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TRUE♰LIE  作者: れむ
12/13

資料室

「では、会議は以上だ。おつかれ」


「「「おつかれさまです」」」


 取り仕切っていた会議を終え、櫻井は長く、重いため息をついた。誰もいなくなった会議室にはそれだけのため息がやけに大きく聞こえる。

(今日は全然身が入らなかったな……)

 分厚い会議資料をトントンと整えながら、ぼんやりと思う。結局その日一日、櫻井は悶々と一人言うべきか言わざるべきかためらっていた。

(というか、葉月はいいこなのにあいつは…っ!!)

 彼に散々振り回されたアレコレを思い出しては、大人げなく眉間にしわが寄った。彼は初対面から印象が最悪だった。だが、二人の世話役を任せられ、ともに仕事をしていくうちに根はまっすぐな奴だということを知り、自分にはないそんな彼の良さを眩しくも思っていた。


(まあ見た目に寄らず、気持ちが入ると冷静さを欠くのは短所だが………とりあえず様子を見がてら、N.T.のことはこっちに任せろって釘刺しとくか)


 世話が焼ける。手間はかかるし、世話役は面倒ごとばかりだ。

だけど、危なっかしいほど心配するこの気持ちはなんというのか、櫻井にはどこか暖かく感じた。






「わぁ櫻井さん!お疲れ様です!」


「ああ、おつかれ。具合はどうかな」


「おかげさまですっかり良くなりました。また依頼も任せてください!」


「はは、頼もしいね。N.T.の件は他の部署がやってくれるっていうし、せっかくだから君たちもゆっくり休みなさい」


「え、でも…」


「時には休養も大切だからね。ところで、柚紀はこっちに来てないかい?」


「え?ゆずですか?…いえ、あの後からまだ会ってませんがもしかして…」


「え?」


「また、なにか…やっちゃいました…?」


「いやいや、違うよ。ただ話をしたくて、ね。でも…そうか。それならきっと部屋だろうね。ちょっと見てくるよ」


「あ、はい。わざわざありがとうございます」


「いや、それじゃあね。葉月」


(なんだ…あの日以来会ってないとは意外だったな。具合が……いや、ないな。あいつに限って)

 我ながらあり得ない想像をしては一瞬で現実的な思考に引き戻される。そんなくだらない脳内判定を繰り広げているうちにやがて柚紀の部屋にたどり着いた。静かな部屋に向けて、ノックをしたのちに呼びかけてみる。


「柚紀?櫻井だが、ちょっといいか?」


 しばらく待ってもみたが、一向に返事が聞こえる気配がない。それどころか、物音ひとつ聞こえる様子もない。


「柚紀………?」


 気になってドアに手をかけてみると鍵はかかっていないようで、室内へと足を踏み入れると柚紀の姿はどこにもなかった。


「なんだ…いないのか?目を離すとすぐこいつは……ん?」


 部屋を見渡していると暗い寝室のデスク上に、電源のついたままのPC画面が開きっぱなしで放置されていた。

(でかけるならPCの電源くらい消せばいいのに…)

仕方なく電源を落とそうとしてキーボードに手をかけたが、ふと気になってスリープを解除する。

(一体、何を調べていたんだ……?)

 ブラウザ上の検索履歴に特に最新のアクセスはなさそうだが、警察ネット内の履歴にはいくつか検索履歴があった。それは『リン』『ユイ』『マコト』というキーワードで検索が掛けられており、そのキーワードと紐づくほとんどのページが閲覧されているようだった。何かを探しているのは明白だったが、このタイミングということはN.Tの正体がこの三名ということだろうか。捜査からはおろせとの命だったし、実際に表向きはもう任せていないことになっているがもし二人が既にN.Tと接触しているとしたら、このまま様子見をして二人が接触したタイミングでN.Tを追い詰めるのもよいかもしれない。

(ふむ、一度見なかったことにしよう……)

 そう判断した結果、櫻井はPCの自分の閲覧履歴を消去し、元通りに戻しておいた。



 





 重い扉の音ともに開かれる資料室。



その入り口に、わずかな明かりが差し込む。宙に舞い上がる埃がおぼろげに浮かび上がる。


「けほけほ…っ」


 思わず咳き込みながら薄暗い奥に目を凝らすと、膨大な棚の高さは天井まであり、上から下までびっしりと分厚いファイルが事件ごとにファイリングされて並んでいる。よく見てみると、いくつかのファイルごとに”あ”や”う”などのカードが挟まっており、どうやら五十音中にファイルを並べているらしい。五十音を順にたどり、N.T.の”え”のところで手を止める。

(とりあえず、片っ端から読んでみるか…)

そうして、指先で軽くほこりを払い、ファイルを開いた。


窃盗。 



殺人。 




交通事故。 



誘拐。  



違反者。


ありとあらゆる罪状や事件に関わった”え”から始まる名前や名称が入ってはいたが、そのどれもN.T.に関係するものではない。”え”から始まる資料はすべて読んだが、これ以上読むのは途方もない。もう時間も21時を回っている。そろそろ引き上げようかとファイルを棚にしまっていると、棚の隙間に無造作に放置されているなにかの影が目に留まった。


(裏に何かある……?)


届きそうで、届かない何かに俺は必死で指先を伸ばした。限界まで指先を伸ばした時、かすかに指先がその何かに触れる。その指先でなんとか手繰り寄せてみると、足元にひとつのファイルが落ちてきた。どうやら、本棚の裏にあったのはこのファイルだったようだ。

拾い上げてみると、どこにも事件名や年月日の記入もなかった。そして、ほかのファイルはもうほとんどが表面に埃をかぶっているというのに、なぜかまだ真新しい。ファイルを開いてみると、1ページ目は白紙だった。その次も、その次も。そのまた次も。捲れど捲れど白紙のページが続き、面倒になってきて段々とパラ読みになっていく。


(なんだ、ただ未使用なだけか……)


 そう納得してファイルを閉じようとしたとき、書かれているページを見つけて慌てて手をとめる。


●相咲 燐 


19XX年 11月25日。自宅にて相咲 優香、梨音とともに強盗事件に巻き込まれる。押し入った強盗は優香、梨音夫妻殺害後金品を奪って逃走。異変に気付いた近隣住民の通報により、事件が発覚。その後、優香、梨音夫妻は現場にて死亡が確認。当人も現場にいたとみられているが、発見当時意識を失っていた。左頬の擦り傷のほか目立った外傷はない。

相咲 優香、梨音夫妻殺害事件の後、重症のPTSDの症状がみられる。集中的にセラピーなどの処置の後、児童養護施設:雫の園へ入所。入所後も、窃盗、強盗、詐欺等の容疑で補導歴あり。


(20XX年 12月3日)



(リンってもしかしてあいつ……?)

 その内容は数十年前の強盗殺人事件について印字されたメモだった。あまりにも残酷で悲劇的な出来事に胸の奥がきゅっと痛む。この記録はあくまで被害者に重点を置いたものであり、犯人の行方についてはほぼ記載がなかったが目の前で両親を失ったとなればこの子の悲しみはどれほどのものだっただろうと思う。

(せめて犯人がきちんと逮捕されて裁かれているといいけど……)

 なんて、ついつい感傷に浸っていたがふと手元のスマートウォッチを見ると時刻は当に21時を過ぎていた。明日も当然学校がある。ひとまず今日は引き上げようと、最後の資料を棚に戻すと、扉も施錠をしているかのように軽く元に戻してその場を後にした。








「やあおかえり柚紀」


 部屋に入るなり、玄関で出迎えたのはにこやかな笑顔を浮かべた櫻井さんだった。


「ただいま…です、櫻井さん…」


「携帯電話も携帯せずにどこに行ってたんだ?」


「い、いやあ…ちょっと……うん、……散歩?」


「おまえが、か?」


「失礼な!お、俺だって散歩くらいしますよ!」


無言の攻防。

顔をしかめるでもなく、信じるでもなく。ただじっと見つめてくる櫻井さんの視線は何を考えているのかが全く読み取れなくて、俺は気付かれているか否か鼓動が速度を増す。

しばらくして大きなため息をつくと、これ以上は踏み込んでこず不機嫌そうにつぶやいた。


「………まあいい。食堂閉まるぞ。早く飯済まして来い」


「…はい」


 それだけ答えると、櫻井さんとともに部屋を出てそこで別れた。反対へと歩いていく櫻井さんの背中を見送り、俺の鼓動はようやく落ち着きを取り戻した。

今ばかりは正直者の葉月と一緒でなくてよかったと心の底から安堵した。

(葉月にも当分は秘密だな…うん)
















「はよ、葉月」


 週明けの月曜日、部屋が分かれてから2~3日ぶりに葉月と学校で再会した。

この短期間でいろいろあったためにメンタル面は特に心配だったが、久しぶりに見た顔は思ったよりも元気そうで少し安心した。


「おはよう、ゆず。体は大丈夫?」


「ああ。葉月は?」


「私も大丈夫。でも、さすがにあの後で徹夜で勉強はきつかったかも…」


(ん……?あれ、待てよ…今日って………)

そこで、ふと先週の歩との会話がリフレインする。


『あー…月曜からテストとか憂鬱だな』


『そうか?一夜漬けすればどうにかなるだろ』


『一夜でどうにかなったら鬱になんねーよ』


『ああ、お前バ――…頭弱いもんな』


『おいお前なんつった?くそ覚えてろよ!ぜってー見返してやる!!』


『おー楽しみにしてるわー(棒)』



――……なんてやりとりを繰り広げたのはつい金曜日。

それにしても密度の濃い土日を過ごしておかげで、俺としたことがすっかり忘れていた。


「そっか…期末試験…」


「うん? ゆずは勉強できた?」


「あ、ああ。はは、よゆー…だよね…」


 自慢じゃないが成績は悪くない方だと思っている。授業なんぞは聞いていないし、提出物はほとんど出さないが、テストだけは一夜漬けするなりすればそこそこ点を取れていた。

だから、大丈夫。な、はずだ。

(大丈夫、だよな…?)


 


 

「おはよー」


「おはよ、柚紀。葉月」


「なっちゃん!おはよー」

 

葉月と共に教室の扉を開けると、捺が早速声をかけてきた。

こっちも思いのほか元気そうでよかった。

(……まあ歩から聞く感じ、捺自身は当時のこと覚えてなさそうって言ってたもんな。それでよかったのかも)

まるでこの週末が嘘だったかのようないつもと変わらない日常にほっとしているが、いつも捺の隣にある歩の姿が見当たらない。


「はよ…あれ、歩は?」


「歩ならほら、そこ」


 捺が指さした先をみると、いつもは授業時間以外席にいない歩が珍しく自席で暗記シートを使って暗記をしているようだ。


「なーんか『今回はぜってぇ負けらんね!』とか言っちゃって珍しく勉強してるみたいよ」


「マジか」


「へぇ…歩くんすごい……」


こんな時に限ってスポ根生かしてきやがる。

(というか今回に限って言えば、俺の方が相当ヤバイのでは?)

友人の異常な熱意に早くも焦りを感じている間に、残酷にもチャイムが鳴り響く。



結果は簡潔に言うと、散々だった。

テスト範囲はよりにもよって苦手分野を悪魔のように詰め込んだ応用問題だった。

もうなるようになれとカンで選択肢を埋めたものの、手ごたえは全くなかった。


(いや、違うな。俺は任務に生きたんだ)






























 

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