プロローグ
あたりを暗闇が包み込み、よからぬ者たちが動き始める22時過ぎ。
だんだんと道行く人の数も減り、昼間は穏やかな日常の一部に溶け込むこの細い路地も夜に包まれたならば彼らが獲物を狙うための狩場となる。
人通りの外れた人目に付きにくい町はずれの一角では、少年と少女が、集団に囲まれて迫られていた。
ケラケラと嘲笑するかのような複数の笑い声がひしめき合う中、少年はかばうように少女の前に立ちふさがった。柔らかい髪が、窓から吹き抜ける冷たい夜風に時折なびく。まだまだ幼さを残した中学生の二人を前に、一見人の好さそうな笑みを浮かべた男性が誘うようにまくしたてる。
「この薬すっごくいいよ!な、お嬢ちゃんたちもやってみないか?お兄さんたち、今ならただ分けてあげるよ?」
「で、でも、それって…」
「まあまあ…一回だけやってみるといいよ!!ね!?」
「え…と…」
「一回だけだって!!大丈夫!やばいと思ったらやめればいいんだし!!!」
そういって男が見せてきた透明な袋に包まれた白い粉末。その正体を二人は既に勘付いていた。少年の後ろに隠れるように立っている少女はわかるほどに声を震わせながら断ろうとするが、断れそうもない雰囲気に押されて、半ば強引に透明なその袋を男に押し付けられる。が、どうしようかと慌てる少女とは裏腹に、少年は甘い言葉に誘われたのかさっきとは打って変わって好奇心の色を見せ始める。
「へぇ…これってそんな面白いんですか?」
すると、少女同様に袋を押し付けられた少年は、もらった袋を薄暗い天井のライトに透かして見たり、振ってみたりしている。これをしめたとみたのか、男がやさしげな声で続ける。
「ああ、体が軽くなるみたいですっごく気持ちいいんだ。ほら、やめるのなんていつだってできるけど、大事なのは今だろ?まずは一回試してみてよ」
どこぞでよく聞く怪しげな謳い文句に、ますます危機感を感じておびえる少女だが、一方の少年の方はますます好奇心をくすぐられていく。
「体が軽くなるの!?すっげー!」
「すごいだろ?これ分けてあげるの、特別に君たちだけ」
「おお特別!?ラッキー!!じゃあもらっちゃおうよ姉ちゃん!」
特別、という言葉にとどめを刺された少年は、もうすっかり惑わされている。姉である少女は必至で少年に呼びかける。
「ちょっ…ゆず…っ!」
「ああ、そこのお嬢ちゃん、きみのお姉さんなんだ」
男と目が合って笑いかけられた少女は、小さな肩をビクッと震わせる。そんな反応さえも楽しむかのように、男は笑顔を作り直して続けた。
「お姉ちゃんも一回だけでいいから試してみてね! 」
興味津々な双子の弟と違って、不安そうな面持ちで立ち尽くす姉に男は念を押すようにまた、繰り返す。その笑顔は好意でも、愛想でもない。それは、無言の威圧であると感じ取り、背筋に悪寒が走るほどの恐怖を感じた。そんな空気を知ってか知らずか、弟は男に屈託のない無邪気な笑顔を浮かべて礼を口にした。
「ありがと、おじさんたち。ほんとラッキー!
………ほんと、な」