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きっと、昔の人も……

作者: トド

<晩秋から初冬の頃の、穏やかで暖かな天気のことです。「春」という言葉が使われていますが、春の天候ではありません>


「ほら、ここにそう書いてあるよ」

 どこかの広報誌からの引用をスマホの画面に表示して、冬月さんは困ったように言う。


「ううっ……。どうせ私は言葉を知りませんよぉ~だ」

 私は恋人の心無い一言に傷ついた。だから、その傷を癒やすために温もりを求めて、冬月さんの胸に頭を預ける。

 さぞかし歩きにくいだろうが、可愛い彼女を傷つけた罰だ。甘んじて受けるがいい。



 其れは何気ない冬月さんとのデートの最中のやり取り。


 私が、


『冬も嫌いではないけど、春が待ち遠しいなぁ。早く小春日和になってくれないかなぁ』


 と何気なく呟いたのが始まり。

 すると冬月さんが、「小春ちゃん、小春日和というのは、春の天気を指す言葉ではないよ」と言い出したのだ。

 そして、さらに、


「小春ちゃんの名前が入った言葉なんだから、しっかり覚えておいたほうがいいよ」

 とか言ってくれちゃったのだ。


 もう! 私が国語苦手なの知っているのに、そんなことを言うんだから!

 そして、私は怒って冬月さんに甘えているわけである。


「歩きにくいよ、小春ちゃん」

「駄目でぇ~す。私は冬月さんの一言に傷つきました。しっかり慰めてくれるまでこのままです」

「そんな……」

 困ったように言う冬月さんだけれど、その目は優しい光を宿している。其れが分かっているから私は甘えているのだ。冬月さんが本当に困ることをするつもりはない。


「少し、ベンチで休んでいこうか」

「うん……」

 私は冬月さんの提案を受け入れて、ベンチに座ろうとしたけれど、それよりも早く、冬月さんが自分のマフラーを外して座面に敷いてくれた。私のおしりが冷えないようにとの配慮してくれたのだ。


 私は厚意に甘え、静かにその上に静かに腰を下ろすと、冬月さんも隣に座る。

 そして、私はもう一度冬月さんの胸に頭を預ける。

 すると、冬月さんは優しく私の頭を撫でてくれた。愛しそうに、宝物を扱うように。


「ねぇ、冬月さん」

「なんだい?」

 優しく微笑む冬月さんに、私は少し見惚れてしまう。やっぱり、彼氏は年上に限る。この包容力は、同級生では決して出せない魅力だ。


「『小春日和』は秋から冬にかけての天気なんだよね? それなのにどうして紛らわしく『小春』なんていうの?」

 私は何気なく尋ねたのだけれど、冬月さんは「ああ、それは……」と丁寧に解説してくれた。


 それによると、


 『小春』というのは陰暦の十月を指すのだという。そして、その時の暖かくて、いかにも春らしい気分がする日のことを指して小春日和という意味なのだそうだ。


 うん。一つ賢くなった気がする!


「でも、昔の人はどうして、十月を『小春』なんて呼ぶようになったんだろう?」

「んっ? 何か疑問なのかな?」

 冬月さんの問いに、私は頷く。


「だって、春ってこれからだんだん暖かくなってきて、過ごしやすくなる季節のことでしょう? でも、十月って秋も終わって、どんどん寒くなってきて、過ごしにくい冬になる季節だよ。それなのに、春という言葉をつけるのはやっぱり少し変な気がするなぁって」

 私のそんな何気ない一言に、冬月さんは目を細めて、「そうだね」と言って微笑む。けれど、すぐに真剣な顔をして口を開いた。


「これは、飽くまで僕の勝手な推測なんだけれど、きっと昔の人も、春が待ち遠しかったんじゃあないかな?」

「春が、待ち遠しい?」

「うん。冬は生き物にとってつらい時期だ。食料の確保も難しいし、ただ生きることも困難だからね。だからこそ、これから厳しい冬に入る前の、待ち遠しい春を少しでも感じさせてくれるその時を、『小春』を愛しく思ってそう名付けたんじゃないかと思うんだ」

「小春を、愛しく……」

 季節のことを言っているのはわかるのだけれど、冬月さんの口から私の名前と同じ響きを愛しいと言われて、私の頬は熱を帯びてしまう。


「あっ、冬月さ…んっ……」

 不意に冬月さんは私の顎に優しく手をやったかと思うと、静かにそれを少し上げて、唇を重ねてきた。

 私からしたことは何度もあるけれど、冬月さんの方からキスをしてくれたのはこれが初めてだ。


「小春ちゃん。また、ご両親と話をさせてくれないかな? 今度こそ、説得して見せるから……」

「冬月さん……」

 唇を離して言う冬月さんの目は真剣そのものだった。


「これからの季節のように、僕と小春ちゃんの関係は厳しいものになっていくだろう。君もつらい思いをすることになると思う。でも、冬はいつか終わる。終わるはずなんだ。だから……」

 私は冬月さんの気持ちが嬉しくて、にっこり微笑んだ。


「大丈夫だよ。お父さんもお母さんも、あの時はいきなりで驚いただけだと思うから。きっと分かってくれる。だって、私は心から冬月さんのことが大好きだから。その、愛しているから……」

「小春ちゃん……」

 私の言葉に、冬月さんはもう一度優しく口付けをしてくれた。それがたまらなく嬉しかった。



 十六歳の私と、一回り以上違う冬月さんとの恋路は、たしかに辛いものになるだろう。


 でも、冬月さんが言ったとおり、終わらない冬はないと思う。

 今は私も幼くて何もできないけれど、小春日和が過ぎて冬も過ぎれば、少しずつ成長していくのだから。


 私は天涯孤独な冬月さんに幸せになって欲しい。

 私のようなお馬鹿な女の子にできることなんてたかが知れているけれど。


 誰もが幸せに思うような『春』を届けられるとは私も思っていない。

 けれど、冬の孤独な月に、小さな春を感じさせてあげることくらいはしたいのだ。

 

 これから辛い冬を乗り越えて行かなければいけないのだとしても、一人ではないと伝えられるように。春を少しでも感じることができれば、そこに向かって頑張れるはずだから。

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― 新着の感想 ―
[一言]  読ませて頂きました。  この小説の感想は難しいですね。「年は離れているけど真剣な二人を応援したい気持ち」と「この男性(冬月さん)何やってんの?という気持ち」が湧きました。  前者は文字…
[良い点] 日本語の勉強になりました!! ありがとうございます。
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