制作意欲がログアウトしました。
貴方には憎い人がいるだろうか。
私は親友、いや元親友が大っ嫌いだ。
私は昔、趣味で作曲をしていた。
ただひたすらにパソコンで打ち込むだけの作業。
これが案外楽しかった。それから毎日、悪魔に
取り憑かれたように曲を製造する
マシーンになった。
3年前、江先という男に出会った。江先は
本当にいい奴で、すぐに意気投合して連絡先を
交換した。その後私の曲を送ってみた。
意外にも気に入ってくれたようで、また送ってくれ
と頼まれた。
その明日、カラオケへ一緒に行った。
江先は歌は上手く、歌手のようだった。
毎回95点以上を叩き出して、私を驚かせた。
こんな才能を持ってたらな... と考えてしまった。
カラオケの帰り、私は急に曲が思いついた。
私はすぐにパソコンを開き、
「新しいバージョンがあります」という通知を
無視して、一心不乱に取り掛かった。
3日後、ついに完成した。
早速、江先に送りたかったがフォルダ内が
hogehoge.wavで埋め尽くされていた光景を
見てしまった。
とりあえず区別するために、「notitle」と題名を
つけて江先に送った。
2ヶ月が過ぎて、私はいつものようにテレビで
人気の曲の情報を得ていた。
「今週のヒットチャート5位は...」
知らないアーティストの曲が流れる。
世の中にはこんな才能が眠っていたんだな。
「4位は...」
これは聞いたことがある。確かネットミームから
流行ったんだったな。なんか可哀想だ。
「3位は...」
日本は最近ダンスミュージックも
流行り気味らしい。音楽だけでなく動画も
重視される。いかにも今らしい。
「続いて2位の発表です。」
「2位は、sometimes の notitle です。」
ほう、前に作った曲と同じタイトルだ。
曲に「notitle」とつけるのはやはり作曲家あるある
なのだろうか。
しかし、その曲は私の想像の上をいった。
聞いたことがあるメロディ、コード、歌詞、
私が2ヶ月前に作った曲じゃないか。
そしてこの声、江先の声だ...
私は絶望した。
他人に自分の作品が見られたことに対する
恥ずかしさではない。
親友に裏切られたことに対してだ。
本当に吐きそうだった。
「見事一位に輝いたのは...常識人粉砕小僧 の
粉骨砕身ロックソングでした!」
今考えるとインパクトのありすぎる曲名だったが、
そんなこと気にもしなかった。
すぐに私は江先に連絡した。
おい、どうなってるんだ。
何がだよ
すっとぼけんじゃねえよ、俺が送った曲で
荒稼ぎしてんだろ!!
はぁ
そんなん勝手だろ
これからも曲送ってくれ
スマホを投げそうになった。クソが。
何が曲送ってくれだ。こっちの気も知らないで。
私は3日ほど寝込んだ。
3日ほど寝込んだ後、同僚の佐々木が家に来た。
「体調の方は大丈夫か?」
「あぁ」
「ほんとか? なんか隠してそうだな」
「なんもねぇよ」
音楽活動は恥ずかしかったので江先以外には
言っていなかった。だからショックの原因を
言えなかった。これなら佐々木の口から
「notitleって曲知ってるか?
あれなんで流行ってるんだろうな、クソ曲なのに」
と言われた方がマシだ。
佐々木が急に話した。
「そういえば、notitleって曲知ってるか?
ほら、sometimesって奴の。」
マジか、妄想って怖いな。
「お、おう」
「お前、聞いたことある?」
もちろん聞いたことはある、作者だもの。
「まあ」
「あの曲クソだな」
よっしゃ、まだ救われた。
「俺も今そう思ってた」
自分で言ってて少し悲しくなった。
「特に歌が下手、曲の雰囲気と全然あってねぇ。
作曲家が違うかなんかじゃなきゃ
ああならねぇよ。」
ドンピシャだ。今すぐサラリーマンなんか辞めて
探偵をやれ。
「今日はありがとな」
「そんなことねぇよ、そういやおすすめの曲
あるんだけど聞くか?」
「粉骨砕身ロックソングって曲なんだけど」
なんだその曲、なんか気持ち悪いな。
「ほえー、もうすぐ真夜中なるから帰ったほうが
いいんじゃないか?」
「確かに、そいじゃ」
粉骨砕身ロックソングか... 聞いてみよ。
その後もsometimesこと江先は曲を
出し続けていた。あいつには心がないようだ。
私の昔の曲を勝手に歌って勝手にアップロード
している。もう最近はテレビを見ていない。
曲を作る気力すらない。
私は曲を作っていたDTMさえ削除した。
とある日、一通のメールが届いた。
佐々木からだ、
「今度会って話をしないか?」
なんだ? なんかやらかしたか?
私はカフェで佐々木に出会った。
佐々木は開始早々怒った態度で
「なんで今まで黙っていたんだよ」
「ちょっと待ってくれ、なんのことだ?」
「今、辻褄が合った。お前notitle作ったろ」
「やっぱお前探偵向いてるよ、ホントに」
どうやら見破られてたらしい。
「お前とは中学からの仲だろ?中学の時
一回だけ俺に曲送ったよな?今もう一回聞いたら
めちゃくちゃnotitleに似てたんだよ。」
音楽の才能もあるな、こいつ。
「それで体調崩した時もちょうど流行った時
だったし、それで聞いてみただけ」
「おすすめの探偵事務所探してくる」
「探さなくていい。」
「それで、俺が言いたいのはただ一つだけだ。」
なんだろうか? 私への愚痴か?
「江先がパクってるんだろ?」
やっぱすげぇなこいつ。才能の塊だろ。
「そうだ」
「なんか歌が江先っぽかったからな」
「それでお前はどうしたい?復讐したいか?」
復讐か...悪くないな。
「曲には曲で勝負するしか...」
「えっ...お前また曲作んの?」
何かまずいことがあるのだろうか。
「sometimesのパクリって言われて
終わりだぞそれ」
「たしかに」
「じゃあこういうのはどうだ?
江先にクソみたいな曲送って歌わせるのとか」
「例えばどういう曲だ?」
「途中でモールス信号を入れて、
この曲の本当の作者です 曲を強奪されました
っていう暗号にしよう。」
「そんなんで上手くいくのか?」
「あぁ、モールス信号ってバカは気づかないし、
ネットの奴らは解読したがるからな」
そうしてこの曲が出来上がった。
曲のタイトルは「常識の範囲内」だ。
1ヶ月後、その曲はたちまち注目の的になった。
もちろん人気の意味でなく。
すぐにモールス信号を解読した動画が出回り、
盗作説が浮上した。徐々に人気は薄れて、
モールス信号解読動画のほうが伸びていった。
しかし、私の制作意欲は消えていった。
まあ丁度スランプに入ってたからよかった。
明日からどうしようか、佐々木とカラオケでも
いこうか。