第三回 小聿さまの心を取り戻しちゃおうの会
注意)こちらは本編「いろどりの追憶」(https://ncode.syosetu.com/n9483kk/)の外伝です。本編第四部「はじまりの刻・源小聿として生きる(二)」のネタバレ要素が入ったお話ですのでご注意ください。
それは、一条源家の若君たちはそれぞれの寝所で眠りについた夜更け。
「それでは、第三回小聿さまの心を取り戻しちゃおうの会をはじめます」
一条源家の家令・岳蕗迅の朗々とした声が中広間に響く。
今日も、水鏡殿の家人衆らを中心に気づいたことの報告がされていく。
一通り、情報共有が済んだところで源家当主の彩芝は義理の息子の芳崇と反対側に座っている男に視線をやった。
「今日は、外部顧問が来ておる。そなたからなにかあるかの?ずっと黙っておるが」
声をかけられて、その人は「え!?」と声を上げる。そして、一同がものすごく真剣な眼差しで自分を見ていることに気がついて、その紅い瞳を戸惑ったように右に左に動かす。
「が、外部顧問……。これまたえらい仰々し……あ、失礼。えーっ……ええっと。はじめましての人も多いですかね。まずは自己紹介を。聖国の最も由緒正しき一条源家の皆さまの大切な会議にお呼びいただきまして光栄です。小聿さまの傅役を務めておりました篤紫苑です。今日はご提案があり参りました……でも……」
胸の前で両手を合わせ、紫苑は挨拶をする。
一条源家の家人衆は揃って揖礼をした。
「な……なんか、すごいですね。いや、愛ですね……うん。あ、でも、とても真剣なのに、その……なぜ会のタイトルがそんなポップなんです?『取り戻しちゃおう』って……え?ひょっとしてツッコミ待ち?考えたのはどなたなんです?」
紫苑の言葉にぶはっ!!と吹き出したのは、家人衆の中でも首座に割と近い位置に座っていた集団だ。家人衆の中でも、若い。
「言っちゃった……!言っちゃった!ポップって!」
隣に座る親友の背中をバシバシ叩きながら汝秀は笑う。
「い……っ痛い!痛いって、汝秀!」
バシバシ叩かれた蕗隼は顔を顰める。その後、少し心配そうに自分たちより上座に近い位置に座る人を見る。
「ツッコミ待ちときましたか、紫苑さま」
その隣に座る青年――小聿の側近となった兪佳が手に持ったペンをクルクル回しながら言う。どうやら、彼の癖らしい。
「ポップですよねぇ!私もはじめてきいた時、わぁかわいい!って思いましたもん」
「ええ。脳内で文字が浮かんだけれど……丸文字で色は――――」
さらにその隣に座る小聿の侍女――琳と紗凪がきゃっきゃっと声を弾ませながら言い合う。
『ピンク!!』
水鏡殿の小聿側近衆の声が綺麗に唱和する。
「紫じゃ!」
雷のような声が落ちる。
ひぃぃと五人は情けない声をあげる。
紫苑はその雷のような声にギョッとしたような顔をする。そうして、声の主――条源家の家人衆総代・岳蕗迅の顔を見る。
「紫苑さま」
「……はい」
「考えたのはわたくしでございます」
「あ、そうなんだ」
「とても真剣に考えました」
「あ……愛情がこもっているのを感じました」
「文字は、筆文字、色は紫でございます。若君をイメージしております」
首座の彩芝が、筆文字で紫なのか……儂も丸文字にピンクだと思っておったと小さくつぶやく。
「殿、違います」
「わかった、わかったから」
ずずいと詰め寄られて、彩芝は仰反る。
その後、何とも言えない沈黙が広間に落ちる。
「それで……紫苑どの。提案というのは?」
沈黙を破ったのは湘子だった。
紫苑は救われたような顔をする。
「そうそう、今日はご提案があって参ったのです。少しずつ小聿さまも一条に慣れてきたと拝察いたしますが、やはり、まだ塞ぎがちであると彩芝さまより伺いまして……。それで、よろしければ気晴らしに小旅行をするのはいかがかと思ったのです」
「小旅行?」
はいと紫苑は頷く。
「これまで、小聿さまは皇宮を出たことがなかったでしょう?一条に降り、これまでよりもより自由にいろいろな場所に行くこともできる身となられました。その手始めに、我が篤家の領地である湖亮州へお誘いしたく思ったのです」
「湖亮州。いいですねぇ。紫苑どのが太守をなさっている湖亮州は大変風光明媚な土地。小聿どのもきっと気に入ってくれるはず」
紫苑の提案に芳崇が微笑む。
「たしか、大きな花畑を有する公園があるのですよね?」
湘子の隣に座っていた彩芝の妻・葵子が尋ねると、紫苑は頷いた。
「おっしゃるとおりです、太君さま。小聿さまは大変お花がお好きです。東の院におられた時も、真珠庭園に咲く花々をよく愛でておいででした。ですので、喜んでいただけるかと」
たしかに、若君さまはお庭の花をよくご覧になっておいでだと声が上がる。
「良いではないか。それでは、小聿を湖亮への小旅行へ連れ出そう。供は蕗隼と汝秀、その方らに任せる」
『承知いたしました』
彩芝の命に、小聿の側近二人は声を揃えて頭を垂れる。
「湖亮には話し相手に水織を連れて行こうと思う。あの子には、小聿さまに何が起こったのか話してあるんだ。二人は東の院にいる頃から、共に花を愛で、話をすることが多かったから良いか思ってね。……露華は、聖都に留守番させる」
「なぜじゃ?露華もまた小聿にとって乳母子。東の院の頃から遊んでいたと思うが?」
湘子の問いに、紫苑は渋い顔をする。
「あのお転婆娘は、小聿さまに遠慮なく色々言うだろうし、事情もまだ話していないのです。元気がないご様子の小聿さまを見て、元気出しなさいよっ!と言ってお背中を叩きかねない……」
それを聞いて、露華を知っている蕗隼と汝秀はたしかに……と頷く。
「露華さまとお会いするのは、もう少し若が元気になってからの方が良いかもしれませんね」
「だろう?何というか……刺激が強すぎる。あいつは、小聿さまに『小聿皇子さまのばーか!』と平気で言う子だから……」
申し訳ないです、我が家の教育が行き届いていないせいで……水織と同じように育てているつもりなのにどうしてああなのか……と紫苑は呻く。それに一同苦笑いをする。
「それでは、来週末においでください。こちらもお迎えの支度をしておきます」
よろしく頼むと言う彩芝たちに紫苑はお任せくだいと微笑んだ。
「それでは、第三回小聿さまの心を取り戻しちゃおうの会はこれにて閉会します」
高らかな蕗迅の宣言で、この日の会も終了したのだった。