第28話 カカVSトーキー
──飛空技師は駆り出される──
「ほっ! …よいしょっ! ふぅ、ここまで来りゃいいだろ」
石版狙いのサイアック獣賊団をボコボコにぶちのめす為、飛空艇が不時着した場所から離れた私は、ちょうど良さげな開けた場所に辿り着いた。
トーキーっつうあの野郎が何のパンサーの獣族か知らんが…これだけ広ければ対処できるだろう。私も狭い場所は好まないし。
「死に場所はここでいいのかァ? こんなにゴツゴツした場所じゃあ…埋葬してやれないのが残念だぜ…!」
「善人振んなよ悪党…! 今更何したってクソ野郎は地獄行きなんだからよ…!」
つってもまあ…私は知性生種殺さないから、死なない程度に殺す感じで頑張ろうかね。私もよく師匠に言われたな、死なない程度に殺すぞって。
衝棍を右手に持って、風を切る音が聞こえる程に回す。それを見てかパンサー野郎も身構え出した。
「衝棍かァ…! 随分と面倒な得物使いやがる…!」
「怖いか…? 尻尾巻いて逃げるんなら見逃すぜ…?」
さてさて、仕掛けてくる前にアイツが何パンサーなのか予想して私も身構えないとな…。つっても私全然パンサー系知らんのけど…。
私が知ってるのは〝景隠豹〟に〝双頭豹〟、あと〝剛豹〟ぐらい。見た目的に双頭豹はナシかな。
あるとすれば景色に擬態できる〝景隠豹〟か、毛皮が強剛な〝剛豹〟の2択。勿論…私が知っているパンサー系ならの話だが…。
「攻めてこないのか? ならこっちから攻くぞォ!!」
トーキーは力強く地面を蹴って、迷いなく接近してくる。武器は持っていないし、近付いてくることからも近距離戦闘が得意なタイプか?
武器を隠し持ってる可能性を考えても、リーチでは私の方が有利なのに違いはないな。しっかり動きを見て、適確にカウンターを叩き込む…!
「…ヘッ! くらえやァ!!」
「…っ?!」
それは殴るには明らかに遠い距離、私の間合いの外から突如仕掛けられた。何もない空中に右手を斜め上に振ったかと思えば…それと同時に何かが伸びた…。
〝音〟のおかげで一瞬速く身を退いた為、直接的なダメージはなかったものの…前髪が少しパラパラと宙を漂った…。
ほのかに白っぽい色をしている伸びた何かは…奴の指先から飛び出していた。それは凄い速さで縮んでいき、そこでようやくその正体に気付いた。
〝爪〟だ…、物凄く鋭利な4本の爪が…物凄い速さで伸びて、私の前髪をかすめて物凄い速さで縮んだのか…。
「よく避けたな…! 大抵の奴は今の一撃で戦闘不能だ…! 思ったより楽しめそうじゃねえかオイ…!!」
<〝斬爪豹〟の獣族 Toquy Jankh >
爪の伸縮…っと言うより自由自在に操れると思った方が良いな…。まったくなんて厄介な…、これでリーチのアドバンテージは完全に向こうに渡ったか…。
しかもアイツ…今の初撃は明らかに〝目〟を狙っての攻撃だった…。中々容赦のない奴だ…、私も手段を選んではいられないかもな…。
つか大体なんだよ爪操れるって…、何パンサーなのアイツ…? 何をどうしようと思ったら…爪操れるように進化すんの…? わけ分かんねえなマジで…。
「オイオイどうしたァ…! 怖気ついちまったかァ…?! 悪いがもう謝ったって遅いぜェ…! スイッチ入っちまったんでなァ…!!」
再びトーキーが攻めてくるが、今はまだ攻め時じゃない。奴が爪を自由自在に操れるとしても、具体的に何ができるのか…ある程度把握したい。
トーキーの動き全てに警戒を向けつつ…手の動きに神経を注ぐ。ただ伸ばして攻撃してくるだけなら対処も容易いが…どうかな…?
接近してくるトーキーの爪に、今のところこれといった変化はない。普通に近接攻撃か…? なら当初の予定通り、カウンターを決めるだけだが…──
“──キーン…!!”
「…っ!? うああっ…?!」
危機を知らせる〝音〟も聞こえ、警戒も十分していた筈なのに…、突然左腕に激痛が走り…血が飛び散った…。
また後ろに退いて腕を確認すると…4つの切り傷がはっきりと付けられていた…。早速手痛いダメージをもらっちまったな…。
しかしなんでだ…!? 奴は確かに…攻撃を受ける直前に手をクイッと内側に曲げたが…、ただそれだけだ…爪は伸びてなかった筈なのに…。
「ハハハッ…! 今のは避けられなかったみてェだな…!! ほらっどんどん攻くぞォ…! もっと苦悶の表情を見せろォ…!!」
このままじゃ劣勢極まるだけだな…、一か八かだが…こっちも動くとするか…!
回る衝棍を頭上に運び、勢いよく地面へと叩きつけた。放たれる衝撃が地面を割り、私とトーキーを隔てる様に粉塵が舞った。
“──キーン…!!”
〝音〟を確認し、私は可能な限り身を屈めた。すると…さっきまで立っていた場所を何かが素早く通り抜けた。半透明な何か…、十中八九〝爪〟だろうが…。
徐々に粉塵は散ってしまうが…今ので十分な収穫は得た。奴は伸縮の他に、爪の色までも操れるのだろう…。
伸ばした爪の根本部分を色濃くし…そこから爪先にかけてを半透明に変化させたな…。パッと見…爪を伸ばしてないように見せかける為に…。
単純な脳筋タイプかと思ってたが…割かし技巧派だな…。粉塵が舞った後も…不用意に攻めてこないし…、結構場数踏んでるなコイツ…。
「それが衝棍の力か…中々強力じゃねえか…! まぁ、当たらなきゃなんの意味もないがなァ…!!」
また攻めてくるか…、他の攻撃も見たいが…いつまでも受け身じゃいられないし、私も積極的に攻めないとな。
向かってくるトーキーに対し、私も走って距離を縮めていく。それを見たトーキーは、爪を8インチ程伸ばして迎え撃つ気満々。好都合だ…!
私はさっき切り裂かれた箇所から流れ出る血を手のひらに溜め、トーキーの目を狙ってぶっかけた。
血は狙い通りの箇所に当たり、奴の目をくらませた。血だからすぐに拭えるが、構えが乱れちゃ上手く防御はできねえよなァ…!
「〝震打〟…!!」
「グオオオオオッ…?!!」
右脇腹にクリーンヒット、トーキーの体は勢いよくぶっ飛んでいった。良い手応えだったが…流石にあれだけじゃ倒れないよな…きっと…。
私の予想通り、地面を転がって止まったトーキーは、脇腹をさすりながら立ち上がった。まだピンピンしてるが、効いてはいるな。十分倒せる相手ってわけだ。
「まさか血で目くらましするとはな…、そりゃ俺達悪の特権じゃねえのかァ…?」
「聖人はやらないだけだ、普通の善人は余裕で使う…! 欲望の為なら何でもやる悪人と同じだ、善人も…大事な存在守る為なら何だってやるぜ…!」
「ハッ…面白れェ…! なら存分に戦り合おうじゃねえかァ…!!」
闘志を燃やすトーキーは、両手を広げて身を屈めた。恐らく爪を用いた遠距離攻撃だが…見切って反撃してやる…!
「〝十字斬爪撃〟…!!」
地面を切り裂きながら物凄い速度で迫ってきた爪だったが…私の動体視力と〝音〟をもってすれば、間を抜けるくらい訳無い。
奴の爪はほとんど一瞬で元に戻ってしまうが、私が接近すれば不用意に伸ばしてはこない筈。接近戦なら十分勝機はある…!
私は恐れずトーキーとの距離を詰めていった。トーキーはまた8インチ程爪を伸ばして、今度は慎重な構えを取っている。明らかにさっきの震打を警戒してるな。
あれじゃ目くらましも効かないだろうし…次の手に打って出るか…!
私は左腰のポーチに手を突っ込んで、おもむろに何かを取り出した動きをして見せた。実際には何も取っちゃいないが、それはトーキーには分からない。
これで奴からすれば…警戒せざるを得ないポイントが1つ増えたわけだ。この左手で上手く気を誘導して…攻撃を叩き込む隙を作る…!
どんどん接近していき、互いの攻撃の間合いが近付いてくる。今奴は私の左手に最も警戒を置いているが…左腕で衝棍の攻撃にも対応できるようにしてるな…。
同じ轍は踏まないってわけか…、非常に好都合だ。こういうきっちり対策を練ってくるタイプは、〝予想外〟の攻撃で隙が生まれやすい。
私は左手を上げ、分かり易く何かを投げようとしている振りをした。それを見たトーキーは、構えは崩さずとも…自然に目線が左手へと流れた。
それを確認した私は、思いっ切り右脚を蹴り上げ、トーキーの顔面目掛けて靴を飛ばした。流石にこれは両腕で防がれてしまったが…〝衝撃〟はどうかな…?!
靴を防いだトーキーの両腕目掛けて、今度は衝棍を投げつけた。渾身の〝華天〟、ズシンッと重いダメージが両腕に広がっただろう。
「ぐっ…?! くっ…どりゃア…!!」
「なっ…!?」
怯んで後ろに退くかと思ってたが…まさかの事態…、両腕の痛みを堪えながら衝棍を上に蹴り飛ばされてしまった…。
これじゃあ私も防御ができねえ…、惜しいが…一旦下がらないともろに攻撃を受けちまう…。
だが更にまさかの事態が畳み掛けてきた…、地面を蹴って後ろに跳ぼうとした右脚に…トーキーの尻尾が巻き付いてきた…。
しかもかなり力強く…脚を振るった程度じゃ払えない…。攻撃を知らせる〝音〟が頭の中に響いてきたが…これじゃ避けられない…。ヤバい…!
「〝斬爪撃〟!!」
「うあああっ…?!!」
トーキーの鋭い爪が…私の頼りない腕の防御を抜けて腹を切り裂いた…。呼吸ができない程の激痛に…一瞬視界がチカッとした…。
焼け石を乗せられている様に腹部が熱く感じ…、食道を逆流した血が溢れる様に口から零れる…。一度退きたいが…脚に巻き付く尻尾が邪魔をする…。
このままじゃ…間違いなく次の攻撃でやられちまう…。吐き出しそうな痛みを堪えて…私は決死の反撃に出る…。
体を少し右に反らし…トーキーからは見えない角度でナイフを抜いた。そしてその抜いたナイフをズボンの間に挟め、私は右手をトーキーに突き出した。
「おっと…! そうはいくかって…あっ? なんにも持って…──」
奴の左手に私の右手は掴まれたが…ここまでは問題ない…! すぐにズボンに挟めたナイフを左手で取り、トーキーの右腕を斬り付けた。
毛皮のせいで傷は浅いだろうが…重要なのは傷の深さじゃない…、傷が付きさえすればこっちのもんだ…!
「っつう…?! また騙し討ちか…だがそんな小せェ刃じゃいくらやっても俺に致命傷は与…えら…れ……?!」
徐々に呂律が回らなくなっていったトーキーは、強烈な目眩に襲われているかの様に体と足がふらつき始めた。
私の右手を掴んでいるトーキーの手から力が抜けていき…脚に巻き付く尻尾も解けた。トーキーは未だ自分に何が起きたかを理解できていない…。
危機的状況から生まれた絶好のチャンス、私は歯を食いしばって近付き…トーキーのみぞおちに思いっ切り拳をぶち込んだ。
トーキーはみぞおちを押さえながら…ふらついた足取りで後ろに下がった。まだ奴のふらつきは切れておらず、追撃も十分可能な状況だ。
そんな私のもとに、蹴り上げられた衝棍が降りてくる。落下してきた勢いそのままに衝棍を回し、がら空きなボディに追撃を浴びせる…!
「〝竜撃〟…!!」
「グオアアアアアッ…?!!」
トーキーの体は勢いよく後方へぶっ飛び、岩壁に衝突して粉塵を巻き上げた。かなり効いただろうが…この状態ではこれ以上の追撃は不可能だった…。
私は衝棍を持ち替え、右のポーチに手を突っ込んだ。ポーチから取り出したのは、桃色の液体が入った小瓶。
親指で栓を外し、桃色のサラサラとした液体を一気に飲み干した。スッ…と体に染み込んでいく感覚を覚え、傷口に温もりを感じた。
「やはり用意しておいて正解だったな…〝治癒促進薬〟…。まさかこんなに早く使う羽目になるとは思わなかったが…」
≪治癒促進薬≫
傷の治りを最大限に早める薬。小さい傷ならすぐに癒え、大きな傷も半日足らずで塞がる。ただし間を置かず2本以上飲むと、〝過回復状態〟に陥ってしまう。
これでひとまず…左腕と腹部の血は直に止まるだろう。治癒促進薬には痛み止めも含まれているから、これである程度は動けるようになった。
私はお腹をさすりながらまた右ポーチに手を突っ込み、パッと見肉片にしか見えない…少しブヨブヨする赤い物体を取り出した。
少し躊躇してしまうが…意を決して口の中に放り込んだ…。何とも言えない食感に…鼻を抜ける血生臭さ…、〝塊血〟だけは得意になれないな…。
≪塊血≫
摂取することで、体内で大量に血液を生み出せる食薬物。摂取し過ぎると肌が膨れてしまい、最悪の場合破裂する可能性アリ。
不快感と気持ち悪さを我慢して飲み込んだ…。吐き気がするが…出血は止めたし、失った血も補った。痛み止めも効いてるし、これでまだ戦える。
応急処置を終えると、そのタイミングでトーキーも元の状態に戻ったようだ。まあ仕方ねえかこれは…。
「ウァァ…頭が痛ェ…、あの感覚…〝酔毒〟か…。目くらましに騙し討ちに毒…、もはや悪党がどっちか分かんねえなァオイ…!」
≪酔毒≫
三半規管の異常、構音障害、思考の鈍化などの症状が現れる毒。致死性は弱いものの、場合によっては後遺症が残ることもある。
「なんとでも言え…! こっちは獣族と違って生まれ持った武器がねえんだ…! これでようやくフェアってもんだろ…?!」
つってももう酔毒は使えないんだけどな…。相手を殺さないようにめっっっちゃ薄めてるから…多分もう抗体できてる筈…。
これならもうちょっと濃くてよかったかもなー、細胞が毒素を分解する時間も短いし…改良の余地ありだな…。 ※カカは善人です
ひとまずナイフをケースにしまい、転がっている靴を履いた。一度使った手は警戒されてるだろうし…次の手を考えないとな…。
見た感じ…互いにダメージは同じくらいか…。力と耐久面はトーキーが上、手段と技なら私に分があるって感じかな…?
こっから第2ラウンドだが…互いの戦り方も知れた以上、ここからの戦いは熾烈を極めそうだな…。
「騙し討ちの計画は組み終えたかァ…? そろそろ本気で殺りにいくぞ…!」
「そっちこそ…負けた時の言い訳は考え終えたか…? 後でちゃんと聞けるように半殺しにしてやるから、忘れんじゃねえぞ…!」
──第28話 カカVSトーキー〈終〉
飛空技師と七鋭傑、死闘繰り広げる──。




