでした。
「さあて、キミの本当の願いを聞かせてくれるかい?」
「もっと、くにをゆたかにしてください」
壊れたレコーダーのように、一言一句同じ言葉を吐き出した。それは、仕方ない子を見るように微笑みました。そうして覚悟を決めたのです。
それは第三者の願いを叶えたいわけじゃあない。選ばれた子どもの願いを叶えたいのだ。それが叶わないのなら、自分も一緒に死んでしまえばいい。―――人間が生きるために食事をするように、それは生きるために願いを叶えなくてはいけなかった。
願いを叶えないと決めたそれは、自身に〝生贄〟として捧げられた子どもを開放しました。
「キミは自由だ。なあに、誰もキミを咎めやしないさ。どこでも好きなところにいけばいい」
「………」
長い、とても長い沈黙だった。
「追い出すわけじゃあない、行く当てがないのならばここにいればいい」
それの言葉に従うように、生贄は塔に住み着きました。その行動がそれには、とても嬉しかった。死ぬ時まで一緒にいたかった。置いて逝かれてもよかった。
あんなことになるなんて、思ってもみなかったのです。
生贄がどういう形であれ死ななければ、次の子は現れません。死んでいないという事実は大人にとっては、一大事でした。
いつまで経っても繁栄しない国に違和感を覚えた大人は、塔まで確認しに来ていたのです。そうです。まだ生贄が生きていたこを知られてしまったのです。
彼らの行動は早かった。
自分たちのために、幼い子どもを殺したのです。ああ、でもこれで安心です。だって次が、また生まれますから。本当に大人という生き物は、どうしようもないほど生きるに値しないですね。
それは大人の殺人を止めることができませんでした。
理由は普通すぎておもしろくもありません。それは城に招かれていたのです。招かれた理由も、のこのこ行った理由も貴方の想像通りです。吐き気がする言い訳を聞かされて疲れた体を引きずりながら城から帰ったそれを待っていたのは、愛おしい主人の死体と、逃げないように追加された檻だった。それはすべてを諦め、受け入れました。
それから数年、抗うことなく願いを叶い続けました。
叶えたくない願いでも、願いを叶えることによって穏やかに、幸せに死ねるのだから、そのほうがいいと考えたのです。
それから季節が廻り、それは彼女と出会ったのです。
「さあて、キミの願いを聞かせておくれ?」
「………」
初めての事でした。
なにひとつ話さない少女に、それは嬉しくなって、楽しくなって、悲しくなって、どうしようもない無力感から思わず抱きしめました。まるでお人形のように微動だにしない少女は、それがどれだけ強く抱きしめても空気の一つ漏らしませんでした。
「もう大丈夫だとも! ああ、私の貴女の願いを一緒に見つけよう」
話さない少女とともに過ごした。いままでの話を、くだらない話を、これからの話を、あまりにも無駄で、幸福な時間でした。
「さて、そろそろ自分の願いができたかな?」
「おねがいは、まだ。でも、ほんとうに、なんでも、かなえられるの?」
「おや? 小さなご主人は私を疑っているようだ」
自分を信じていない彼女の瞳は新鮮で、彼女の意思があるだけでそれは何でもしてあげたくなってしまうのです。
「じゃあ、証拠を見せてあげよう。これは願いとは関係なしに、私は〝需要が合えば〟それを供給できるのだけどね。キミは欲しいもの、知りたいことはかあるかい?」
少女は考えるように目を瞑りました。
「………わたしをすきでいてくれるひとはいるの、かな?」
どうしてそんなことを知りたいと言ったのか、それには理解できませんでした。
それでも。
昼間と勘違いしてしまうほどの眩い光を見て、
「あぁ! 喜ばしいことに、遥かな未来で私の貴女を待っている人がいるらしい!」
その時、この小さな塔は真昼と勘違いしてしまうほどの光に包まれました。
「うげぇ?!」なんて、聞いたこともない悲鳴に、彼女の鼓動はうさぎのようにぴょんぴょん跳ねていきます。
あたりを確認するように首を振るその人に、初めての高揚感に誘われるまま声をかける。
「……だれ?」
少女の声に振り向く青年の姿を見て―――彼女の蕩けた甘い未来に、それはおいしそうに頬を緩めたのです。
男は納得ができませんでした。
死ぬくせに、自分より丁寧に扱われるのが堪らなかったのです。
男は少女に食事を与えませんでした。
理由は、自分よりも豪勢な食事を与えられるが許せなかったのです。
男は少女を殴りました。
理由は、むしゃくしゃしたからです。
けれでも、なにをしても反応を示さない少女は気味が悪いのと同時に、男には都合がよかった。叫ぶことも、泣くこともしない。ただ静かに受け入れる少女。ああ、なんて素敵な女の子なんでしょう! 少女が素敵すぎて、素敵な分だけまた男の腹が立つこと!
少女が生贄に捧げられるその日まで、男と少女は会話をすることはありませんでした。
生贄として捧げられたのに、国が繫栄する気配がありません。幼い子どもを犠牲によって成り立っている場所です。原因なんて考えなくてもわかります。
事情を聞くために、軽薄な悪魔を呼べば、見ず知らずの青年を連れていた。会話なんてする気もなく、青年を連れて自室へと引っ込んでいった。
ああ! なんて、腹の立つやつなのだろう!
逆らうことなんてできない。それをよくわかっている。あんな悪魔は殺そうと思えば、いくらでも殺せるのだ。それでもそうしないのは、殺してしまう以上の価値があるからだ。あの悪魔はそれを、誰よりも理解し、利用していた。
それでも主導権は、悪魔にはなかった。
なかったのです。
男は少女が檻から出ないように躾ました。
男は少女が余計なことを話さないように躾ました。
男は少女が食べ物を食べないように躾ました。
ああ、早く死んでくれれば、次の生贄が産まれる。過去に生贄が逃げられた経験から、そうそうに餓死してくれるように調整した。それでも、少女はまだ生きていた! 大人のために、願いを乞わずに生きている! 生きている価値なんて、蛆虫ほどもないくせに!
どこからともなく現れた青年と月を見上げる少女。
この夜のことは、すぐさま大人たちに広がりました。
自分たちのために、
自分たちが生きるために、
夜が明けるのは、いつだっていいことばかりじゃあない。




