壁越しの涙声
「…マジかよ」
飛び込んできたその光景に思わず感想が漏れる。右を見ても左を見ても正面を見ても焼け焦げた建物や木の残骸が広がっており、その近くには地面を汚すように赤い液体を垂れ流した人が…ボロ雑巾のように沢山転がっていた。
腹が潰れたヤツ、四肢がどっかに飛んでいってるヤツ、見るに堪えないほど無残な姿に変わったヤツ。様々な人だったモノたちが足を進めるぼくの目に絶え間なく映り込んでくる。
「ふぅ~、誰かいませんかー」
辺り一面に広がる灰色の現実、周囲に人の気配は感じられない。頭の中で現状を理解していながらもぼくは、町に向かって声を上げた。
「おーい、誰かいませんかー?いたら返事してください」
いたら返事してください。ほんの数秒考えれば理解できることと思いながらぼくは、その言葉を繰り返し口にする。
この惨状を見れば誰だって一度は頭に過るだろう現実。例え生きていたとしても無事であるはずは無い。ぼくに聞こえるくらいの声なんて上げられるかどうかも不明だ。そんなことは今、声を上げているぼく自身が一番理解している。正直、この声だって結構無理して上げている。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
さすがに限界だ。機能していない身体の部位から痛みが全身を駆け巡る。これ以上は声を上げられない。体力的に限界を感じたぼくは、近くに残っていた建物だったものの壁により掛かった。
ゆっくりと腰を落とし、一つ深呼吸を入れる。一度身体を休めようと、ふと思ったその時だ。
「………て、…す…て、」
空耳と間違えてしまうような、それくらいに擦れたような声がぼくの耳に流れて来た。
「…れか、……け…」
数十秒ほど間を空けつつ擦れるその声は何度も聞こえてくる。
「だ…か、お……い、」
聞こえてくるその声に応えよう。そう気合を入れ、ぼくは再び無事な片手で壁にそっと触れ這うように空へ向け身体を伸ばした。エネルギーの消費に伴う反動が身体の節々に痛みを発生させる。その痛みに耐えるようぼくは、目一杯歯を食いしばる。
やっと歩けるくらいに立ち上がると手で壁をなぞりつつ数歩足を進めた。ゆっくりゆっくり足を動かし、やがて壁の切れ端に手を掛けた。本来存在していたであろう横幅の壁はここで途切れていた。それがぼくにも、聞こえてくる声の主にも幸いだった。
手を掛けていた壁の切れ端からぼくは身を起こし、先ほどまで自身の背を預けていた壁の向こう側を覗き込む。
壁の向こう側には頭から血を流した少女が横になっていた。…いや、横にならざる負えない状況に置かれていた。理由は、数時間前まで建物だったであろう瓦礫の山が少女の上に覆いかぶさっていたからである。
ぼくの気配に気づいたのか?少女の視線が出来る限りに上を向けられる。少女の目とそれを覗き込んでいたぼくの目が合う。
「……けて、おね…い、」
少女はぼくのことを見つめながら少女は願う。その瞳を赤く染めて、頬にそ~と赤い雫の軌跡を落とす。少女の願いに応えるため、足元に散らばっている瓦礫の残骸を跨ぎ越え、その子の下に近づく。
健在な片腕で瓦礫の山から残骸の塊を手に取り、それを安全な場所に放る。一つ一つ丁寧にかつ迅速にぼくは、手を動かしていく。
救出作業を開始してから数十分後、瓦礫の山から少女の足が現れた。少女の足元の地面を少し掘りその子の胴体部を抱え、ぼくは少女を引っ張り上げた。
ぼくの腕の中で少女がゆっくりと呼吸を繰り返す。
「もう、大丈夫だよ」
腕の中の少女へ向け、そう言葉を送る。
「あ…がと…、」
ぼくの言葉に少女は、にっこりっと安心したような笑顔を浮かべる。