表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いろどりの追憶・外伝  作者: 裕邑月紫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/7

第七回 小聿さまの心を取り戻しちゃおうの会

注意)こちらは本編「いろどりの追憶」(https://syosetu.com/usernovelmanage/top/ncode/2709213/)の外伝です。本編第四部「はじまりの刻(二)」以降にご覧いただくことをお勧め致します。

 小聿しょういつの秀英院大学進学が決まり、一条源家は大変明るい雰囲気に包まれていた。

 一条へ降りてきたばかりの小聿は、何にも興味を示さず毎日水鏡殿(すいきょうでん)の居室の縁側にちんまり座って庭を眺めるばかりで、皆、彼の心を大変に心配していた。

 だが、そんな小聿も優しい一条の人々に見守られ、徐々に本来のさまざまなことに興味を示す彼へと戻っていった。

 そんな彼の様子を見て、一同は一層安堵したことは言うまでもない。


 「今日は良いお知らせが」


 『第七回小聿さまの心を取り戻しちゃおうの会』の今日の話題提供者は、この会の外部顧問・赤髪紅目の元傅役。第三回から外部顧問に就いた彼は、あれ以来、会以外でも時折娘たちを連れてこの一条源家に顔を見せるようになっていた。


 かつての傅役や乳母子が顔を見せてくれるのは小聿にとっても嬉しいことらしく、とく親子が来ると小聿も殊更に楽しげに過ごす姿を見せる。今日も昼過ぎから紫苑しえんと篤姉妹がやってきて、水鏡殿で楽しいひと時を送ったのだった。


 夕餉も共にとり篤の姫君たちは屋敷へ帰ったが、父親の紫苑はそのまま一条の主や次期当主と酒を飲み交わし、一条の若君たちが眠った夜更けに開かれる例の会に参加した。それは、一条源家当主より相談されていたことがようやく良い知らせとして一条に報告できることとなったからである。


「それは、例のピアノの先生の話ですか?」


 期待に満ちた表情で身を乗り出して尋ねたのは、小聿の祖母の葵子きしだ。それに紫苑は笑顔で頷く。

 

 

 東の院では大好きなピアノをよく弾いていたと言う話を蕗隼ろじゅん汝秀じょしゅうから聞いた彩芝さいしは、すぐに小聿が一条でピアノを続けられる環境を用意してやりたいと考えた。

 

 しかし、ここ聖国において、他大陸の楽器であるピアノは一般的ではない。

 手に入れるのにもかなりの額と手間がかかるため、手を出せるのは貴族や一部の富豪たちだけだ。そのため、習うとなると教え手を探すのも一苦労なのだ。それでも、皇都である聖都内には貴族や一部の富豪たちを相手に手ほどきする者もいるため、彩芝の伝手で何人かの候補者を選出した。


 一条屋敷にはまだピアノはないので、すでにピアノがある篤家の屋敷に行ってそこで候補の教師の稽古を体験させてみたのだが……

 

 「また新たな候補の教師の体験稽古ですか?大丈夫なの?もう五人目ではありませんか」


 葵子とは反対に心配そうな様子を見せたのは靜子せいしだ。

 彼女の言う通り、次の候補の教師が五人目となる。

 これまでの四人の候補の教師は、どの者もそれぞれ個性があり悪い者ではなかったのだが、どうも小聿との相性が良くなかった。


「確かに心配だねぇ。えーっと、一人目はとにかく小聿どのをひたすら褒めて、改善点を言わない人だったんだっけか」


 一条源家次期当主の芳崇ほうすうの言葉にそうですと頷いたのは、小聿の体験稽古に付き添った蕗隼だ。


「ミスをしても褒めるし、若がこの部分の弾き方が自信がないとおっしゃっても、それで良いです、素晴らしいです!としか言わない先生で……」

「まぁ、相手が小聿さまだったのでその先生も、指摘ができなかったのでしょうな」


 家令の蕗迅ろじんがそう言うと、家人たちはでしょうね……と相槌を打った。

 一条源家に降ったとはいえ、未だ小聿を皇子として扱う者も少なくない。だが、それは小聿の望むところではない。


「若も終わってから、良い先生だと思う。けれど、もう少し色々指摘をしてくださると良いのだけれどと仰せでした」

「二人目は、確か……あぁ、そうだわ、鈴や太鼓をだしてきて歌って踊る稽古だったと言っていたかしら」

 

 靜子が思い出しながら言うと、そうじゃと湘子しょうしが頷く。二人目の体験稽古は彼女もついて行っていたのだ。


「まぁ……小聿もまだ五つゆえ。年齢的にはそうした音楽教育の対象ではあるのじゃ。じゃが……本人曰く東の院ではそうしたことは終わらせて、去る頃には楽典や聴音、視唱を学んでいたそうな。それをあれは申したのじゃがの。とにかくやってみようと強く言われ、ひとまず、歌って踊ってみたもののあれも内気な性格ゆえ、どうものぅ」

「でも、鈴や太鼓を持って歌って踊る若さま可愛かったでしょうね。みたかったなぁ」

 

 小聿つきの侍女である琳が言うと、一同想像して目を細める。


「可愛かったのは確か。でも、やっぱり辛そうで……見るにみかねた湘子さまが、ここまででと切り上げてくださったんだ」

「あれ以上やらせては、羞恥のあまり屋敷へ戻ったら水鏡殿に閉じこもりそうな気がしてならなかったのじゃ」

 

 然もありなんと彩芝は苦笑いをする。


「で、三人目が?」

「三人目はわたくしが一緒に行ったのです。その先生には小聿どのが二つの頃からピアノを学んでいることを話したのですが、どうやら渡してくださった譜面は随分簡単なものだったようで。わたくしも、小聿どのがどのぐらい弾けるのか知らないままだったからそれでいいのかと思ったのだけど……」

 

 その時のことも思い出して、葵子は申し訳なさそうな顔をする。


「若にとってはかなり簡単な譜面だったのです。東の院を去る直前に取り組んでいた曲を言っても、そんなはずはない!と聞いてくださらず、結局、体験稽古は渡された譜面でやりました。さすがの若も帰りの車の中で申し訳ないがもう少し自分の実力にあった曲を学ばせてくれる先生につきたいと」

 

 汝秀が続きを引き取って説明すると、なるほどと一同頷く。


「それで、四人目は?」

「四人目は、学ばせてくれる曲も若の実力にあった曲で、指摘もしてくれる先生でした。同時並行で、楽典や聴音もやっていこうと提案してくださいました」

「あら、良さそうじゃない。先の三人の合わない部分を全てカバーしてーー」

「あの者はダメじゃ!絶対にならぬっ!」

 

 蕗隼の説明に靜子は首を傾げる。だが、彼女の言葉は終わる前に彩芝の強い拒否の言葉に飲み込まれる。

 かなり強い調子に一同驚いたように彩芝を見る。

 彩芝は苦々しい顔をした。


「あの者、指摘をする際に小聿を怒鳴りつけるのじゃ。曲の解釈も押し付けて、しまいには手に持った扇子で小聿の手を打ちつけおった!一音間違えただけで、儂の孫息子を叩くとは何事ぞ!許しがたいっ!」


 ドンっ!と脇息に拳を打ちつけ彩芝は言う。


「かわいそうに。あれは帰りの車の中で完全に萎縮して、だんまりだったのだぞ!」


 続く彩芝の言葉に、蕗隼と汝秀は苦笑いをする。


「あれは、半分は殿が怖かったからだと思いますが」

「何じゃと!?」


 汝秀がつっこむと彩芝はギロリと若き家人を睨みつける。睨まれた汝秀はひぃっと小さく叫ぶ。その後、ぐるりと皆を見て口を開く。

 

「そんなわけで、四人目もダメでした。稽古途中で、殿がお怒りになりそれで終了です」

「大変だったのです。今にも殿がその先生に飛びかかりそうで……」

「無理やり殿を部屋から連れ出し、呆然としている若を蕗隼が抱えて、そのまま逃げるように篤のお屋敷をお暇することに……」


 あの節は申し訳ありませんでしたと蕗隼と汝秀が頭を垂れると、いやいや気にしないでくれ、彩芝さまがお怒りになるのも無理ないさと紫苑は言った。


「それで、五人目は紫苑さまが当たってくださると言う話でしたな。こうなってくると、小聿さまに合った先生を探すと言うのは難しいと思うのですが良い方はいらっしゃいましたか」


 家令の蕗迅が尋ねると、紫苑は満面の笑みを浮かべた。


「ええ。もう、これで先生探しの旅は終了ですよ」


 自信たっぷりの返事に一同誰だ?と身を乗り出す。

 

「東の院にて小聿さまにピアノを教えていた宮内楽師のよう正音まさねどのが引き続き小聿さまにピアノを教える許可が宮内省より下りました」


 その報告におおっ!と一同声をあげる。

 

「正音先生ならば、若は大層喜ばれます。先生のことが大好きですから!」

「うんうん!東の院でのお稽古はいつも楽しそうにしておいででした。正音先生は若に合った曲や楽典のお勉強をさせてくださいますし、改善点も優しく指導なさっておいででした」


 正音との稽古をいつも見守っていた蕗隼と汝秀が言うと、一同から拍手が上がる。


「でかした、紫苑。そなたに頼んでよかった。元々ついていた楽師にお願いするという案は思いつかなかった。それにしてもよく宮内省からの許可を取り付けたな」


 感心したように彩芝が言うと、紫苑は頬を掻いた。


「まぁ、許可を取り付けたのは私の力ではありません。私の新たな上官となった方にご相談申し上げたら、その方から宮内省に話をしてくれたのですよ」

「なるほど、右相どのか」


 合点が言ったような顔で彩芝は言う。

 紫苑は去る二月にあった小聿皇子襲撃事件及び魔術省の特別予算横領事件を摘発したことで昇格となり、この四月から枢密院の右相官房付きの主簿(秘書官)に就任した。大蔵省という枢密院の下位機関から、それを統括する枢密院の――それも、院のNo2の実力者と言われる右相の官房に入るとは異例の大抜擢である。


 これには、主上からの強い希望もあったという。主上としては、小聿をこれからも見守り続けると誓ってくれた紫苑に対して、見合う立場を与えたかったのだろう。


 すでに皇宮を去った小聿に宮内楽師である正音が教えることに、左相派の者たちは難色を示したようだが、楽師一人ぐらい良いではないかと右相が掛け合ってくれたのだと紫苑は言った。


「本当は、小聿さまが東の院で大切になさっていたピアノを一条へお運びできないかと思いそちらも宮内省と官財庁に掛け合ってもらったのですが、さすがにこちらはダメでした。あくまでも、あのピアノは皇家所有の物で一臣民に下賜するならば、受け取り手がそれなりの功績がなければならぬと」

「受け取り手が儂でもダメか」

「それも言ったのですがねぇ……弾くのは彩芝さまではなく小聿さまであろうと。東の院に置いておいても誰も弾かないのに!官財庁の長官どのは左相どのと懇意にしておられるのです。どうせ、左相どのの顔色を窺ってダメだって言ったんでしょうよ」

 

 苦虫を噛み潰したような顔で紫苑は言った。


「ま、一度ダメだと言われたら無理だろうねぇ」


 ひょいと肩をすくめて芳崇が言うと、紫苑は頷いた。


「ピアノ自体に関しては、すでに手配は整えておるのだ。無事、師も決まったし水鏡殿に入れる話を進めなさい」


 一条の管財担当の家人衆が承知しましたと揖礼する。


「ついに、お屋敷でピアノの生演奏が聴けるようになるのね!楽しみだわ。ねぇ、お母さま」


 靜子と葵子は顔を見合わせて頷く。

 これまで一条屋敷にはピアノがなかったし、当然、弾ける者もいなかった。家人衆でピアノの音を聞いたことがあるのもごく一部だ。


「小聿さまのピアノの腕は確かだぞ。妻の澪がピアノを嗜むのだが、小聿さまはセンスがいいと常々言っていたんだ。みんな楽しみにしているといい」


 紫苑が微笑みながら言うと、家人たちは嬉しそうにはいと返事をした。


「では、今日は良い話が聞ける回でした。若君の演奏が聴ける日を皆で心待ちにしましょう。それでは、第七回目小聿さまの心を取り戻しちゃおうの会を終わります」

『お疲れ様でございましたー!』



 それから、しばらくして。

 ちょうど、聖都に冬の足音が聞こえ始めたころ、一条源家の水鏡殿からそれは美しいピアノの音色が聴こえるようになったのだった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ