interlude:守りたいのは
夕陽の落ちる河川敷。
人気もまばらなこともあって、つい緩んでしまいそうな涙腺を食い止めるために噛み締める唇に力が入る。
さっきまで胸の奥で渦巻いていた苛立ちと悔しさが、
歩の足取りを重くしていた。
(……くそ。なんなんだよ、あいつ……)
柚紀に言い返せなかったことも、
捺が巻き込まれた恐怖も、
全部が胸の奥でひどく絡まっている。
そのせいか、前から来た誰かと肩が軽くぶつかった。
「おっと、大丈夫かい?」
「あ……すみません……!」
歩が落としたハンカチを拾い上げ、
男性は柔らかく微笑んで手渡してくれた。
(……誰だ、この人)
どこか見覚えがあるような気がする。
けれど記憶にない。
ただ、柔らかい声だけがやけに印象に残った。
「気にしなくていいよ。
それより……なにか悩んでるように見えたけど?」
その問いは、まるで歩の胸の奥まで見透かしたようで。
思わず、
本来なら絶対に見せたくなかった弱さまで、
ぽつりと零れてしまった。
「……友達が……危ないことに巻き込まれてて。
俺じゃ止められなくて……」
「ふむ。君はその“友達”を信じているんだね」
歩は、小さく頷く。
「でも……捺を巻き込むのは嫌なんです。
……捺は、本当は覚えてるんですよ。あの時のこと……
なのに、誰にも言えなくて……」
男性はゆっくりと頷いた。
責めるでもなく、否定するでもない。
ただ「話していいんだよ」と言うように、
穏やかに耳を傾けてくれる。
その優しさが、逆に胸に痛い。
「……そうか。つらかったね」
(……なんで。なんでそんな言い方できんだよ……)
涙を吸い込むような声だった。
何もできなかった情けない自分すら肯定してくれるような眼差しが、
どうにも居心地が悪い。
「でもね」
優しい口調はそのままに、
少しだけ落ちた声のトーンに、歩は顔を上げた。
「今のままだと——また“彼女”は巻き込まれるかもしれないよ?」
「っ……それだけは絶対に嫌です!」
「なら、試してみたらどうだい?」
「試す……?」
「そう。
君が先に“守りたい相手”に近づいてみるんだ」
柔らかく、当たり前のことを言うように。
「もし、君の大切な子が危険な目に遭いそうなら……
“本当にその子を思っている友達”は、
きっと身を引いてくれるはずだよ」
「……柚紀が……?」
「君は優しい。
だから、きっと分かっているはずだ」
その笑顔は、優しいのに——どこか底が見えなかった。
歩の胸の奥で、何かがそっと動く。
(…そうだ、俺が……あいつらを止めないと)
(捺を守れるのは、俺しかいない)
その思いが、形になり始める。
うじうじしている場合じゃなかった。
やるべきことがクリアになっていくにつれ、
こぼれかけていた涙はすっかり乾いていた。
男性は、歩の変化に気づいたように微笑むと、
そっと肩に手を置いた。
「迷っていい。でもね。
“護りたい”って気持ちは、時に人を動かすものだよ」
その声は、優しいのに不思議なほど強く胸に刻まれた。
「……ありがとうございます。
少し、気持ちが……楽になった気がします」
「それならよかった」
男性は軽く会釈をし、ゆっくりと背を向けた。
歩はその背中を見送りながら、
胸の中の違和感に気づこうとして——やめた。
(変だな……顔も知らない大人に、
なんでこんなに素直に話しちまったんだろ……)
だけど、不快ではなかった。
むしろ不思議と「わかってくれた」と思ってしまった。
そのまま歩は、携帯を握りしめて小さく呟いた。
「……よし。俺が……捺を守る」
意思は固まった。
柚紀に促されて逃げる直前、
あの三人の側に残されていた暗号のメモを見た。
もしもあれが、次の“奴らの待ち合わせ”だとしたら。
――行くしかない。
…やるべきことに、もう迷いなどなかった。




