寄るものからは誰も逃れられない
俺、ケンは歳の近いユウゾウ、ハチロウ、キヌエたちと配信を始め、世間ではちょっとした話題の配信者グループになっていた。
その日は心霊現象が起こると噂の、山中の廃トンネルへと向かった。
冷え込んだ冬の夕暮れ前。
車を降り、ひび割れたアスファルトの道を歩いていくと、途中に小さな祠があった。
人の背丈ほどもないだろう。
「これ、ふもとの村で注意されたアレだろ」
「ああ、祠にだけは下手に触ったりしないでくれって言ってたやつか」
俺とハチロウの話を聞いていながら、ユウゾウはそばによってペタペタと触り始めた。
彼はぶっきらぼうで怖いもの知らずだ。
「こいつか。しっかし雑な造りだなあ、ボロボロだしよ。ダチだった大工なら、半日もしねえでこれより立派なもんを拵えられたぜ。俺の日曜大工だって、まだマシなもんができらあ」
「日曜大工って、最近はそういうのDIYっていうのよ。でも、本当にチャチな造りね。おもちゃみたい」
キヌエも面白がって、祠の扉を明け閉めしだした。
相当古いのか、それだけでガタガタ、ギシギシと全体が揺れている。
今にもどこか壊れてしまいそうだ。
「壊すと厄介だからさ、そのくらいにしときなよ」
俺の言葉で2人はそこから離れ、再び今日の現場へと向かうことにした。
蔦が這うトンネルは不気味だったが、撮影中はこれという心霊現象もなく、俺たちは車まで戻ってきた。
「ひさびさに坂道なんか歩いたせいかな、動悸がするなあ」
「私もちょっと、足が痺れたような」
「俺は少し腰が痛いな。冷えたかなあ」
ユウゾウとキヌエ、ハチロウも体調が芳しくないようだ。
「おい、腰痛で帰りの長い運転、大丈夫かぁ?」
「大丈夫だよ、俺が事故るわけないだろ」
ユウゾウが毎回運転を担当するハチロウに冗談を飛ばした。
「ははは、帰りも安全運転で頼むよ」
場を盛り上げるように笑ったが、俺もなんだか体が、特に肩の辺りが重い気がする。
途中で小まめに休憩を取りながら、俺たちは何事もなく帰った。
大きな異変が起こったのは、そのあとからだった。
部屋で倒れていたユウゾウを外出から帰った家族が見つけた。
すでにこと切れており、死因は心臓発作。
キヌエは日課の散歩中、公園のなんでもない数段の階段で転倒し、頭部を強打して亡くなった。
運転が自慢だったハチロウは、アクセルをベタ踏みしたような速度で何台もの車にぶつかって暴走したあと、街路樹に激突して事故死した。
たった10日足らずの間に、だ。
そんな短期間に3人が続けて死んでしまった。
これはあの祠の祟りか。
あるいは、廃トンネルで悪霊に取り憑かれたんじゃなかろうか。
順番から言えば、次は自分かもしれない。
命の危険を感じた俺は、知り合いを通じて霊能力者を紹介してもらった。
会うことになったその霊能力者は、想像していたよりも若い、30代のスーツ姿の男性だった。
自己紹介すると相手は自分たちのことを知っていて、動画も結構な頻度で見たことがあるそうだ。
事情を話すと、彼は手のひらをこちらに向けて、何かを探るように動かしていたが、
「むう」
と1つ唸って、それを止めた。
「祟りや呪いのようなものは感じませんね。私も例のトンネルに行ったことがあるのですが、あそこに悪い霊はいませんでした。それとあの祠は地域のお祭りのために昔作られたハリボテのようなもので、特別な曰くなどはありません。触るなと注意されたのは壊れかけていたからでしょう。心霊スポット目当てで来て、祠にいたずらする者が絶えなかったそうで」
「そうなんですか。でも、じゃあどうして、どうしてみんなは、あんな死に方を!?」
「どうしてって……」
言葉を選んでいるのか。
彼は視線を落として少し考えてから、
「それは……あなたがたが……」
本当に言いづらそうに口を開いた。
「あなたがたが……平均年齢92歳の高齢者配信グループだからじゃないですか」
「ええ、それで話題なんですよ。お年寄りなのにいろいろ配信して凄いって」
「その、ですからね、皆さん配信の中で持病の心配をしていたり、免許返納をすすめるコメントも来てたじゃないですか。お知り合いに御不幸が続くなか、突き放すようで申し訳ないですが……そのお歳なら、今回の件はそれほどおかしいことではないんじゃないでしょうか?」
「あ、ああ……」
ユウゾウはかくしゃくとしていたが、息切れしてくたびれることも多かった。
キヌエは元気だが歩くのに杖を欠かせなかったし、運転技術を誇っていたハチロウはペダルの踏み間違えや反応が遅れることがちらほらあった。
「やっぱり誰も……寄る年波には勝てないのか」
叙述トリックめいたものを書きたかっただけ。
最後の「寄る年波には勝てない」は歳をとって亡くなっていくこととは意味が異なる言葉ですが、歳を重ねて人は衰えて弱っていくんだなあと改めて感じた主人公の思いを込めてみました。