例のやつら
「ゆず……っ!!ダメ……ちゃ……ダメ!!」
(これは……葉月の声、か?)
それにしてもいつもの穏やかな葉月の様子と違って、まるで何か迫りくるものがあるように俺の名前を何度も繰り返す葉月の声。
(一体なに…が……)
「…ず、ゆーず!遅刻するよー?」
夢と現実のあいまいな意識のなかに聞こえた葉月の声に、俺はゆっくりと、重いまぶたを開く。
「んー……なんだ、朝か。びっくりさせないでよ」
目を開くと少し奥のキッチンから葉月の作る朝ごはんと
「えー?もしかして、こわい夢でも見たの?」
「まぁ…な、ふぁーあ」
「へえ、どんな夢だったの?」
「え…?」
(どん…な?)
確かについさっきまであんなに引っかかっていたのに、もうどういう夢だったのか忘れてしまった。しかしどこかまだ引っ掛かりを覚えている。そんな矛盾したもやもやを頭から追い出すように、話を切り替える。
「んー忘れた!それよか、急ご」
「あ…!そうだった!もう!ゆずが話ごまかすから~」
(え 今のって俺が悪いのか……?)
理不尽にも葉月に怒られて、内心そんな突っ込みを入れるけどとりあえず俺も学校に行く準備を始める。
ちなみに俺と葉月は櫻井さんが手配してくれた警察寮と呼ばれる部屋に住まわせてもらっていたりする。
「もー…せっかくの朝ごはんも冷めちゃったよ~」
そういいながら席につく食卓の上には、冷やし中華。冷めている方がおいしいというか、むしろ冷めた、冷たいはずの料理だ。
(まぁ、どうでもいいんだけど)
「にしても、結局昨日はなーんも情報集まらなかったなぁ……」
「うん。確かってわけじゃないから櫻井さんにもまだ何も報告してないんだけど……やっぱり現状知っていることだけでも言った方がいいのかなぁ?」
どうでもいいような俺のつぶやきにキッチンの向こうから、葉月が悩んだような声で俺に問いかける。
「いや、それでいいさ。まだ不確かな情報を教えたりしたら捜査だって混乱しちまうだろ」
「そっか……そうだね、よーしっ!!今日もがんばらなくちゃ!!ほら柚っいこーっ」
「おー」
俺の一言に葉月が声のトーンを一段階あげて、気合を入れる。そうして俺たちは二人、足早に学校へと向かった。
――……ガラ。
相変わらず古臭い教室の扉を開くと、俺はいつもと教室の空気が少し違うことに気づく。
(なんだ?この空気は……)
『ねぇねぇ、聞いた?例のあの噂!』
『あぁ知ってる知ってる!ついに――……』
「おう、柚紀に葉月ちゃん」
「はよ、歩」
「おはよう、歩くん」
教室に入ってきた俺たちを見つけるなり歩が駆け寄ってくる。
「まぁまぁ、そんなありきたりな挨拶なんか置いておいてよ。大ニュースだぜ!!」
「は?大ニュース?」
「? なあに?」
「そうだ!ついに俺たち学校にも、例のやつらがよ!!」
怪訝そうに歩を見つめる俺の横で葉月も、ハテナマークを引き出して小首をかしげる。
(まったく……こいつは来るなり何をいって――…)
そこで、俺は周りのこの異様なクラスの雰囲気と例の頭にひっかかる事件のことを思い出す。
(『例の』…『やつら…』『噂』…まさか…)
無言のまま答えを求めるかのように顔をあげると、目があった歩の口の端がかすかにゆがむ。
「ああ、例の噂の……”あいつら”だよ」
「まさか。だって、そいつら神出鬼没なんだろ?」
「ああ、そーだよ?」
俺の率直な疑問に、歩が当たり前のような顔で答える。
「そんなやつらが……一体、何したんだ?」
「それが今朝吹奏楽部が朝練で音楽室にいったら――…」
「荒らされてたのよ。それも窓ガラスも粉々に割られて、ね」
「うぉっ!?」
話始める歩の後ろから突如、捺が現れて話を続ける。後ろからの突然の声に驚く歩に対して俺たちは、特に驚きもせず普通にあいさつを交わす。
「おう。はよ、捺」
「おはよ、なっちゃん」
「おはよう柚紀くん、葉月」
「ってー!お前ら、人の話を聞けーっ!」
「あぁ、ごめんごめん。それでなんだっけ、捺?」
「こら!柚紀。俺の話はスルーなのか!?」
と、そばでなにやら歩が怒っている気もするがとりあえずは無視だ。
「それでね、今朝きた警察が言うには犯行が行われたのはたぶん昨日の内だろうって」
「ふーん?でもまぁ、そう考えるのが自然だよな。朝は、一般の生徒より野球部の方が朝練で早く学校にいるわけだし」
それに加えて、この学校はこういった生徒たちのイタズラなどのトラブルを防ぐため門が開く時間は門の鍵を管理している校長先生がくる朝の7時以降だと決まっている。開錠以降から登校時間の間は安全面から先生方が随時防犯カメラを使って監視をしているのだから当然、その後の犯行は失敗という結果に終わるだろう。つまりは一番可能性が高いのは、やはり昨日の夜、誰もが帰宅した後の時間帯の犯行になるだろう。
「でも野球部って21時過ぎまで練習してんだよな?そのときにゃなんともなかったのか?」
「ああ 昨日は21時30分過ぎまで部室にいたけどなんともなかったぜ」
(そんな時間までいたのか……なーにやってんだか、こいつは……)
何気なく聞いてみた質問の答えに思わず、俺は隣のその友人に対して小さくため息をこぼしてみる。
「でも、じゃあ犯行はその後に行われたってこと?たかだかイタズラの為にそんな遅い時間に学校なんて。はぁーっ……俺には分からないね」
「だーから、いってんだろ?ついに、動き出したんだって。今、学年中この噂で持ちきりだぜ。たぶん今もうやつらを知らないやつはこの学校にはいないって、くらいにな」
(例のやつら、ねぇ……)
そこで賑やかに盛り上がる教室に突如、教室の扉が開き先生が入ってくる。
「はーいはい。みんな席に着きなさーい!」
「「「はーい」」」
先生の指示にどこからというでもなく、そんな声が聞こえる。
「えー……では、まず出席を。矢野さん、水宮さん――…」
先生が出席をとるという、よくある日常的な朝の風景も上の空。
(『やつらが動き出した』、か……どうせただのイタズラ好きのやつらなんだろうな…)
俺はそう考えて、ただぼんやりと窓の外を眺めて見るのだった。