ランベル・エスカ
階段を駆け上がり自分が取った部屋の前に立つ。
「ティア!」
急ぐぼくの手が部屋のドアノブに触れる。
そのまま扉を開こうとするが直前、何かを思い出したぼくの心は落ち着きを取り戻す。
あぶない。このまま勢いよく扉を開いたら、部屋の中で眠っているかも知れないティアがその衝撃音で起きてしまう。
ぼくは一度掴んだドアノブから手を離し、ゆっくり深呼吸を入れ焦る気持ちを抑える。
改めてドアノブを掴む。
ゆっくり。そ〜と……。
部屋の中に音が響かないよう慎重にドアノブを回し、扉をゆっくりと開ける。そして徐々に開く扉の隙間から少し顔を出し、部屋の中の様子をその目で確認する。
明かりは点いていない。部屋は真っ暗だ。
微動だにしないカーテンから窓が閉め切ってあるのが分かる。その中央の窓から両脇にある二つのベッド。
片方のベッドは、綺麗に畳まれた毛布が端に置かれていた。逆にもう片方のベッドは、毛布が広げられており中央部分が少し膨らんでいる。
ぼくは自分の足音に気をつけ、毛布の膨らむベッドに近づく。
ベッドを覗き込むと、ティアが目を瞑って横になっていた。
すー、すー、と寝息を立てながら可愛い寝顔を見せているティア。
ふと目に入った毛布から出ているティアの手に、ぼくは自分の手をそっと置く。すると寝ているはずのティアは、置かれたその手をそっと握った。
自分の手から感じる僅かなティアの力に、ぼくは胸の中にあった不安感がすっと抜け落ちていくのを感じた。
「よかった〜」
頭の中で浮かぶその言葉とともに安心感が胸一杯に広がっていく。
右手から感じるティアの体温とその寝顔の安心感に少しの間ぼくは浸る。
それからティアの安否が確認出来たぼくは、さっき目にした出来事を彼に聞くため再び階段へと足を進める。
部屋の並ぶ薄暗い階とは違い、階段を降りていくと段々と一階の明るさが映り込んできた。
一階に辿り着くと同時にぼくの気配に気づいた彼がその視線をこちらへ向ける。
「お、戻ってきたか。言った通り大丈夫だったろ」
視線を向ける彼はグラス片手にそう言う。
彼の座るテーブルへ向かう中、目に映る光景の変化にぼくは歩く速度を早める。
一階のフロアがある程度全て見える位置まで行くと、ほんの数分前まであった人の山が無くなっていたのだ。
山のあった位置を見つめながらぼくは彼に近づく。
「さっきまであったあの人たちは!」
「ん?ああ、いつまであっても邪魔だから外に捨てた」
椅子に座るランベルは、そう言えばそんなのあったな〜っと忘れていたことを思い出したかのように淡々と口にする。
「捨てたって……」
ランベルのその言葉にぼくは店の外に足を向ける。
「あー、外出てもあの山はねえぞ」
店の外に出ようと動くぼくにランベルはそう言う。続けざまに聞こえてくる言葉にぼくは自分の耳を疑う。けれどそれでも確かめようとぼくは店の扉を開け、外の様子をその目で確認する。
右を見ても、左を見ても、正面を見ても、ランベルの言う通り確かに人の山は無かった。その一部の影すらも無く。と言うか、周りを見渡して思ったがさっきと通りの道……違くないか?
屋根から地上に降りた時の路地が無くなっている。それに隣接している他の建物もさっき見たのと全然違うモノに代わっていた。まるで店そのものが別の場所に移動したような。
そうして店の外の様子を確認したぼくは再び店内に戻り、ランベルの座る席に近づく。
「な、言ったろ」
「あの数の人を一体どうやって……?と言うか、あの外は」
ぼくの問にランベルは呑気に、グラスに入った泡立つ液体を喉に流す。
「とりあえず座れよ。話してやっから。あ、お連れのAIも同席してもらうか」
「どうして、それを」
ランベルのその一言にぼくは思わず反応を見せてしまう。
「なんかきな臭いと思ったら、やはりそうですか」
「ヴィオラ!?」
宿屋に着いてからずっと黙っていたヴィオラが彼の言葉に音声を発する。
「気づいているのか。さすがだな」
「確信したのはさっき外を見た時ですけどね」
ランベルの正体に気づいている様子を見せるヴィオラ。
「私を知っているってことは、貴方にも……」
「ああ、いるぜ」
ヴィオラの音声にランベルは首を縦に振る。
「ウォロン。彼は貴方と同じAI持ちです」
ランベルの前に立つぼくは、聞こえてくるヴィオラの音声に驚きを隠せないでいた。




