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TRUE♰LIE  作者: れむ
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交錯する想い

月が高く上った深夜12時半過ぎ、俺たちは闇夜に隠れるように、細い路地へと入る。

この路地をまっすぐ進んで、小さな壊れた塀の穴を抜けて、まるで猫の通り道のような道を進む。すると、目の前に古めかしいアンティーク調の木造扉が姿を現す。ここは、元々小さなバーだったらしいが、今では俺たちが3人で暮らす住処だ。

 真琴がその取っ手を押すと、ギィ…と古めかしい音を立てて、同時にほこりくさい臭いが鼻につく。まっすぐに進むと、カウンターテーブルの上にあるパソコンに、真琴は声をかけた。


「ただいま、ドット」


 人の声に反応して、自動でモニターが立ち上がる。そして、三日月のシンボルマークが浮かび上がると、機械音声が返ってくる。彼がドットである。


『やあ、お帰り三人とも。今日の悪戯はどうでしたか?』


「………………別に」

 

 真琴は、ソファに乱暴に腰掛けると、ドットの方も見ずに一言だけ返した。真琴の態度に何か感じたのか、ドットがこう問い返してくる。


『おや? なんか静かですね、何かあったのですか?』


「何もないわ」


 またしても、真琴の鋭い言葉がドットを一蹴する。ドットは、これ以上は関わらないほうが良いと感じたのか、素直に身を引くそぶりを見せた。


『そうですか………それならよかった。……ああ、そうそう。また何か必要なものがあれば言ってください。』


「ええ、ありがとう。そうするわ」


『それじゃ、ごゆっくりおやすみ』


 そういって、モニターはプツンと音を立てて真っ黒になった。一通り話し終えた真琴は、疲れたようにふぅっと大きなため息を吐いて目を閉じた。途端に、俺のたまっていた愚痴も堰をきったように漏れ始める。


「ドットのやつ、いまだに何か考えてんのかわかんねぇよな。見ず知らずの俺たちに住処まで提供してくれたり…さすがにちょっと気味悪いぜ」

 

 そう、この住処を与えてくれたのもすべて先程のあのドットだ。ドットとは、普段ああやってモニター越しに話をする程度のもので、実のところあったこともなければ素性も知れない人物である。突然、知らない宛先からの招待状をもらい、来てみれば「これからここを貴方がたに提供します。好きなようにお使いください」と言われた。それぞれ事情があって行き場を失っていた俺たちをここに集めたのが、ドットだった。特に監視や脅迫されているわけでもない。むしろ従順に従うように、いろいろ手配してくれる。あまりに都合がよすぎて、少し気味が悪い。


「まぁ…確かに信用はできないかもしれないけど、しばらくは頼るしかなさそうじゃない。」


「でもさ…」


 言いよどむ俺の言葉に、真琴のうっすらと開いた横目が鋭く俺を捉えてこう言い放った。


「じゃなきゃ、またあの日々に逆戻りよ?」


「………っ」


 真琴の鋭い視線と、言葉が胸に深く突き刺さった。同時に、過去の忌々しい記憶が脳裏によみがえる。

もう、戻りたくはない。

独りには、なりたくはない。



…………あの日に、自由はなかったのだから。



 記憶に呑まれそうになりながらも、静寂に気づいてハッと我に返った。


「じゃあ、もしお前になんかあったときは俺が…っ」


「必要ないわ」


「早…っ!!ひどくね!?」


「アンタは他人の心配より、自分の頭の悪さの方を心配しなさいよ」


「な…っ」


「アンタに守ってもらうぐらいなら、まだ唯に頼る方がマシよ」


「く……っ…このくそやろう……っ!」


「いや、俺のせいじゃないだろ」


 唯は顔色一つ変えずに、飄々と受け流す。こういうオトナみたいな対応が、またムカツク。そんなことを思いながら、唯を睨み付けていると真琴がスッと立ち上がって、自分の部屋へと歩き出した。そして、うっすらと寂しげにも見える笑みを浮かべた。


「………なんてね、どっちもいらないわ。あたしは一人で平気だから。それじゃ、おやすみ」


 真琴は静かに扉を閉めた。真琴の消えた扉を見ながら、また軽く愚痴が零れる。が、俺もずいぶんと疲れているようで、強い睡魔に襲われた。


「……ったく、いつもそればっか。ま、いーってゆうならいーわ。俺も先寝るぜ、おやすみ」


「ああ、おやすみ」


 単調な唯の言葉を背中に、俺もまた自室へと眠りについた。







――――――…一方、N.T.が眠りに落ちるその頃。寮、柚紀の部屋ではまだ明かりが灯っていた。


「1877年………県で高校生の刺殺事件…1962年……高校生の放火事件動機は……」


 ブツブツと呪文のようにつぶやく柚紀の声に、隣の部屋で寝ていた葉月もさすがに目を覚ました。ベッドのサイドランプを付けて時計を見ると、もう深夜3時前だった。

(ゆず、まだ起きてたんだ…明日も学校あるのに大丈夫かな……?)

心配になった葉月は、隣の柚紀の部屋をノックした。そして、開いた扉の向こうの光景に思わず声を上げた。


「ゆずー? 開けるよー?………って、わぁ!どうしたのこれ!?」


そこにあったのは柚紀の机の周辺や足元の床に積まれた資料ファイルの山、山、山。そらにそれに混じって、読んだらしい資料も開きっぱなしやら、折れ曲がってるやら無造作に散らばっていた。


「ちょっとちょっとゆず…!大切な資料こんな風に置いたらまた櫻井さんに怒られちゃうよ」


 そういいながら、葉月は散らかっている資料を一つ一つ丁寧に拾い上げていく。よく見ると、読み終えた資料のほかにも何枚ものびっしり書かれたメモ書きも落ちている。しかし、柚紀は一向に手元の資料から顔を上げることもなく、ぼそぼそと呟き続けている。


「ねえゆず!ゆずってば!!」


 葉月が肩を叩いて、ようやく柚紀が顔をあげた。


「あ、あれ?葉月?いつの間に……寝てたんじゃ…?」


「だって、こんな時間まで起きてるんじゃさすがに心配になっちゃうよ」


「ご、ごめん…うるさかったね。……って、あれ!?今、何時だ!?」


「もう深夜3時だよ」


「マジ!?嘘だろ…全然気づかなかった。あー…そう言われれば眠…く………」


 机の上に突っ伏して、頭を抱え込むように蹲ったかと思うと、メガネもかけたまま、すぐに彼は寝息を立て始めた。そんな彼の姿にクスッと小さく微笑んで、葉月はメガネをそっととってやり優しく毛布を掛けると、耳元で小さく「おやすみ」と囁くと、部屋を後にした。







迎えた木曜日。

いつもの朝、いつも通りに声を掛けに来た捺と歩は、目に見えてひどく疲れた柚紀の顔に思わず戸惑った。


「おはよー歩くん、なっちゃん」


「おはよう、葉月」


「おはよう、葉月ちゃん」


「「……で…」」


 二人は一度顔を見合わせると、首をうなだれて今にも眠りそうな柚紀を見た。視線に気付いたのか、柚紀は顔を上げるとクマのひどい顔でうっすらと笑った。


「はよー…二人とも」


「おう……はよー…え? 何、お前どうした?」


「おー……そいつは聞かないでくれよ」


 柚紀は、一度チラリと捺に目をやって、歩に目配せをしたつもりだったが、捺も歩もそれに気付くことはなかった。


「は? 葉月ちゃん、大丈夫か?こいつ」


「うーん…なんていうか寝不足…みたいな……ね?」


 困った葉月は、助け船を求めて柚紀に話を振ったが、いつの間にやら彼はもう夢の中。そうこうしている内に始業のチャイムが鳴る。最後の最後まで不思議そうな顔をしながら、それぞれ柚紀のもとを離れていった。









 あの日以来どうしてかパッタリとN.T.のイタズラもなくなり、噂も次第と薄れかかり、また平和な日常があっという間に過ぎていった。

そして、迎えた放課後。


「ふぁーあ……よく寝た。だいぶ楽になった」


「そりゃそうだ。お前、今日ずっと寝てたろ…」


「さて、そうでしたっけ?」


「減らず口まで戻って何よりだよ。…っていうか、本当に何があったんだ?」


 お互い憎まれ口をたたくなか、ふと歩がまゆをひそめて柚紀に尋ねた。いつになく真剣な歩の目。そのまっすぐな視線は純粋に俺を捉えてくるようで、思わず逃げるように嘘を取り繕おうとした。


「あー……っと、ゲームだよ。ゲーム、昨日からすごいはまってるやつがあってさ」


 口から滑り落ちる嘘は、いつもはサラリと出てくるというのに、歩のこの目は、俺はどうも苦手らしい。案の定、下手くそな嘘はすぐに歩に見破られてしまった。


「嘘つけ。お前の目を見ればそんくらい分かる。何を探してるんだ?」


「……………N,Tだ」


 俺は、逃げられないことを悟り、正直に答えた。

(まあ、もうどうせこの前のことで誤魔化しきれないだろうし…)

俺の言葉に、歩はすぐに反応した。


「! 捺を襲ったあいつらか…!」


「そうだ」


 俺がそう答えるや否や、怒りをあらわにして声を荒げる歩。


「あいつら…絶対ゆるさねー!!どこにいんだよ!?」


「まあ待てよ。それがわかりゃ苦労しないって」


「だって…っ、黙ってらんないぜ!あいつは…っ!…その時のこと覚えてねーみたいだけど…」


「落ち着けって。俺も今いろいろ調べてるとこだ」


 今にも掴みかかりそうなほど苛立つ歩に、俺は制止を促す。俺だって、できるものなら早く捕まえて解決できればそれに越したことはない。が、今はそれよりも気になることがある。

(あいつら…何か影がありそうだしな…)


「待て、落ち着けとかって…そればっかかよ…」


 歩が何やら小さく呟いた。俺は、思わず聞き返した。


「は?」


「大体っ!なんでお前もやつらにちょっと甘いんだよ!?」


 普段は能天気な歩の、見透かされたような言い分が思わず頭にきた。


「な…別に甘くしてねーよ!こっちだっていろいろやってんだ。お前が野球バカしてる間もな!」


 いつもはこんなことで向きになったりしないのに、いろんな思いが絡み合って、感情に乗せられた言葉が止まらない。


「は?なんだよそれ!だって……っ」


「とにかく!余計なことだけはするなよ。いいな!」


 どうにか、この場を立ち去りたくて、俺はまくしたてるように歩の話を打ち切って、逃げ出した。結局、歩の顔を振り返ることもせず、そのまま一人自己嫌悪を抱えながら、帰路についた。

 端くれとはいえ、警察機関に所属する身分で相手に肩入れするようなことはいけないと分かっていた。けど、でも。あの三人の表情の裏にある何かがとても苦しそうで、俺は建て前と本心のその間に揺れていた。そんな思いから、つい八つ当たりをしてしまった。

(くそ…こんなつもりじゃなかったのに……)



















「なんだよ!柚紀のやつっ!!」


 柚紀の去った後、歩も帰り道の河川敷で一人、柚紀の愚痴をこぼしていた。結局、部活もサボってしまった。どうしようもない苛立ちを小石に込め、思い切り川に投げ込んだ。小石は深くポチャンと音を立てて、水しぶきを上げたが、それきりだった。歩の手元に残ったのは、拾い上げた小石の汚れと、虚しさだけ。


「だって、あいつ泣いてたんだ……」


『お願い、柚紀くんたちには言わないで…もうあいつらと関わらないでほしいの…』


「ほんとは…全部、覚えてんだよ………」


 歩は、捺の辛そうな顔を思い出してこっそり頬を濡らした。柚紀たちには捺が覚えてたなんて、言えない。ずっと付き合ってきたからわかる、責任感の強い彼のことだ。それを明かせばどうなるか、目に見えていた。だからこそ、捺も言えなかったのだと。教室荒らしの件は、窓割れが痛手だったものの、そのほかは窃盗でもなく荒らされた程度だったため、監視の強化と警備員の導入などの対策により事態も収束しつつあった。幸い捺のことはすぐに見つけられて大事にもならなかったため、俺たちの間で黙っていることにした。だが、大人など信用できない。

(なら…俺が、やつらの居場所をつきとめる…!俺が捺を守らなきゃ…!)




歩は、固くそう心に決めると、自宅へと足早に駆け出した。

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