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猟奇的な贈り物に微笑んだ令嬢  作者: 東西南北


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1 担当教師エドワード・グレイフォード(干からびたトカゲ)


 

 私は、王立貴族学園中等科で教鞭をとる教師、エドワード・グレイフォード。私の担当するクラスで、猟奇的な事件が起きた。


 被害者は、アーデルハイト伯爵令嬢のエルミーナ。


 彼女は、学園内で一、二を争う才色兼備でありながら、その性情は山の中に静かに流れる清流のようだった。他の令嬢たちのような華やかな社交を嫌い、教室の隅、誰も見向きもしない場所で分厚い革表紙の書物を開くのを常としていた。


 彼女の興味は、詩歌や舞踏といった教養科目にはなく、「古代の動物博物誌」や「世界の植物図譜」といった、一般には『地味』とされる学術的な図書にあった。その読書家ぶりから、級友たちから「歩く図書館」と揶揄されることもあるが、慎み深く穏やかな彼女の人柄は、教師や級友たちから好まれている。


 長く流れる柔らかな金色の髪と、静謐な青い瞳。外見は貴族令嬢の理想を体現しながらも、流行には無関心で、着飾ることに熱意を見せない少女。交友関係は深く狭く、派閥争いとは無縁。


 だからどうして彼女が標的になったのか、私にはまったく、見当がつかなかった。




 最初の事件は教室で起きた。エルミーナが自席の机の引き出しを開けると、彼女の私物である羽根ペン入れの横に、干からびて硬直したトカゲの死体がそっと置かれていたのだ。


 彼女は驚き、顔色を変えた。だが、騒ぐことなくトカゲをティッシュで包み、何事もなかったかのように授業を受けた。


 授業が終わると、エルミーナは親友の侯爵令嬢を伴って、教職員室を訪れた。 彼女は緊張した様子で、私に事件を報告した。彼女がそっと広げたティッシュには、手のひらに隠れるほどの大きさの、干からびたトカゲの死体があった。


 貴族の子弟のイタズラとしては、あまりに低俗だった。この学園では、貴族としての品位が何よりも重視される。干からびたトカゲの死体を学園に持ち込み、ましてや他者の私物に混入させるなど、イタズラで済まされる範疇を超えている。


 これは単なるイタズラではなく、被害者の尊厳と学園の品格そのものを貶める、許せれざる行為だ。私は事態を深刻に受け止めた。


 犯人のターゲットは無差別なのか、エルミーナを狙ったものなのか。愉快犯なのか、目的犯なのか。




 夕刻、私は中等科の主任教師たちと事件について協議するため、会議室に向かった。壁に掛けられた王家の肖像画が、我々の議論を厳かに見下ろしている。会議室の空気は重く、事件の低俗さが貴族学園の教師たちの神経を逆撫でしていた。


「エドワード先生、本当に令嬢の机から、干からびたトカゲの死体が?」


 年配の歴史教師であるロバートが、顔を顰めて確認した。


「はい。ティッシュに包まれたトカゲを、私も確認しました。エルミーナ嬢は動揺していましたし、彼女に付き添っていた友人は憤慨していました。トカゲは保管してあります。間違いなく、嫌がらせです。問題は、誰が、なぜやったかです」


 私は机を軽く叩き、改めて事態の深刻さを強調した。


 ここで、古典文学教師のヒューバートが声を上げた。


「私は、単なる愉快犯、あるいは悪ふざけの域を出ないと考えます。高位の貴族の子弟が、このような稚拙な手段で特定の相手を貶めようとするでしょうか」


 数学教師のセシリアが腕を組んだ。


「ヒューバート先生の意見には同意しかねます。愉快犯や悪ふざけなら、騒ぎを大きくするはずです。 しかしトカゲの死体が置かれていたのは、エルミーナ嬢の席の引き出しの中。これでは騒ぎに発展しない可能性が大きかった。事件はエルミーナ嬢を狙ったもの、動機は嫉妬、私はそう考えます」


 セシリアは鋭い目つきで続けた。


「エルミーナ嬢は完璧に過ぎる令嬢です。学業優秀、品行方正、そして誰もが認める容姿。彼女には社交的な失敗や目立った欠点がない。だからこそ通常の手段では、彼女を傷つけたり、引きずり降ろしたりできません。犯人はそんな彼女に嫉妬し、嫌がらせとして、トカゲの死体を贈るような方法を選んだ。他の令嬢による、嫉妬の末の陰湿な行為です」


「他の令嬢が犯人かどうかはともかく、私も事件はエルミーナ嬢を狙ったものだと思います」と、私は同意した。


 ロバートがため息を吐き、首を振った。


「そこまで深く考えが及ばない生徒が、衝動的に起こした事件かもしれません。貴族の子息子女とはいえ、彼らはまだ幼い。トカゲの死体を令嬢の机の引き出しに入れたことが発覚すれば、自身の評判が地に落ちるのに、そこまで頭が回らないのでしょう。私の長い教師人生から言わせて貰えば、そんな考えなしの生徒に手を焼いた経験が、何度もあります」


 そう言って、ロバートは顎を撫でた。「犯人を見つけることも大切ですが、調査は慎重に行う必要がありますな。生徒の間でも、すでに不穏な噂が広がり始めているようですから」


「その噂は把握しています」と、私は重い口調で答えた。


「一部の生徒は、ウェストブルック令嬢や、ブラックウッド子息の名を挙げています。彼らがエルミーナ嬢を快く思っていないのは、周知の事実ですから。子どもたちの浅はかな噂ではありますが、このまま無実の生徒に疑惑の目が向かい、貴族間の不要な対立に発展するのは好ましくありません。だからこそ、我々教職員が慎重に調査し、確固たる証拠をもって事件の真相を究明する必要があるのです」


 セシリアは溜息をついた。


「愉快犯や悪ふざけにしろ、エルミーナ嬢を標的にした嫌がらせにしろ、我々は早急に犯人を見つけ出さねばなりません。さもなければ、学園の品位が地に落ちます」


 我々は、事件を調査し、生徒の監視と聞き取りを強化することを決めた。しかし、この時点で事件の裏に隠された真実については、誰も知る由もなかった。




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