第129話 呪毒
──飛空技師は駆り出される──
手遅れ…その真意は──?!
「おいどうした…?! 今の何の悲鳴だ…?! ──んっ…? オマエは確か…」
「やあっ、また会ったね、さっきの悲鳴はこの2人のものだよ。ほら見て、今喉に指突っ込んでる」
「より一層どういう状況だよ…」
蓑男の言う通り…今ニキと並んで喉奥に指を押し込んでる…。頑張ってのどちんこ捩じってる…。
だって怖いじゃん…「2人はもう手遅れ」って言われたんだぜ…? 木の実1個たべただけで…、そりゃ死ぬ気でのどちんこ捩じるだろ…。
「ニキもっと捩じれ…私より危ないのオマエなんだぞ…。ほら口開けろ、もっとこう…力強く捩じるんだよもっと…!」
「ぐぅべべェ…! ぐぅべべェ…! ヴゥ…ヴェェェェェ…!」
「おい何だこの地獄絵図は…」
「悪夢見てル気分…」
何とでも言え…こっちは必死なんだ…。とりあえずニキだけは何としても吐かせなければ…──そうだアレがあるじゃないか…!
急いでニキのリュックに腕を突っ込み、クソエナとの戦いで役に立った〝ウパの実クリーム〟を持ってニキのもとにダッシュ。
指に少し塗り、凄まじく嫌がるニキの口にねじ込んだ。その後自分の舌の上にもクリームを塗り…仲良く思いっきり吐いた…。
▼ ▽ ▼ ▽ ▼
「ハァ…ハァ…待たせたなオマエ等…」
「おう…本当にな…、気分はどうだ…?」
「お世辞にも良いとは言えないニ…、まだ気持ち悪いニ…」
吐き気はやや治まったが…精々波が落ち着いたに過ぎず…、深呼吸したらまた出る…。しばらく浅い呼吸でいないと…。
「無理なさらないでくださいね…。それで…蓑様…? 木の実は吐き出しましたし…これでカカ様とニキ様は助かりますよね…?」
「いやー…頑張って吐いたとこ申し訳ないんだけど…全然意味無いんだよねこれが…。ほら、厄介な毒があるって言ったでしょ…? アレ吸収が早くてね…きっともう毒に侵されてるだろうから…、まあ吐き損だねェ…」
嫌な言葉だな吐き損…。しかし既に侵されていながら…私もニキも特に自覚症状はない…。吸収が早いくせに遅効性なのか…?
趣味の関係上毒には詳しい方だが…そんな毒は覚えがない…。──いや待てよ…? 昔読んだ本に確か…それらしい記述があった気がする…。
その毒はこの世に存在する毒の中でも稀少で…最も特殊な毒と記述されていた…。もし私とニキを蝕む毒がそうならば…、確かに手遅れだ…。
「──〝呪毒〟か…」
「あっ正解! 君よく知ってるねー、誰も知らないと思ってたよ。でもそれなら理解しただろう…? 今更吐いたところで何も変わらないってさ…」
≪呪毒≫
環境と結び付く特殊で危険な毒。呪毒は普段潜伏しているが、異なる環境へと宿主が移動すると進行を始め、やがて全身に毒痣が広がり…死に至る…。
「えっと…つまりどういうことニ…?」
「私もオマエも…冥淵樹海から出られなくなったってことだよ…。正確に言うなら〝長期間離れられない〟が正しいが…、いずれにせよネブルヘイナからは二度と出られないだろうな…」
精々2日~3日が限界かな…? それ以上冥淵を離れれば…毒が全身に回って死ぬ…。分かり易いことこの上ないな…。
だが蓑男の言う「手遅れ」が、私とニキの生存に対してじゃなかったのは不幸中の幸いかもしれない。少なくとも呪毒は…侵されただけでは死に至らないからな…。
しかし同時に…この冥淵樹海に命を繋がれたわけだ…。呪毒を打ち消さない限り…死ぬまでここで暮らすことになる…。
「どどど…どうするニ…!? 解毒薬とか持ってないニ…!?」
「呪毒は珍しい毒だからな…普通の解毒薬じゃ意味を為さねェ…。その上特効薬も未だ発明されてない…、薬を用いた解毒は事実上不可能だな…」
「ハヤタタデモ?」
「ハヤタタは森の万病薬だろ? 病薬と解毒薬は全然違うよ」
あらゆる毒を癒すハヤタタ亜種みたいなのが存在すれば話は変わってくるが…そう都合よく居るとは思えないし…淡い幻想を抱くのは止そう…。
それにそう悲観的になることもない、何故なら私達は人族なのだから…! 私達には生まれ備わった種族特性が…適応力がある…!
時間はかかるだろうが…いずれ完全に適応できる筈…! そうなれば縛るものは何もない…! 悠々とこの地を立ち去れる…!
「そんな気を落とすことじゃねェよニキ、信じろ己の適応力を」
「いや…実は…あんまりそっち方面の自信は無いと言いますかニ…」
「はっ? ──ちょっとコレ飲んでみ…」
手渡したのは少し希釈した失感毒入りの小瓶。ニキはそれをグビッと飲み干すと、すぐに異常が現れ始めた。
辺りをきょろきょろ見回すような動きをしながら、私やアクアスの名前を呼んでいる。目と耳に症状が出ているようだ。
薬があるから解毒は容易だが…この程度なら一般的な人族であれば適応できる筈。よっぽど毒方面に弱くなければ…。
少し可哀想だけど…そのまま放置して様子を見続ける。しかし待てど暮らせど…ニキの症状が回復することはなかった…。
「コイツマジか…」
「赤ちゃん並みの適応力の無さですね…」
埒が明かないので解毒薬を飲ませると、次第にニキは回復した。正常に目が見え耳が聞こえることを喜んでいた。
人族としては異常な怪力とタフネスを持っている代わりに…本来の特性が平均を大きく下回ってるのかもしれねェな…。
何はともあれ…これはあかんぞ…。もしかしたらニキは呪毒に勝てないかもしれない…、冥淵から出られないかも…。
「詰んだ…完全に詰んでしまったニ…。世界を渡り歩くことが生き甲斐の旅商人が一つの森から出られないなんて…もう死んだも同然ニ…。あーあ…デカい屁でもしようかニー…」
「絶望してやけになってんなぁ…。諦めるにはまだ早ェぞ、何か手立てがあるかもしれねェし、現実逃避は色々試してみてからにしようぜ?」
「逆立ち勝負を持ち掛けてた奴のセリフとは思えねェな…」
稀少な呪毒を含んだ果実が当たり前かのように生ってる場所だし、呪毒に対抗できうる何かがあってもおかしくはないだろう。
どうせ竜の行動パターンを把握するまでは暇なわけだし、ニキの呪毒を消し去る方法を見つけてやるか。世話が焼けるぜ…。
「屁と一緒に呪毒成分が外に出ないかニー…──ニっ? 痣が無くなってるニ…」
地面の上で大の字になっていたニキは、蓑男の顔を見てぽつりと呟いた。痣が…無くなった…?
「そういや確かにねェな…顔の右半分を覆うぐれェの痣があったのによ」
アレスもそう言うのなら単なる見間違いじゃなさそうだ…。だが痣ってのは普通自然に消えたりはしねェ…、それが本当に消えたってんならそれは…。
「アンタもそうなのか…?」
「そうだよ、君達より数段上の…だけどね?」
呪毒による毒痣は…宿主が外へ出ている間広がり続けるが…もとの場所に戻ってくればきれいさっぱり無くなる…。
とは言っても消えるのは毒痣だけで…根本となる呪毒そのものが消えて無くなるわけじゃねェ…。コイツは今も呪毒患者のままか…。
「まあ僕のことはいいといてさ、君達が食べたのは木の実1個だけかい?」
「正確にはその半分だな、私とニキで半分ずつ食べたから」
「オーケー、それなら今すぐ呪毒を取り除いてあげるよ。悪いけどその鳥を貰えるかい? どうせその鳥も呪毒を含んでて食べられないしいいよね? そうだよね、ありがとう感謝感謝」
まだ何も言ってないんだが…、別にいいけどさ食えないし…。それより取り除くって言ったか…? 薬でも解毒できない呪毒を…? どうやってだ…?
気になるので後ろからその様子を見ていると、蓑男はそこらに生えている葉っぱを使って器を2つ拵えた。
それが終わると今度は腰からナイフを抜き取り、ニキが獲った死んで間もない鳥の体に勢いよく突き刺した。
溢れ出る血…、すると蓑男はそれをさっきの器に注ぎだした…。何だろう…凄く嫌な予感がする…。
「これでよし! さっ、飲んで?」
やっぱそうきたかァ…凄く嫌だ…。こんな搾りたての牛乳みたいな感じで出されても困る…、まだギリ鮮血と呼べるけども飲みたくない…。
流石のニキもドン引いてる…、口が半開きのまま固まってる…。かく言う私も同じだ…絶対今死んだ魚の目してる…。
「本当に…これで呪毒から解放されるニ…?」
「本当も本当だよ、グイっといっちゃって~グイっとォ。そうすれば体の呪毒はきれいさっぱり消滅するからさ、僕が今まで噓ついたことあった?」
「さっきが初対面だから分かんねェよ私は…」
「ニキだってそこまでの関係じゃないニ…」
途轍もなく躊躇ってしまうが…飲むしかないのか…コレを…。呪毒も持つ鳥の血を…。ってか大丈夫なの…? 呪毒持ちの鳥の血だぞ…?
より呪毒濃くならないか…? ──いやもう考えてても仕方ねェ…! コイツを信じて飲んだらァ…! ダメだったら半殺しにしようそうしよう…!
新鮮な鳥の血の味は…シンプルに気持ち悪い…。めっちゃ金属みたいな味する…また吐きそう…、ってか私飲む必要あったか…!? ニキだけでよかったくね…?!
「うっぷ…、何とか飲み切ったニ…」
「よく頑張ったね、これで君達の呪毒はいずれ無くなるよ」
「それは良かったニけど…本当にこれ効果あるニ…? 呪毒がある鳥の血飲んじゃって本当に大丈夫ニ…?」
「平気平気、フグと同じ原理だよ。フグは強力な毒を持ってるけど、その毒はあくまで餌に含まれているもので、フグ自身のものじゃない。じゃあ何でフグが毒で死なないのかと言うと、フグの血液にはその毒を抑える性質があるんだ~。そしてそれはこの冥淵樹海に生ける全ての生物に同じことが言えるのさ。──もっと詳しく説明していい? いいよね? ありがとう感謝感謝。
そもそもこの冥淵樹海の生物も元々呪毒を持っているわけではなくてね、そこら中にあるキノコや木の実に呪毒が含まれているんだ。それを小動物が食べると、体内には日々微量の呪毒が蓄積され続ていく。そして呪毒を蓄えた小動物もまた強い捕食者に食べられて、その体内には更に多量の呪毒が蓄えられていく。この現象を〝生物濃縮〟って言うんだよ。
冥淵樹海ではこの生物濃縮を中心とした生態系が築かれてて、ここで生きている生物の全てが呪毒に強いんだ。その理由はさっき説明した通りフグと一緒、呪毒を抑える性質が血液にあるからさ。──ここまでで何か質問ある?」
「いや無い…もういい…」
半分ぐらい頭に入ってないけど…まあ言いたいことは分かったわ…。呪毒に侵されたら生物の生き血を飲めってことね…。
しっかし参ったねェ…、安全に食える食料がほとんど無いってのは正直ヤバい…。こうなると水源も安全かどうか分からん…。
喰胃か宵星に調達しに行かねェとな…、でも結構距離あるんだよな…。クギャの背中なら移動は速いが…少人数での食料調達は苦労が多い…。
往復も増しちまうし…可能なら大勢で臨みてェが…、仕方がねェか…。適当にアレスでも連れてって…荷物持ちさせるか…。
「そういえば君達は食料を求めてるんだったよね? 良かったら僕の拠点においでよ、多くはないけど食料も水もあるしさ! 是非おいでよ、いいでしょ? いいよね? ありがとう感謝感謝!」
「いや待て待て待て…勝手に話を進めんな…。今更で申し訳ねェけど…そもそもオマエ誰なんだ…? ランルゥ教団の回し者じゃねェだろうな…」
「ランルゥ教団? 僕はまったく関係ないけど、あの異教徒達がどうかしたのかい? それについても話を聞かせておくれよ! さァさァ、是非拠点においでませ~!」
めっちゃグイグイくる…これ頷くまで一歩も退かないやつだ…。それを本能で察し…食料問題に悩んでいたこともあって…黙って拠点へ行くことにした…。
しかしもう一つの目的を疎かにはできない。コイツの拠点に行くのは…十分に竜の動向を観察した後でだ…。
その旨を1人ワクワクしている蓑男に伝える。友達を家に招く子供みたいにワクワクしてやがる…、招いたことないから分かんねェけど…。
「ふぅーん、竜の動向をねー。これまた残念だけど…無駄だと思うよ…? 長年この森に住んでるけど…あの竜が古城を離れてるところはほとんど見た事がないからね。ひょっとしたら数ヵ月動かないんじゃないかな? それぐらい離れてるところ見た事ないな~僕は」
「あっ…そうなんすね…、はぇー…勉強になりました…」
希望が物凄く遠ざかった…、数ヵ月冥淵に居らなあかんのか…? まともな食料も水も無いこの場所で…? ひえー…。
気が遠くなるな…。石版を確実に入手するには留守を狙う他ないが…いつ家を空けてくれるのやら…。予想以上の長期戦になりそうだ…。
こうなったら今は一旦現実を受け入れて…2人を回収して拠点行こう…。そこで今後について改めて作戦会議だ…。
「そんじゃ仲間拾って、アンタの拠点に行くとしましょうかね。えーっと…今更で悪いけど名前教えてくれるか…? いつまでも蓑男じゃな…」
「それもそうだね、じゃあ僕のことは〝ジルゥ〟と呼んでおくれ。仲良くしようじゃないか、今日は楽しくなりそうだね♪」
< 地文学者〝蟲人族〟Gyrace Sytonrace Sytonne >
──第129話 呪毒〈終〉
悩ませる竜問題…どうする…?




