同じ場所、違う距離
翌日。
雲行きが少し怪しさを宿す空模様の中、俺は彼らのアジトに向かっていた。
月ヶ丘駅を出発点に、あの日の記憶を辿ってみようと思う。
確かあの日は廃工場エリア方面から、道沿いにまっすぐに来たはず。
とりあえずまずは右か左かの道を進んでみて、見覚えのある景色を探してみよう。
そう思い、手始めに駅から出て右の通りを進む。
線路沿いのこの通りは人通りが多い。
心当たりのある景色に出会えないまま、大きな下り坂に遭遇した。
そこで、足が止まった。
(あの日通った道は住宅街あたりまでは平坦だった。この道は違う)
踵を返して反対方面へと歩き出す。
こちらは平坦な道が続くが、元は商店が多かったようで似たような路地が多く、さらにその先で入り組んでいるようだ。
記憶力には自信がある方だが、あの日は夜道と負傷の痛みもあって意外と記憶に残っていないみたいだ。
どうやってアジトを見つけるかを考えていた時。
「…どこにいくつもりだ?」
聞きなれた声がして、後ろを振り向くと予想通りの顔がそこにはあった。
「燐…!なんでここに」
「お前をつけてたからな」
その一言で、ようやくピンときた。
どうやらあの日助けに来てくれたのも、偶然ではなかったらしい。
「なんで追われている方が、俺を追ってるんだよ…」
呆れた視線を送ると、燐はあからさまに怪訝な顔をする。
「勘違いするな。警察の動きを察知するためだ、誰が好きでお前なんか追うかよ」
「そうか、でもちょうどいい。今日は前回の借りを返しに来たんだ」
「は、借り?」
「そう、帰りのタクシー代を。唯に」
「俺じゃねーのかよ。ま、いいや。なら、ついてこい」
口を尖らせて、燐は当然のようにアジトへと歩を進める。
やけに早歩きなその足取りを、俺は遅れないよう必死で追った。
◇ ◇ ◇
似たような路地を何度か曲がった後、細い路地を通り、やっと見覚えのある扉の前に辿り着いた。
遅れて緊張がやってきた俺の気持ちなど知る由もなく、燐は当然のようにアジトの扉を開けた。
「お、お邪魔します」
「もう二度目だろ。今更そうかしこまんなよ」
いろいろあったとはいえ、仮にも敵陣にひとり踏み込んでリラックスできる精神は持ち合わせていない。
燐との感覚に温度差を感じて苦笑いをしていると、静かな部屋に盛大な腹の音が鳴り響いた。
どうやら唯から聞こえたようだ。振り返った燐は唯に問いただす。
「なんだ唯、腹減ってんのか。飯は?作り置きしてあったろ」
「…トマト、入ってたから」
「あ?だから飯食ってないってか?」
唯は小さく頷いた。
それを見るなり燐は深く、大きなため息を吐き出した。
「…ったく、しょうがねぇな。チャーハンなら食えるな?」
唯はまた、小さく頷いた。
袖をまくってキッチンに立つと、燐はテキパキと調理を始める。
コンロ脇にはそこそこ調味料やスパイスがそろっていることからも、意外と自炊はするらしい。
「燐って料理するんだな」
慣れた手つきでフライパンを振るう燐のそばで、俺はただその様子を見つめていた。
「するっつーか、仕方なくだよ。施設でも最年長だったし、基本自分のことは自分でするしな」
「そっか、施設で」
「ああ、例の事件の後身寄りがなかったからな」
「じゃあ身の回りのものとかはどうなったんだ?」
「身の回り?」
「家とか、遺品…とか」
「ああ。家は持ち家だったらしいけど、あん時は保持してくれる大人もいねぇしな。
弁護士のおっさんと警察が話つけてくれたって聞いてる。
遺品とかは、ほとんど警察に持っていかれたな。
証拠になるって言われて。…凶器になったうちの包丁も」
「そう、なんだ…」
努めて冷静に話そうと、燐は一度も目を合わせることもなかった。
俺もまた、家だって犯行現場であると同時に思い出もあったろうと思うと、言葉が見つからなかった。
「なんだよいまさら……よしっできた。ほらお前も食えよ」
「えっ、俺は別に…」
そう言いつつも、出来上がったチャーハンからは食欲をそそるガーリックが香ばしく鼻孔をくすぐる。
「いーから!どうせ余ってももったいねぇし…って、あ。袖に卵液ついている。ついでだし風呂入って着替えてくるわ、悪いけど唯と食っててくれ」
そういうと燐は俺の意見を聞くまでもなく、俺と燐の分のチャーハンをリビングに運ぶと、そのまま廊下の奥に消えてしまった。
仕方なくリビングに置かれたチャーハンの前、唯の向かい側に腰掛けた。
唯は相変わらず表情もなく、黙々と食べ進めている。
この気まずい静寂を、最初に打ち破ったのは唯の方だった。
「…燐の過去、知っているんだな」
「……ああ」
それ以上、俺は何も言わなかった。
しばらく、箸の音だけが続く。
「……あいつらしいな」
唯は、そう言って一度だけ手を止めた。
「俺も話そうか」




