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TRUE♰LIE  作者: れむ
11/13

捜索

西鈴警視庁 警視総監室前

時刻は21時を過ぎようとしていた頃、扉の前で一人立つ男がいた。

彼は扉の前で丹念にネクタイをきゅっと引き締め、スーツのしわを軽く手で伸ばすと一度大きく深呼吸をして、丁寧に扉をたたいた。



「櫻井です」


「どうぞ」


「失礼します」


「ああ、急に呼び出してしまってすまなかったね」


「いえ。お話があると伺ったのですが」


「うん。例の少年少女を君のとこで預かってるって聞いてね」


「といいますと、東雲姉弟のことでしょうか?」


「そうそう。二人はどんな感じ?」


「そうですね……学生ですし、危険のないようにと思って主に情報収集を任せているのですが、弟の方が少しばかり無鉄砲と言いますか…」


「あはは。そういえば、前回の麻薬犯罪組織検挙にも一役買ったそうだね。ずいぶんお手柄じゃないか」


「はあ……それはそうなんですが……」


「まあ、でもそろそろ危険ではあるかもね」


「はい?」


「ほら、君も聞いているんじゃないかい?最近学校荒らしやらをしているイタズラ集団のこと」


「はい。ついこの間には東雲の学校でもその学校荒らしがあったそうで……現在、こちらも東雲とともに調査中です」


「へえ……それはまた物騒だね。実は君を呼んだのは他でもないこの件についてなんだけどね」


「? はい」


「君にはその調査を降りてもらう。代わりに、しばらくの間東雲の二人と行動を共にしてもらえないだろうか?」


「……承知いたしました」


「うん、ありがとう。話はそれだけだよ」


「はい、それでは失礼いたします」


『どんな小さな変化でもいい。何か気付いたことがあればすぐに私に通してくれ』


 扉を閉め、背中を預けるとふぅっと小さなため息をこぼす。ふと、先ほどの藍田さんの言葉がリフレインする。

わざわざ調査を降りなくても、東雲のお守くらい並行してこなせたが、東雲が気になってそちらに時間を割けるようきっと気を利かせたのだろうと思い、黙ってその厚意を受け止めることにした。


(なんてったって、養子(わがこ)……だもんな)


東雲姉弟は幼い頃に両親を事件で亡くした。身寄りのなかった二人は児童養護施設に送られる予定だったが、責任を感じたのか当時その事件を担当していた藍田さんが二人を養子として引き取ったようだ。だから、本当は彼らの養育の条件に特殊捜査員である必要はないのだ。しかし、責任感で養子になったことを知ると彼らはきっとここに居場所を感じられなくなる。だからこそ、あえて特殊捜査員という役職を与えている。そんな優しい藍田さんの部下になれた喜びを、櫻井はしみじみと喜びを噛みしめた。


















「という矢先にまた君たちは……!!!勝手な行動をするなと前回あれほどっ!!」


「す、すみません……っ!!」


 ベッドの中で腰を起こしていた柚紀はそのあまりの剣幕に思わず肩が跳ね、反射的に反省の言葉をついた。直属の上司であるとはいえ、いつもはいじり倒すほど悪態をつく柚紀も今回ばかりは何の反論もできなかった。結局またしてもN.T.の能力にやられてしまったらしい。夜に部屋を訪ねて俺たちがいないことに気づいて探していた櫻井さんが直々に構内に探しに来て、美術室で倒れていたところを発見したらしい。あまりの情けなさに頭を抱えそうになったとき、ふと歩のことが脳裏をよぎった。


「あ!そうだ、歩は?」


「歩?お前たち以外誰もいなかったが……誰かいたのか?」


「い、いえ俺の思い違いでした」


 どうして歩の姿がなかったかは気になったが、これ以上櫻井さんに追及されるのを避けたくて、真剣な眼差しで心配してくれる櫻井さんから視線を逸らす。


「で。何があったんだ?まさか、例の組織に遭遇したのか?」


「い、いえ……ただ……」


「ただ?」


「忘れ物して忍び込んだんですけど、隣の誰もいないはずのトイレから音がしてびっくりしちゃって……っ、いやあお恥ずかしい!!」


「二人とも、か?」


「ええ、まあ……最近寝不足もありましたし、気のせいだったかもしれません」


 我ながら苦しい言い訳だと思った。なんせ俺がオカルトチックな話にビビっている姿など櫻井さんが今の今まで見たことないのだから、現に櫻井さんも怪訝そうな顔でじっとこちらを疑わし気に見つめている。


「なら、睡眠はしっかりとることだな。情報収集もいいから、しばらく静養してろ」


「……はい」


 俺の心中を察したのか、櫻井さんはそれ以上の追求はしなかった。ただ、冷めたようなその言葉が役立たずだと突き立てるようでほんの少し伏し目がちに小さく返事をした。


「…………ケガとかは、ないんだな?」


「え?あ、はい」


 よかった、という言葉が聞こえてきそうなほど櫻井さんは大きく安堵のため息をこぼす。玄関へと歩き出した櫻井さんを見送ろうと背中を追いかけると、その足が一度歩みをとめて声だけを投げかけた。


「ああ、そうだ。静養の間、葉月にはしばらく署の一室を貸しているよ。たまには一人でゆっくり休むといい」


「え、そこまで……いいんすか?」


「まあ今回のように無茶されるよりはお安い御用なものだな。仕事が落ち着いたらまた来る」


「はい、ありがとうございます」


俺は大人しく再びベッドにもぐりこむと早々に寝息を立て始めた。





 

 長い廊下を歩く櫻井の靴の音が響く。コッコッと響く軽快なテンポとは裏腹に、櫻井は悩んでいた。


(なぜ二人は隠すんだ?これも一応報告した方がいいのだろうか……)


 本当は二人を引き離したのは他でもない、口裏合わせをして何かを隠そうとしている気がしていたからだ。結局、二人とも曖昧な回答で濁し何も語らなかったが、めまいや体調不良でないことなど現状見れば明らかだ。あの柚紀がオカルトチックな現象にビビるなんてもってのほか。








 



 


目を閉じて寝息を立て、しばらくすると遠くの方でパタリと静かに玄関を閉めるドアの音が聞こえた。


(行ったか……)


 俺はそっとベッドから身を起こし、玄関まで行き櫻井が去ったことを確認すると一人きりの部屋に鍵をかけてPCを起動する。PCの前の椅子に腰かけると、さっそく検索画面で『警察ネット』と検索をかけた。検索TOPに出てきた『警察ネット』の文字をクリックし、アクセスするとすぐにパッと青を基調としたページが開かれる。

 警察ネットは、厳重なセキュリティのうえで特定の通信経路でしか表示できない情報サイトだ。毎日日々のすべての事件、事故、死亡者、被害者などすべての警察がかかわった案件の詳細な情報が更新される。この情報を介して、俺たちは部署や地域を越えて情報共有と把握を行っている。つい数週間前まではPCの不調によりアクセスできなかったため、全然把握できていない新規の情報ばかりがTOPに並んでいた。前回N.T.について調べるとき、いちいち新聞記事をかき集めて情報収集をしていた苦労を思い出し、少し苦笑いがこぼれる。リズムよく軽いタイピングの音が静かな部屋に響くき、勢いよく跳ねたエンターキーの後パッと画面に検索結果が表示される。たくさんの情報が表示されるが、どれもN.T.が最近イタズラ事件を起こした件のことばかりで、過去の犯罪歴や詳細のことは何一つ出てこなかった。そこで今度はリン、ユイ、マコトそれぞれの名前で検索もかけてみたが、名前しかわからない検索では途方もない数の結果が表示される。その膨大な量に、思わず頭を抱える。

(ダメだ……これじゃ効率悪すぎ。せめてフルネームとか)

 ろくな情報もつかめていない自分にため息を吐き、とりあえずここ数年のリン、ユイ、マコトがかかわる記事はざっと目を通してみたが、どれもあの三人とは同名の別人のようだ。残すは、ロックのかかったシークレット情報だけ。この情報は幹部しかアクセスできない極秘情報だ。それほど重要な機密にN.T.のことが含まれているとはさすがに思えないが、調べてみる価値はあるだろう。

(でもどうやって……藍田さんはそう会えるわけでもないし……)

 少し考え込んで、俺はあることをひらめき、ページだけ閉じるとすぐにその場所へ向かった。





 


 寮からまっすぐ伸びる渡り廊下を突っ切って、保管棟の地下1F。そこが目指す目的地だ。たくさんのスーツが行き交う廊下を人を縫うように走っているとすれ違った背中に声をかけられ、思わず肩が跳ねる。


「お。東雲!」


「は、はい」


 恐る恐る振り返ると、そこには櫻井さんと同期の橘さんがいた。

(げ、こんなときに声かけられるとは……)

こっちが急ぎたい衝動とは裏腹に、温和な橘さんは目を細めて心配そうにこう言った。


「なんか倒れたそうじゃないか。体、平気なのか?」


「え?ああ、ええ……まあ……」


(頼む、早く行かせてくれ……!)

心配する彼の優しさをよそに、そんな自分勝手を想いながら苦笑い。

そんな様子も気づかない彼は、優しく俺を叱った。


「そっか。一応学生なんだし、あんま無理すんな?櫻井も心配するぞ」


「あ、はい……そう、ですね」


その言葉が、胸に突き刺さる。

直線に続く廊下を走る中、その言葉がずっと繰り返された。

勝手に行動するたびに、葉月も危ない目に合わせて、櫻井さんにも迷惑をかけている。

そんなこと、わかっていた。

それでも、彼らのことを知らなくてはいけないという衝動が考えもなしに身体だけを走らせる。やがて警察寮に入り、一番奥の階段から薄暗い地下へと駆け降りる。地下に降りた途端、埃と黴臭さが鼻につく。

(さすが、もう使われていないだけはあるな……)

階段を下りてすぐ左手には古びたドアがある。





資料室だ。






 今はすべてのデータがデータベース化されてしまったため、以前まで使われていた資料室はすっかり使われなくなった。老朽化も激しく危険なため近々撤去される予定で、すでに立ち入り禁止になっている。

 使われなくなったとはいえ、一応ドアとその上に鎖と錠も二重にかけてあったが、そのくらい、警察ネットのセキュリティに比べれば可愛いもんだ。俺はあらかじめ持参した針金を鍵穴に突っ込み、手の勘を頼りにガチャガチャと動かせば、錠は容易く解かれた。

 もしピッキングまでして立ち入ったことが知れれば、間違いなく櫻井さんが何かしら言われるだろう。しかし、もしネットでアクセスできなかった情報が閲覧できる可能性があるとすればもうここしかない。


(ごめん……櫻井さん………………でも)


散々心配をかけているのは理解している。それでも、俺の中を強く占めたのはやつらのことを知りたいという本能に近い欲だった。奴らを知り、理解することが三人を止める解決策だと思った。


なぜ、警察をそこまで憎むのか。


あれほど悲しい目をするあの三人に何があったのか。



きっと、知らなきゃ、見えてこない。








湧き上がる罪悪感をかき消すように、俺は古びたドアノブを引いた。





 

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