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TRUE♰LIE  作者: れむ
8/13

うさぎ屋クッキー

「それで?俺たちをどうしようってわけ?現行犯逮捕でもする?」


  燐は、ズボンの両ポケットに手を突っ込んだまま、ふざけた口調で子どもっぽく笑って首をかしげた。


「残念ながら、俺たちにそんな権限はないな」


「だよねー?んじゃ、どーすんの?」


「そう心配するな。あと5分で重要参考人として連行できるんだからよ」


「ふーん…あたしたちをこのまま引き渡そうってわけ?」


「まぁそんな感じだな」


俺の言葉に、真琴は腕を組んで、おもしろくなさげに口を尖らせた。


「そう簡単に捕まってやるほど、あたし達だってバカじゃないわ。今度はこっちから行こうじゃない」


「なに?」


 真琴がふっとそう笑うと同時に、その隣で唯が目をそっと閉じる。領域内はあまり変わらないが、透けて見える外ではいつの間にかすっかり日が落ちて辺りが暗闇に包まれていた。目を凝らしていると、だんだんと唯の手を中心に不思議に青くぼうっと発光していくのが分かる。そして、唯が何かを念じるように意識を集中させると、どうだろう。青く発行する光はやがてぼんやりと細長くなり、先端が尖ったと思うと、唯の手の中で光は消え、それは槍へと変化していたのだ。


「聞いてるでしょ? 例の犯罪組織は………」


「なっ…」


「“超能力を持っている”…………ってね?」


「まだまだ詰めが甘いわね。特殊捜査員さん」


唯からその槍を受け取って、不敵な笑みをこぼす真琴。完全に形成を覆された。


「葉づ――…っ!」


 次の瞬間、思いもしなかったスピードでタンと軽く乾いた音を立てて、真琴が一気に近づいてくる。その狙いが、俺ではなく葉月だと気付いたときにはもう遅かった。真琴は手際よく葉月の背後に回り込むと葉月の後頭部めがけて槍の柄の部分を当てた。次の瞬間、葉月の体はグラリと揺れて地面に落ちた。同時にガラスが割れるように領域を囲っていた透明な壁が粉々に砕け、すっと消えた。


「やっぱり。能力者の意識が途切れると消えちゃうのよね、力は」


(知ってて葉月を狙ったのか…)

 その言葉に思わず下唇を強くかみしめた。


「葉月…っ」


 葉月に駆け寄り、膝に抱きあげる。人の気配が去っていくのを背中に感じているなか、静まり返った屋上にひとつの声がした。


「…ひとつ、聞くわ。」


 黙って振り向くと、そこには屋上の縁に一人佇む真の姿があった。冷たい夜風に真琴の細い黒髪がなびいて、顔にかかっている。一呼吸おいて、真琴は目を細めてこう問いかけた。


「あなたたちの力のこと、警察側は知っているの?」


「? ああ」


 不意打ちの問いかけに、不覚にも素直に答えてしまった。


「……そう」


(なんだったんだ…?今の)

 強気な目しか見せなった真琴の、少し儚げに伏せた目がなんだか見えない何かを見つめているように悲しげで、なぜだか胸にひっかかった。









 目を開けると、頭がぼうっとしていた。ぼやけた視界の中で、視線を動かすと足元の先で、ベッドに腰掛けながら今にも寝そうに揺れながら書類を読み漁る人の姿があった。


「………ん……ゆず?」


 思い当たる名前を呼ぶと、その人物はさっと顔を上げてこちらを向いて顔を寄せてきた。やっと視界もはっきりしてくると、やはりそれは心配そうに見つめる柚紀だった。


「目が覚めた?葉月」


「う……ん………ここは…?」


 なんだか見慣れた景色ではあるけれど、思考はまだ回らない。


「俺たちの部屋だよ」


「え……あれ?私どうしてたんだっけ…」


「N.T.と対峙したけど、真琴にやられて倒れたんだよ」


「えっ!じゃあ私……………」


 そこでやっと、昨晩の記憶が断片的によみがえる。

(なっちゃんが誘拐されて、歩くんと三人で目星を付けた屋上へ駆けつけて、そこでN.T.と対峙して自在空間を発動したあと私は――………)



「…逃しちゃってごめんなさい……」


「いや、俺の方こそ…ごめん…。体、大丈夫?痛くない?」


 いつもふざけていたり、勝気な弟の珍しくしおらしく、慌てふためく態度に葉月は可愛さを感じて、柚紀の頭をそっと撫でた。


「うん。ありがとう」






「でも、N.T.は最初から知ってたのかな?意識が途切れると力が無効化されるってこと」


「たぶん。あいつらも能力持ってるみたいだし」


「あの力は誰のものだったんだろ?」


「たぶん、あの唯ってやつかもな。けど、他の二人もそれぞれ持ってるとするなら今度こそ油断はできない」


 疑問ばかり浮かぶ葉月の問いかけに、柚紀は始終真剣な顔をしていた。

そのときだった。


――…コンコン。


 玄関から、ドアを叩く乾いた音が響いた。


「俺、出てくるよ」


「うん」


 まだベッドに腰掛けたままの葉月を気遣って、柚紀は読みかけの書類を置いて立ち上がると、玄関へと駆けて行った。











「櫻井さん……」

 

 ドアを開けると、そこには三日ぶりに見る櫻井さんの姿があった。多忙な日々であろうにも関わらず櫻井さんは相変わらず、ピンとアイロンのかかった白シャツとスーツにきっちりとネクタイを締めていた。そして、手には葉月のお気に入りのシュークリーム屋さんのロゴの入った紙袋を提げていた。


「話は聞いたよ柚紀。葉月はどうだ?」


「たった今、目を覚ましました。どうぞ」

 

 そういって櫻井さんを中へ招き入れると、葉月のいる奥の部屋へと案内する俺に櫻井さんが続く。まっすぐ伸びる短い廊下だが、気まずい沈黙がそれを長く思わせた。

 今回、この件は櫻井さんらにも報告する予定だったが、幸い捺もすぐに意識を取り戻し、歩の強い要望もあって大人には誘拐の件は黙っていることにした。故に、葉月のことはおぶって帰ってきたが調査中に貧血で倒れたことにしてある……はずだが何かを察したのか櫻井さんの眉間には深くしわが寄っていていつもにも増して威圧感がすごい。

(この沈黙は怒ってる……って、ことだよな…?)

無言のままの後ろがあまりに怖くて、結局俺は振り向くことができないまま、やっと葉月のいる部屋へたどり着いた。


「葉月、お見舞いだよ」


 扉を開けてそういうと、俺の後ろから顔を出した人物に葉月は、布団に入っていては失礼になってしまうと感じたのか、慌てて立ち上がろうとした。


「え…?あ さ、櫻井さん!お疲れ様です!」


「あ いいよ、立たなくて。葉月、体の調子はどう?」


「お蔭さまでもう大丈夫です」


 その行動を見透かした櫻井さんは、落ち着かせるように葉月に微笑みかけた。


「そう、よかった。…ああ、そうだ。これお見舞い」


 そういって、櫻井さんは手に提げていたふんわりとしたゆるキャラがワンポイントでロゴに入った紙袋を、葉月に手渡した。


「えっ!櫻井さん…これ、『フォレストガーデン』の……」


そう、葉月のお気に入りのシュークリーム専門店:『フォレストガーデン』のシュークリームだ。ここから車で10分程度のところにあるお店で、葉月曰くまさにシンプルイズザベストと言わんばかりの見た目とは裏腹に、味を深く追求した生地の柔らかさととろける生クリームが絶品だという。ただし、愛らしいロゴキャラクターと可愛らしい内装ゆえに男性の入店はかなりハードルが高いとのデータがあるらしい。


「ああ。葉月、ここのシュークリーム好物だろう」


「ありがとうございます…!!」


 そんなものをさらっと用意出来るとは恐ろしい。心なしか、葉月もとても嬉しそうだった。


 大きなため息と一呼吸の間を置いて、櫻井さんの目が変わった。


「………に、しても困るな、二人とも。君らの責任は全部私にかかってるんだ。今回だってみんな無事だったからよかったものの、ヒントを見つけたからって何の相談もなしにやつらと接触を図ろうとするなんて…」


 その口調は強く、俺たちの罪悪感に突き刺さった。


「スミマセン…櫻井さん…俺……」


「だから、無茶はするな」


「え…?」


「君らに何かあったら私が警視総監に申し訳が立たないだろう。」


 その真剣な目が、どれだけ心配をかけてしまったのかを物語っていた。申し訳ない気持ちはあった。でも、それ以上にこみ上げてきたのはこんな風に心配してくれる人がいるという嬉しさと気恥ずかしさ。


「櫻井さん……」


思わず、目に涙が滲んだ。


「それに、私の事務処理が滞ってしまう。…と、いうわけで元気な柚紀くん。君が滞らせた三日分の私の事務処理と今回のN.T.に関する調査報告書を明日までに提出するように」


 普段俺には向けない紳士スマイルを最大限にサービスして、櫻井さんが優しく俺の肩を叩いてそういった。


「えっ!明日まで…って櫻井さんもう20時過ぎですよ!?」


「徹夜すればいけるだろう?若さは無敵だというじゃないか」


優しく叩かれたはずの肩の重みはこのプレッシャーのせいだろうか。


「すんません、俺N.T.の調査ですでにこの三日徹夜で――……」


 俺はせめて一日締め切りを延ばしてもらおうと交渉を試みる。


「ん?何か言ったかな?」


が、有無を言わさぬ威圧と笑顔の前では無力だと知った。


「いえ、なんでもないっすね」


なんて悪魔だ。さっきまでの感動はいったいどこに……?


「ゆ、ゆずっあたしも手伝――…」


「ああ、葉月はいいよ。君は今日はゆっくりおやすみ」


「でも……っ」


見かねた優しい葉月が手伝いを申し出てくれたが、詐欺紳士のセリフに一蹴。


「まさか今日能力を使ってまで頑張ってくれた少女に手伝わせるなんてことできないからね?柚紀」


「そ、そうっすね」


 目逸らしの返答はもはや苦し紛れだ。手伝ってもらいたいのが心底本音だが、こう言われてはもう手伝わせるなんて無理だ。

(くっそーこの鬼櫻井めーーーーっっ!!)


「じゃあ、頼んだよ」


「はい!お疲れ様でした!ありがとうございますっ」


 最後の最後、上機嫌で玄関先まで見送る葉月とは対照的に、俺はその隣でにらみをきかせていた。







「絶対あいつ俺のことキライでしょ。いーよ!俺だって櫻井なんか……」


 櫻井さんが去った玄関先を見つめて、そうぼやいていると葉月に呼ばれる。


「柚紀」


 振り向くと、葉月がさっきはなかった小さな紙袋を手にしていた。


「なに?これ?」


「柚紀のぶん」


「俺の?」


にっこりとほほ笑む葉月の笑顔に、俺は混乱した。葉月は、俺がシュークリーム苦手なの知ってるはずなのに。不思議に思いながら中味を取り出すと、それはシュークリームではなく、うさぎや水玉のデザインの施された透明なOPP袋。中には、うさぎをかたどった形のクッキーが包まれている。

(あれ…?でも、『フォレストガーデン』にこんなクッキーなんかなかったんじゃ…)

 よく見ると、葉月の紙袋より一回り小さなこの袋には、『フォレストガーデン』のロゴの代わりにシンプルな赤色でうさぎの顔を縁取ったロゴのシールが貼られていた。


「櫻井さん、ゆずがうさぎ屋のクッキー好きなの気づいててくれてたんだね」


「? 俺が?」


 俺が怪訝そうに首をかしげていると、葉月が続ける。


「ほら、覚えてない?櫻井さんが先月もってきてくれた」


「ああ!え あのときの?」


 その言葉で、ようやく俺は思い出した。

櫻井さんは時折お菓子を持ってくるのだが、先月持ってきたのが確かこんなクッキーだった。さくっとした軽い歯ごたえとミルクの味が美味しかったが、「こんなうさぎのクッキーが好き」だなんて言えなくて、こっそりと味をかみしめていた記憶がある。


「……なんで分かんのあの人…エスパー?」


「あはは。でも、よかったね」


 葉月はそう笑って、嬉しそうにシュークリームを開けてほおばり始めた。その行動につられるように俺もソファーにもたれかかると、袋に結ばれていた赤いリボンを紐解く。袋口を開けた途端、ふわりと漂ってくるミルクの匂い。クッキーを味わいながら、暇つぶしがてらに紙袋を眺めていると、後ろの右隅に小さく店舗情報が書かれていた。




             うさぎ屋

          所在地:月ヶ丘3丁目12-2

          TEL:112-426-000



 月ヶ丘といえば、確か隣り町だったはずだ。

(てか、フツーわざわざ隣町まで買いに行かないでしょ…自分だって忙しいくせに……)

 そんなことを思いながら、またクッキーを口に入れる。










ミルク味のうさぎクッキーは、なんだか優しい味がした。

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