第六回 小聿さまの心を取り戻しちゃおうの会
注意)こちらは本編「いろどりの追憶」(https://syosetu.com/usernovelmanage/top/ncode/2709213/)の外伝です。本編第四部「学舎の門を叩くには(二)」以降のお話ですのでご注意ください。
なんだかんだこのふざけた、けれど、タイトルを考えた一条源家家令の岳蕗迅は至って大真面目な会ーー「小聿さまの心を取り戻しちゃおうの会」は六回目を迎えた。
発足当時は一条源家の一部の者たちだけで行っていたこの会も会を追うごとに参加者が増えていった。
それだけ、多くの者があの幼き若君のことを案じていると言うことだろう。
初めは中広間(本殿にある普段一条源家の家族が食事をする部屋)で行っていた会も、今では参加人数が多いために大広間(分家を含んだ一族郎党が集まる最も広い部屋)で行われるようになっていた。
この会の進行を務める一条源家家令の岳蕗迅が咳払いをしたことで、ザワザワとしていた広間が静まり返る。
「それでは、第六回小聿さまの心を取り戻しちゃおうの会をはじめます」
小聿が一条源家に降ってまもなく四ヶ月。
はじめは表情もほとんどなく、何もせず水鏡殿の縁側にちんまり座っていた彼も少しずつ元気を取り戻してきた。5月末には、聖国の最高学府である秀英院大の受験を宣言し、近頃は部屋にこもって受験勉強に勤しんでいる。
今日の小聿さまの心を取り戻しちゃおうの会の雰囲気はこれまでで一番明るかった。
件の小聿が秀英院大学の認定試験に合格したのだ。
「何はともあれ、若君が認定試験に合格してようございましたなぁ」
「本当に。5月末から、それはそれは熱心に勉強なされていたので、報われてようございました」
心底嬉しそうに蕗迅が言うと、家臣団副総代の汝杏も深く頷いた。
「本試験まであと数日。本番もこの調子で頑張って欲しいですね」
ふふふと上品に笑いながら葵子が言うと、皆揃って頷いた。
ここ一ヶ月半は小聿はとにかく勉強、勉強だったので、一同は見守りの姿勢だった。
試験はまだ続くため、どこかに連れ出そう、新たにこれを試そうと言う話にはならなかったのだ。しかし、今日突如会が開かれることになり皆不思議そうな顔をしていた。
そのことをある家人が言うと、芳崇が実はねぇーと悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「ほら、認定試験前に小聿どのが受かるかどうかで、賭けようとして賭けにならなかっただろう?」
数日前のことを思い出して、一同頷く。
「でも、今度は賭けができるなと思ってさ」
「合格するかどうかで?なんだか、同じ結果になるような……」
隣に座っている靜子が言うと、違うよと芳崇は笑う。
「どうせ、みんな合格すると思っているだろう?かく言う私もそうさ。だから、どの点数帯を取るかで賭けるんだ」
聖国の最高学府・秀英院大学の受験は特殊だ。
出願時に志望学部を提出しない。
受験生は一律で14科目の試験を受け、総合点数を出す。全ての科目の足切りラインをパスした上で、総合点数によって選択の幅が変わってくる。足切りラインは、各科目6割。つまり全て6割取れば、840点となり一番入学が簡単だと言われている芸術学部には入ることができる。
以下が、各学部が提示しているラインである。
840 芸術学部
860 文学部
880 産業学部
900 魔術学部
930 教育学部
950 理学部
980 社会学部
1100 医科学部
1200 政治経済学部・法学部
芳崇の説明を受けて、なるほどと皆頷く。
「小聿どのは、他大陸言語が弱点だからなぁ。それに認定試験より大学入試の方が難易度はぐっと上がる。さてはてどうかな?」
芳崇がそう言うと、一同うーんと考え込む。
「儂は、期待を込めて1200点台だ。小聿には儂の後輩になってもらいたい」
脇息に身を預けながら彩芝は言う。この男、もうすっかり祖父バカ(無自覚)である。
「殿、大きく出ましたな。認定試験より、入試の方が難しいのでございましょう?私は社会学部の合格ラインだと思います」
彩芝の側近である蕗粛が言うと、何人かの家人が賛同する。
「私の後輩ということだね。じゃぁ、私もそのラインに賭けよう。他大陸言語に苦戦すると見た」
ふふふと笑って芳崇は蕗粛と同じ意見だという。
「みんな高みを望みすぎではないですか。小聿どののプレッシャーになってしまいますよ」
心配そうに葵子がいうと、本人には言わないから大丈夫だと彩芝が笑いながら言う。
「では、私は930ー949で教育学部のラインとしましょう。小聿どのは優しいからいい先生になれると思います。将来、皇族方の教育係など良いのではありませんか」
「プレッシャーになると言いつつ、お母さまもおかけになるのね」
靜子が吹き出した。
「では、私は950点の理学部にしようかしら。素晴らしい速さで数学の問題をお昼に解いていたのを見ましたもの。姉上さまはどうなさる?」
靜子に言われて湘子はふむと呟き小首を傾げる。
「ギリギリ受かると見て芸術学部かの」
「義姉上は厳しいなぁ」
芳崇が言うと、穏やかな笑いが起こった。
「水鏡殿の皆の意見はどうかな?」
芳崇に尋ねられて、水鏡殿の家人衆は顔を見合わせた。
「そうですねぇ……若は魔術学部もいいなとおっしゃっていたので900点で魔術学部にします」
「うんうん!上手に魔術で浮いて書庫の高いところにある本を取っていたんです。若さま、天才魔術士になれると思います」
兪佳と琳がそういうと、前情報ありはずるいぞ!と声が上がる。何人かの家人が900に賭けると言った。
「私は産業学部にしようかしら。まだ誰もかけていないし……」
頬に手を当て紗凪が言う。
「そう言うことなら、私は860の文学部にしましょう」
蕗迅が言うと家令どのもなかなかに厳しいと言う声。
そうして、誰がどこにいくら賭けるか出尽くしたところで、首座の彩芝は二人の青年に視線をやった。
「蕗隼、汝秀、そなたらはいかがする?」
声をかけられた二人は小聿の最も近くにいる側近である。彼らの意見を聞けば、皆どこにかけるか変更したくなると言うことで、彼らは最後に賭けるよう言われていたのだ。
彩芝に問われた二人は顔を見合わせる。
『医科学部で!』
医科学部?と二人の答えを聞いて一同首を傾げる。
何か根拠はあるのかと問われ、二人は小聿が地域医療に興味を示していること、他大陸言語がネックとなり1200は厳しいだろうから1100点を目指すと先月頭に言っていたことを説明した。
「むむむ、有力情報だな。それは」
話を聞いて芳崇は唸る。一部の家人も変えたいなぁ…などと言い出す。
「今更変えるのは無しですよ、夫の君」
「わかっているよ……」
靜子に釘を刺され、芳崇は渋々頷く。
「まぁ、これでどの点数でもなかったら大笑いじゃがの」
くすくす笑いながら小聿の母の湘子が言うと、ええぇ?若君に限ってそんなことありますか?と家人たちから声が上がる。一条に小聿がやってきて四ヶ月。もうすっかり、一条源家の者たちは小聿の人知を超えた英才ぶりを理解しているのだ。
「よし、ではあとは結果を待つのみじゃな。そうじゃ、この賭け事、外部参加もありとしよう。儂の方から声をかけてみる」
「外部参加者ですか?……ああ、紫苑さまですか。あの方はこの会の外部顧問ですからね」
蕗粛が言うと、そうじゃと楽しげに彩芝は言う。
「それでは、殿から紫苑さまにお声をかけていただくと言うことで。第六回小聿さまの心を取り戻しちゃおうの会を終わります」
蕗迅の締めくくりの言葉で、今日も無事、小聿さまの心を取り戻しちゃおうの会は終了したのだった。
大学入試本番まであと2週間。
源家の中広間はその日ずいぶん楽しげな声が響いていた。
無論、その話題の主である小聿はそんなことになっているとはつゆ知らず、水鏡殿で黙々と勉強をしていた。
さて、賭けの行方は如何に――――。




