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第3話 【呑んだくれ】【駐輪場】【自画自賛】

 今日もまた人がもたれかかっている。

この人恋しくなる肌寒い季節にはよくある光景の一つとも言えるだろう。

『一年の終わりを迎え、新しい一年を迎える』

それに合わせて『お疲れ様』の意味と『よろしく』の意味を込めて夜通し騒ぎ倒すのだ。

正直なところ、理解は出来ない。

けれども、社会の一端を担っているとこのお祭り騒ぎに誘われることも多いのだ。

一年に一回のお祭りに、今日は気の迷いだったか参加してしまったのだ。


「チャリンコでくるべきじゃなかったな」


そう口から漏れていた。

まぁ、勿論のこと酒を飲んでしまえば飲酒運転になる訳だからそもそもタクシーでくれば良かったのだが、下戸であることを恥と感じてしまってそれを隠す為にこの方法で来てしまったのだ。


それ故に今のこの現状に至る。


目の前の駐輪場に置いたはずの自分の愛車は知らないおじさんがもたれかかっており、その人は深い眠りについている様子だった。


 気温は11度。

このままでは低体温を引き起こして命の危険も考えられるだろう。



「……あの、危ないっすよ」


そう声をかけるがおじさんは答えない。

いびきをかいて幸せそうに眠っている。

酒のせいか寒さのせいか、その頬はやや赤みを帯びていた。


こんなふうに幸せに眠りにつけるならいいのにな、とそう心から思った。


このまま待っていてもおじさんは目を覚さない。

そうなれば、凍死の危険は俺にも及んでくるだろう。

そう感じとった俺は、おじさんに手を伸ばしその肩を揺すった。


「……スゥ」


穏やかな寝息が聞こえる。

これが美少女だったり赤子だったりすれば俺も笑顔で見ていられたかもしれない。


ただ、今は真冬の夜空の下でおじさんが俺の自転車にもたれて帰路を邪魔されているという状況下でなければだが。


「なぁ、おっさん。退いてくれよ」


先ほどよりも強めに肩を掴む手に力を込めた。

そして強く前後に揺さぶってみる。

すると


「……ん……?」


うっすらとおじさんの目が開いた。

それを好機と俺は畳み掛けるように言葉を紡いだ。


「それは俺の自転車!早くどけよ、邪魔なんだよ!」

「酔い潰れて他人様に迷惑かけてんじゃねえよ!」

「自分の許容量くらい考えろよ!ガキじゃねえんだから!」

「呑んだくれは凍死する前にさっさと帰れ!」


連投で口から吐き出された言葉は寝ぼけ眼のおじさんにも届いたようで、その顔はみるみると青ざめていき、見開かれた瞳は少し潤んでいるようにも見える。


「すっすいませんでした」


そう言っておじさんは走り出した。

俺の愛車に足を躓かせ、その後も境界ブロックを踏み外したりしながら走り去っていった。


こんなに誰かに言いたいことを言えたことは今までなかった。

言いたい事を押し殺して、上からの命令に従って威圧的な同僚に頷いて、親にも友達にも反抗らしいことは何も出来なかった俺が、言えたんだ。

誰にも伝えたいことも言えず、誰からも見られていない俺が。


「成長、だね」


愛車のハンドルを握りしめて自分の成長を自画自賛していた時、背後から鈴を転がしたような愛らしい声が響いた。

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