表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
TRUE♰LIE  作者: れむ
9/13

鑑賞劇

 外ではすっかり日が昇っているが、アジトの中は常にカーテンが引かれていてうす暗い朝。俺は朝食のメロンパンをほおばりながら、隣で淹れたてのコーヒーを飲んでいる真琴に問いかけた。


「なぁ、真琴。次はどうするんだ?まだあの続きすんの?」


「それしか手掛かりがないじゃない。……あの人の正体を知るためには」





それは2か月ほど前だった。

このアジトでの三人の暮らしにも慣れてきたころ、一通の手紙が届いた。差出人は不明。真っ白な封を開けてみると、中から出てきたのは上質な白い便箋。手紙には、ただワープロの字で淡々とこうつづられていた。


『この町の何処かにいる能力者の少年少女を探し出せ。さすれば、私の正体もつかめるだろう。』



「――……って、なんだこれ!!バカバカしい!!見ず知らずのだれのためにわざわざ動くかってーの!!」


 俺は読み終えるなり、思わずそう叫んでしまった。破り捨てたいほどバカバカしい気分だったが、それはできなかった。


「とか言いながら正体気にしてるくせに」


「う、うるさいな!!」


「でも、私も気になるわ。それに、能力者って私たちと同じってことじゃない」


「俺も気になるな。まあ、信用できるかは別としてもとりあえず言う通りにしておけば手掛かりは掴めるんじゃないか」


「それもそうね。まずくなったら手を引けばいいし」


 こうして、能力者探しが始まった。少年少女という点から、学生にターゲットを絞り、片っ端から学校に忍び込んではイタズラをしこんで反応を見たり、噂がないかを調べていた。そんなある日、俺たちは突然何の前触れもなくこれらの能力が使えるようになってしまった。おかげで、ここらではすっかり有名になり、最近じゃイタズラもやりづらくなってきていた。それでも、探している彼らについては目立った噂のひとつもないものだから、てっきり悪い冗談につき合わされただけなのかもと諦めかけたその時だった。偶然通学路で行きかう生徒たちが、最近捕まった麻薬密売組織が噂で『特殊捜査員の少年少女に密告された』と溢したのを耳にした。その組織と関わりのあった少年少女に目星をつけた結果、今回の高校にたどり着き、そして俺たちはあの二人に出会った。


「やっぱりこいつが探してる少年少女ってあの二人……だよな?」


「……たしか、柚紀と葉月、だったかしら?」


「しかも、警察サイドの人間ときた」


 唯の言葉に、俺たち三人の間に重い沈黙が流れた。忌々しい警察に対する憎悪が、心の中で渦を巻く。こみあげてくる怒りを押し殺すように、俺は言葉を投げかけた。


「で、でもさ…葉月ちゃんの方は能力者だって確認できたけど、あいつは何の力も使ってなかったよな?ただ耳がいいのが能力だとは思えないし……もう一人、先に逃がしてたヤツが能力者とか?」


「だとしたらあの状況で使わないわけがないだろう」


「そうよね。それに、警察側がどういう経緯で、なぜあの子たちを側に置いているのかもひっかかるわ……。だから、まだ…………まだ、この手紙の主に知られてはいけないわ」


「手紙の主……か。俺たちの野望って、そいつは一体何を知っているんだろうな?」


「さあね。知っていても、知らなくてもきっと……″見ている″だけよ。所詮は干渉しない、利口な生き方だわ……!」



 そう吐き捨てた真琴の唇は、噛みしめた血がうっすらと滲んでいた。思えば、この手紙には「探し出せ」とは書いてあるものの、連れてこいだとか報告しろという連絡先なんてどこにもない。となると、考えられるのは俺たちがこうしている今も誰かに監視されているのかもしれないということ。仮にあの二人がこいつらの探している二人だとしたら、俺たちは用済みなわけでこちらが正体をつかむ前に消えてしまうかもしれない。だが生憎、大人の手の中で踊らされる操り人形になり下がるつもりはない。


「いい?できるだけあいつらが能力者だって気づかれないように能力を使いそうな展開を避けて、接触を図りましょう。そしてまずは本当に二人が探している二人なのか確認すること。分かったわね?」


「でも、どうやって接触すんの?」


 彼らの名前や顔は分かったが、それ以外はほとんどわからない。表向きには、特殊捜査員であることは伏せてあるのだろう。地道に聞き込みをすれば辿ることもできるのだろうが、顔を出すのは避けたい。かといって、また誘拐なんて大ごとになるとこちらの身も危険だ。そうなると、会おうにも話をつける手段がないのだ。

 どうしたものかとまゆをひそめる燐の隣で、ずっと黙っていた唯が小さく口を開く。


「屋上に来たあの時、おそらく彼は気づいてたんだろう」


「は?」


「ええ。今回は少し手間をかけて正解だったわ」


「え?どういうこと??」


「……アンタってほんと鈍いわね。まあ、今にわかるわ」









その夜。

夜星(よぼし)高校の真っ暗な廊下に三つの足音が響く。足の音は美術室の前で止まった。ガラガラと静かな校内に扉がレールを滑る。扉を開くと、部屋の奥にはわずかにこぼれる月明かりを受けて、予想通りひとつの影が佇んでいた。


「あら、今日は一人なのね?フクロウさん」


 真琴は心当たる人物を浮かべながら、フードをかぶった背中に声を投げかけた。しかし、その声は予想した人物とは違った。


「あいつならこねーよ」


「何?」


 唯が不機嫌そうにそう聞き返す。すると影がこちらに振り向き、フードが落ち、その姿が月明かりにさらされる。それは、東雲ではなく、その友人――……歩の姿だった。予想だにしなかった人物に、燐からは思わず驚きの声が漏れる。


「お前はあの時の……!東雲はどうした!?」


「さあ?今頃間違った推理に陥って苦戦してるだろーね」


「どういうことだ?」


「お前らが柚紀宛に屋上に残した『18:30すべての色をまぜるとき』ってメッセージ。あれは最後の待ち合わせ場所を示すものだったんだな。これまでのヒントの赤、青、黄を混ぜれば"黒"になる。そしてそれは特別教室プレートの色を表している。音楽室は白、理科室は緑、そして美術室は黒。つまり、18:30に美術室ってことだ」


「……そうだ。で、東雲はどこに?」


「お前らのメッセージの側にあらかじめ炭酸カルシウムを仕込んだパレットと絵具を置いてきた。灰色の特別教室プレート、技術室にでもいるんじゃない?」


  少しだけ口角をあげたその笑みは、あの時泣きそうな顔で逃げたヤツと同じだとは思えないほど強気だった。どうやら、彼が完成するはずだった暗号の一部に手を加えたために、東雲の方は今回の犯行現場を探し当てられなかったようだ。


「そうか。ならお前に用はない。見逃してやるから去れ」

 

唯は東雲の居場所を聞き出すと、冷静に歩に撤退するように忠告して歩の横を通り過ぎて美術室を出ようとした。しかし、彼は皮膚がはちきれんばかりに拳をぐっと作って強くかみしめ、俯いたまま、はっきりと敵意を示した。


「俺はあいつみたいに甘くない!!警察に突き出してやる!!」


「ふーん……できっこないと思うけど?」


「うるさい!!ただの"犯罪者"のくせに!!!」


 最初こそ余裕の態度を繕っていたが、その言葉に三人ともピクンと肩が跳ねた。さすがにここまで嫌悪感を示されれば、こちらだって黙ってはいられない。まさに売り言葉に買い言葉で、頭にきた燐も次第に言葉が荒くなっていく。


「つかさ、黙って聞いてれば好き勝手言ってるみたいだけど、逆に俺たちがなんでこんなことしたのか興味ないわけ?」


「ないね。もう二度と捺たちに関わるな!お前たちみたいな"バケモノ"なんかさっさと消えろ!!」


その言葉が、いけなかった。


「…………そう。あなたも、その言葉を言うのね」


 静かに、でも強く真琴が声を放つ。細く伏せた目は、静かな怒りとも儚げな悲しみともとれる涙がうっすらと幕を張っている。途端に、威勢のよかった彼の様子も一変した。


「あっ…!?…ああ……怖…い…やめ………あ…うぅ……」


 突然まるで見えない何かに怯えるかのように、嗚咽を漏らす。ガタガタと体を震わせ、一切を拒むように両手で耳をふさぎ、目を固く閉ざすが、涙がぼろぼろと溢れていく。ついに立っていることすらできなくなり、とうとう膝をついた。その時だった。


「なにやってんの」


 突然飛び込んできた声に、燐と唯の二人が一気に振り向いた。そこには、鋭い視線でこちらを見つめる東雲の姿があった。その後ろには彼の大きな背中に隠れるように東雲 葉月の姿もある。


「東雲!どうしてここが……!?こいつのせいでわからなくなったんじゃ……」


「俺がこのバカに出し抜かれるもんか。こいつが細工する前にもう解けてんだよ。にしても……」


 チラリと奥に視線を送る東雲。そこには、完全に怯えきったまま床に転がる歩の姿と、それを見下ろす真琴。


「こいつは穏やかに済みそうにないな」


 燐は誤解されかねない状況に焦り、慌てて否定した。それは第三者から見ればどう考えても、こちらが一方的に敵意を向けたような現状である。これでは前回と状況が何ら変わらない。


「な、違……!俺たちはお前たちに話をしに来ただけで……っ」


「これのどこがだよ」


 しかし、一度ならぬ二度までも彼の友人を傷つけてしまったことにより、彼も相当堪えているようで聞く耳を持たない。冷たく突き放す一言と、軽蔑の目がその意志を露わにしている。ハッキリと引かれた敵意の境界線に、燐は弁明する言葉に詰まり、そこからはもう何も言えなかった。静かな怒りを秘め、東雲は真琴に鋭く声をかけた。


「おい、なにやってんだ」


 能力の発動により、意識が集中されていた真琴はその言葉で、ようやく東雲の存在に気づいた。が、すぐにその目の真意に気づくと不敵に笑った。


「東雲、あなたまでそんな目をするのね?」


「は?」


 東雲は不機嫌にそう返した。彼は気付いていなかった。その目が拒絶をはっきりと示していたことを。そして同時に、絶対に踏み込んではいけなかった過去に触れてしまったことだと。もう真琴自身では歯止めをかけられなくなってしまっていた。


 「…らないわよ」


 真琴の頬に、スッと濡れた線が走った。


「アンタたちなんかには…っ!!分からないわよっっ!!!」


「ちょ…まこ――…」


「燐は黙ってて!!分かるはずないのよ!!アンタたちには…っ!」


 燐が静止を促すも、彼女はもう抑え切れなくなっていた。真琴の内なる叫びに呼応するように、真琴を包み込む光が増していく。あまりに眩しく、目も開けていられなくなり、思わず目をつぶってしまうほどになった頃、今度は葉月から苦しみの声が漏れた。


「あ……あ……うぅ…っ」


「葉月…!?一体どうし――… !!」


 突然苦しげに唸りだしたかと思うと葉月はすぐにふっと意識を失って倒れこむ。葉月に駆けよって、ようやく葉月がうめいた理由を知る。

(なんだ…コ…レ…頭の奥…何処だ、何処から…)

頭が割れそうな激痛が脳内を駆け巡る。

身体の見えない中心から外側に向かうように激しい痛みが走る。

気持ち悪い。痛い。苦しい。呼吸が、乱れる。

 何もしゃべれずにうずくまった顔をあげると、ふとこちらを見下ろしていた唯と視線が重なった。この苦しみの正体を求めるような目でもしていたのだろうか。


「それは真琴のだ。僕じゃない」


それだけ言うと、切れ長の細いまつげを伏せるようにふいと視線を外す。


「こ…れは………一体…」


 必死にそれだけを絞り出し、今度は燐と視線が合った。しかし、燐もなにもいわずに目をそらした。

 しかし、目の前で苦しむ敵に見せるような目じゃなかった。

どんな目なのだろうか。例えるならそう。

誰かの痛みに胸を痛めるような……とても悲しそうな。

(なんであいつ…あんな悲しそうな――…?)

一瞬時が止まったのかと思うほど、嘘みたいに痛みより気になった。


「どう?苦しいでしょう!?痛いでしょう!!!そうよ……!!!誰にも…わかるはずがない…!!!誰も……誰も…っっ!!……っあ」

 

「真琴!?」


 苦しむ俺たちの姿を眺めて、何かを訴えるかのように目じり一杯の溜めた涙をぼろぼろとこぼしながら、高々に笑っていた真琴。その声が途切れたかと思うと、突然その場に倒れこんだ。すかさず燐が駆け寄り、彼女を揺さぶるが反応がない。気を失っているようだった。


「……っ……!!」


 立てた膝に真琴を乗せ手に抱いたまま、燐は睨むように俺たちのほうを振り向いた。……いいや、実際には見えるはずの瞳には燐の後ろ髪が多くかかっていて、目の表情は見えなかった。それでも分かった。彼は今、確かに俺たちをにらんだこと。頬をかすかに何かが流れたこと。

 燐はぎゅっと固く、一度唇をかみしめて力をたっぷり込めてからこういった。


「俺は…っっ!!警察(おまえら)を許さない!!!!!!絶対にな!!!!!」

 

「あ……ま――…」


 待て。

そう言いかけたが、息が続かず、思わず咳き込む。

咳が止まらず涙でうっすらぼやける視界の隅に、先に真琴を連れて去っていった燐を追うように立ち去ろうとする唯の姿が映る。


「待……て…………」


 ようやく絞り出せた声に、唯は振り向きはせずぴたりと動きを止めた。相当ひどい顔をしてたかもしれない。とても人には見せたくないような。だけど、この時ばかりは身体的な苦しみも、あいつらの見えない何かも胸の内で複雑に絡み合って、もうそんなことは構っていられなかった。


「なんで…なんでだよ………?なんでそこまで警察を憎むんだ……?」


「…………………。」


 何の返事もないまま、唯はただ静かに目を伏せてから小さく答えた。


「……正しいと定義されたものがすべて正しいとは限らない」


「は……?」


 不意に、先ほどの真琴の能力の影響なのか、強い眠気に襲われる。遠ざかろうとする唯の姿も、だんだんと朧な影に霞んでいく。唯の声も、この視界も。深い闇に落ちていくように、朦朧とし始める。


「真琴が一番よく知っている」


最後に、それだけを耳に残して、俺の意識は完全に眠りに落ちていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ