背中合わせの夜
「おーっす。おまたせ…ってあれ、どしたんお前ら」
話し終えた唯は、いつも通り全く変わらない表情をしていた。
奇妙な空気を感じ取った燐は、まだ濡れたままの頭でリビングに戻ってきた。
言葉に詰まったままの俺と、変わらない唯の表情を見比べると、どうやら状況を察したらしい。
「なんだ。唯も話したのか」
燐の問いかけに、唯は無言で頷いた。
「お前の話ヘビーすぎるんだから、心の準備させてやれよ」
「別に。俺にとっては、これが"日常"だ」
「だから、その"ふつう"が重いって言ってんの」
唯と燐の戯れのおかげで、俺の反応はうやむやに消えた。
壊された緊張感に、どこか内心ほっとしていた。
その時。
扉を開ける音がして、玄関から真琴の声がした。
「ただいま……って騒々しいわね、なにごと?」
リビングに現れた真琴は俺の姿を見るなり、燐に低くそう投げかけた。
「……燐、ちょっときなさい」
呼ばれた燐も、静かに真琴の後を追ってリビングを出た。
思えば、真琴とアジトと対面するのは初めてだ。
前回の捺誘拐事件の一件を、彼らが真琴に話しているかどうかは不明だが、真琴の視線が一瞬だけ俺を捉え、それきり燐へ戻った。歓迎されていないことだけははっきりと伝わってきた。
(今日はこの辺で撤退したほうがよさそうだ)
そっと聞き耳を立てていると、抑えた声で二人の声が聞こえてきた。
「バカ燐……!ちょっと、なんでここにあいつがいるのよ!?」
「いてててっ!ごめんごめんって!」
「ごめんですまないわ!捕まったらあたしたちまた……っ」
「あいつは大丈夫だ!!」
「大丈夫ってアンタまた根拠もなく」
「ないけど、大丈夫だ。それに、真琴だってこっちの目的は穏便に話がしたいって言ってたじゃんか」
「……わかったわ。仕方ない。でもドットには秘密よ。最初に言われたでしょう?」
「わかった。ドットにはバレないようにする」
「……その点については問題ない。東雲が来た時点でドットはシャットダウンしてある。電源も抜いているから仮にハッキングされていたとしても流石に手は及ばないだろう」
唯がフォローに入ったことで、真琴もしぶしぶ納得したようだ。
とはいえ、やはり俺はこの辺で撤退するのが最善だろう。
(正直、まだこいつらと敵対したくない…)
「用も済んだし、俺もそろそろ帰ろうかな」
苦笑いを浮かべながら、俺はその場を立ち上がった。
何はともあれ、無事に借りも返せたし、確認したいことも聞けた。
今日の成果としては十分な方だろう。
「何言っているんだ、帰れないぞ?どうやら豪雨の土砂崩れで通行止めらしい」
「え」
そう言って唯に見せられたスマホを覗き込むと、駅へと続く道が土砂崩れと倒木で封鎖されており、開通の目途は不明だとニュース記事は告げていた。
「あー…ここほぼ山地だからな、水はけ悪いわ地盤は緩いわで。まあおかげで、ワケありしか住まないし、人気がなくて助かるんだけどさ」
いつの間にか俺の肩越しにスマホを覗き込んでいた燐は、そう補足した。
電車も止まり、駅はイベント帰りの人波で埋まっているらしい。
雨予報は見ていたが、ここまでとは思わなかった。
どうしたものかと考え込んでいると、燐はあっけらかんと言ってのけた。
「なら泊っていけよ!な!?お前らもいいだろ!?」
「……俺の部屋以外なら構わない」
「……仕方ないわね」
当然反対されるものかと思っていたが、唯はまだしも、思いのほか同意が積み上がり、俺の回答を待つまでもなかった。
(え、まじ……?)
こうして、やむを得ず燐の部屋で一泊させてもらうことになった。
◇ ◇ ◇
あの後、俺はすぐに櫻井さんに今日は友人宅に泊まる連絡を入れた。
当然、N.Tのアジトにいるとは言えず、歩の家にいたが豪雨の影響で遅くなりそうなので、そのまま泊りがけで課題をするということにした。
幸い明日も学校は休みなこともあって、櫻井さんにも強く叱られることはなかった。
それどころか学生らしく捜査から離れて、友人との時間を過ごしていることにどこか安心しているような空気すら感じた。
風呂上り。
寝支度を終えて燐の部屋へ行くと、燐が自室の床に一組の布団を敷いていた。
誰かと寝るなんて、落ち着かない。
なんて、わがままを言っている場合ではない。
一方の燐は慣れたように、自分の布団に寝転がると毛布を被った。
俺も部屋の電気を消すと、なるべく布団の端っこに寄って、申し訳程度に同じ毛布を被った。
背中を向け合ったまま目を閉じていると、ふと燐の声が静かな部屋に響いた。
「なぁずっと気になってたんだけどさ」
俺も振り向くことなく、静かに応えた。
「なんだよ」
「お前らこそ、なんで特殊捜査員なんてやってんだ?」
「……俺たちは、物心つく前に両親を亡くした」
「えっ、お前らも事件とか……?」
燐がこちらを振り返る気配がしたが、俺は振り返らなかった。
「不慮の事故だったと聞いている。そのあとは身寄りのない俺たちを、当時の事故を担当していた藍田さんが引き取ってくれた。特殊捜査員は俺たちなりの、恩返しみたいなものだ」
(まあ、両親の事故の詳細を知りたいのもあるけど……)
野暮な本音は喉の奥にしまったまま、俺は淡々と話した。
そんなことも知らない燐は素直に胸を痛めるように、また背を向けた。
「そっかぁ……すげーな、お前は。俺だったらそんなまっすぐに生きれねーよ」
「お前にもそれなりのバックグランドがあるじゃないか。でも、だからこそやっぱり犯罪はよくない……と思う」
「うん、ごめん。もうやめ……る」
燐はそれきり静かになった。
そっと顔を覗き込むと、窓辺から差し込む月明かりに照らされる中静かな寝息を立てていた。
そして頬にはうっすらと一筋の濡れた後が光っている。
それから目を背けるように、俺もまた燐に背を向けて一つの毛布にくるまって目を閉じる。
今日いろいろと一緒に話してみてわかった。
こいつは性根から悪いやつではなさそうだ。
もちろんだからといって犯罪が許されることは決してないが、むしろ揺らいできたのは警察に対する絶対的な正義のほう。
被害者が理不尽に未来を奪われる一方で、加害者が正しく裁かれないのであれば復讐したくなる気持ちも痛いほどわかる。
燐にはああいったが、正直燐と同じ境遇だったら復讐しなかったか問われたら頷ける自信がない。
法が裁いてくれないのなら自らの手で裁く以外、この悲しみと怒りの行き場はどこにもないのだろう。
(あのときの判決は本当に正しかったのか……?)
ずっと胸に燻っている疑念にそう問いかけるが、
ただ激しい豪雨が地面に打ち付ける音が静かな部屋に響くだけだった。




