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TRUE♰LIE  作者: れむ
32/34

マコ

「おなか、すいてない?」




 そう切り出して、葉月は少し照れたように続けた。




「さっきね、新作のシュークリームを買いに行ったんだけど、セット売りしかなくてね。


 もしよかったら、一個食べてくれないかな?」




 そう言って、手にしていた袋から小さめのドーナツ箱を取り出してみせる。




 言われて初めて気づいた。


 柚紀が来てから、まともに食事を摂っていなかったことに。


 今日の昼も、腹を満たしたとは言い難い量だった。




 あっけに取られたまま、無言で小さく頷く。




           ◇ ◇ ◇




 二人でホームを出て、近くの人気ひとけのない公園へ向かった。




 寂れたベンチに、並んで腰を下ろす。




「改めてありがとう!えっと……」




 名前を問われ、咄嗟に頭を巡らせる。


 ろくな案も浮かばないまま、口をついて出たのは、あまりに安直な偽名だった。




「……マコ」




「マコくんね!クリームは大丈夫?」




 また、小さく頷く。




「よかった」




 そう微笑んで、葉月はシュークリームを手渡してきた。




 一口、かじる。




 さくっと軽い生地と、とろりとしたクリームの甘さが、じんわりと口いっぱいに広がる。




「んん、おいしぃ……♡


 やっぱり甘いものって至福だよね」




 相変わらず言葉を返せないまま、また頷く。




 隣でシュークリームを頬張る葉月は、心の底から幸せそうな顔をしていた。




「弟、甘いもの苦手でね。半分こもしづらいから、助かったよー!」




「……こちらこそ。ごちそうさま」




「いえいえ。


 よかったら、また一緒にどうかな?最近、弟もひとりでどっか行っちゃうしさ」




「……そう、なんだ」




 葉月は少し口を尖らせて、面白くなさそうに呟く。




(その弟、うちにいます)




 さすがに、そんなことは言えなかった。




 一人で行動している気配は感じていたが、どうやら出入りのことまでは話していないらしい。




 この交流を続ければ、正体が露見するリスクはある。


 だが同時に、警察内部の情報が零れ落ちてくる可能性もある。




 何だかんだ、まだ信頼しきれない柚紀とは違って。


 目の前の葉月は、初対面のときから一貫して、驚くほど人がいい。




 申し訳ないとは思う。


 それでも、今の状況では私が騙される危険よりも、こちらが情報を引き出せる可能性の方が遥かに高いと確信していた。




 なにより――


 アジトでの居心地の悪さに、時間を持て余している自分がいるのも事実だ。




 答えは、もう決まっていた。




「……俺でよければ」




「本当!?


 じゃあ、また来週末、同じ時間に来るね!今日は本当にありがとう!」




 か細い呟きだったはずなのに。


 葉月はその言葉をしっかり拾い上げて、シュークリームを食べていたときと同じ笑顔を浮かべた。




            ◇ ◇ ◇




 それから葉月は、本当に毎週末、この公園に現れた。




 そして、いくつかわかったことがある。




 まず、葉月は私を詮索しない。


 それどころか、圧倒的に葉月の方がよく喋る。




 話題は、街で出会った猫の話。


 学校の友人や、弟の話。


 最近流行りのスイーツ。




 どれも、拍子抜けするほど他愛ない。




 まるで本当に「ただの友人」として接してくるから、


 相手の正体を知っているこちらの方が、かえって調子を狂わされる。




 何度か、それとなく最近の事件など時事ネタにも触れてみた。


 だが、意識しているのか、無意識なのか。


 葉月は核心をするりとかわし、すぐに雑談へ戻っていく。




 それから、もうひとつ。




 毎回、必ずスイーツを持ってくること。




 大抵は例のシュークリーム屋の期間限定商品だが、


 たまにケーキやクッキーなど、別の店のものも混じる。




 その時間だけは――


 部活帰りに寄り道をして、流行りのカフェやスイーツを食べ歩いていた、


 「普通の女の子」だった頃を生きているような気がしてしまう。




 そんな週末を、私たちはいくつも折り重ねていた。




 ――あの、雨の日が来るまでは。

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