宿る記憶
今日は、強盗未遂事件の被害聴取、その立ち合いに来ている。
本来はこういった場に同席する機会などないが、今回は特別に藍田さん直々の命で、後学の意味も兼ねて、葉月と共に立ち会うことになった。
普段は情報収集やパトロールがメインの俺たちにとって、事件の被害者とこうして対面するのは初めてだ。(捺やN.Tを除いては)
事前に読んだ資料によると、少女が一人で留守中に強盗に襲われたとのこと。
たまたま予定よりも早く両親が帰宅したために、強盗は何も盗らぬまま逃亡したらしい。
幸い命に別状はなかったものの、心の傷は計り知れないだろう。
現に、唯一犯人を見たであろう少女は口をつぐんだまま、虚ろな目で宙を捉えている。
「辛いことだとは思うけど、犯人を捕まえたいの」
「どう?なにかおぼえている…?」
婦人警官も、付き添いの少女の母親も優しく声をかける。
しかし、どれも聞こえていないかのように、少女の表情はまるで変わらない。
唯一現場に残されていたのは、少女を脅迫する際に使われたナイフだけ。
ナイフからは、不思議なことに少女の指紋しか検出されなかったという。
(で。その凶器がこれ、か…)
真空パックされたままカゴに入れられた、ナイフに手を伸ばしたときだった。
脳裏に断片的に映像が映し出される。
それは、手をつなぎ仲睦まじく笑い合う兄妹の姿。
そして、愛おしそうに名前を呼ぶ男の声。
『さち。かわいいおれの妹、うれしい』
再びノイズが走り、映像が切り替わる。
今度は真っ暗な視界の中で、同じ声が耳元でクリアに響いた。
『お前なんか家にこなければ、ずっと幸せでいられたのに…!!!!』
同じ人物とは思えないほど、憎しみに染まった声は激しくも、悲しくも聞こえた。
("妹"が家に"こなければ"ってことは、この事件の犯人は――…)
静まり返った調書室に、つい口をついた思考の続きが響いた。
「……もしかして、義兄さん?」
その瞬間、少女の肩が大きく跳ねた。
肩を震わせたまま、恐る恐る俺の方を振り向く。
視線が重なった途端。
せき止められたダムが決壊するように、少女はボロボロと涙を流しながら溢した。
「私が…悪いの。私が、義兄さんのしあわせを壊したから…恨まれても、仕方ない…」
少女のこの発言が証拠となり、事態はすぐに動いた。
婦人警官の一報をきっかけに各所が慌ただしくなったところで、俺たちは退室するように促され、一足先に調書室を後にした。
静かな廊下を歩く中、葉月は無邪気に問う。
「すごいねゆず!なんでわかったの!?」
「は、はは…ただの勘だよ」
(そんなの、俺が聞きたい)
目を見開いて感心する素直な葉月の視線が、地味に痛い。
適当な嘘でかわしてみせたが、頭の中は混乱でいっぱいだった。
断片的に見えた映像と声。
あれは証拠品に宿った被害者の記憶だろうか。それとも、加害者の思念だろうか。
◇ ◇ ◇
のちに聞いた話によると、犯人は予想通り義兄だった。
動機は、両親の再婚による家庭内不和。
兄妹は周囲にはずっと仲睦まじく見えていたものの、成長するたびに優秀になっていく妹。
相反するように落ちこぼれていく兄。
比較され義母から不当な扱いを受け続けた兄は家を出て、半グレとつるむようになったという。
そして、歪んだ憎しみの矛先は、かつては仲良かったはずの妹に向けられた。
しかし、少女は今でも優しくしてくれた義兄の面影を信じ、
家庭内での居場所を奪ってしまったという罪悪感と、
家族が犯人だなんて知ったところで誰も喜ばないと考えた彼女は、記憶を固く閉ざした。
ナイフから指紋が検出されなかったのも、彼をかばった少女がとっさにふき取ったらしい。
たったひとつボタンを掛け違えただけで、こんなにも歪な結果を生んでしまうとは、現実はひどく残酷だ。
◇ ◇ ◇
その夜。
目を閉じた途端、胸の奥がざわついた。
「ゆず……っ、ダメ……っ」
誰かが、必死に名前を呼んでいる。
声の主が誰だったのか。
何を止めようとしていたのか。
考えようとした瞬間、意識が遠のいた。
答えのないまま。




