第128話 手遅れ
──飛空技師は駆り出される──
遠くから眺める影──。
<〔Perspective:Grae〕>
「ヨシヨシ…連中も竜を目撃したな。ここからどんな行動に出るかが重要だ、血迷って突っ込んでくれればありがたいが」
「グレー様、何故こんな木の上から奴等の様子を見ているので? 諦めて帰るんじゃなかったんすか?」
「大人しく帰るわけないだろう…、このまま帰ったらもれなく全員バルバドス様から説教だぞ…。俺はそんなのごめんだ…寝付きが悪くなる…」
かと言って相手はあの最強生物の竜で…石版がその巣に落ちたとあっては容易に手出しできん…。正直なところ石版入手はほぼ不可能となった…。
石版を求めて足を踏み入れれば…行き着く先は胃袋だろう…。気付かれずに古城に潜り込んでひっそりと石版を回収できればいいが…完遂できる自信がない…。
だからこそ人族の賊を利用することにした。連中が上手いこと石版を回収できたのなら奪い取ればいいし、竜に殺されたならそれもヨシ。
たとえ石版を入手できず魔物を手懐けられなくとも…人族共の死亡を確認できさえすれば、バルバドス様に叱られず済むだろう。
「連中の動向を常に監視し、何かあればすぐに報せろ…! 手の空いてる奴はトーキー達にリクを飛ばして合流を促せ…! もし連中が石版を盗み出した暁には…総力を挙げて奪い取る…!!」
<〔Perspective:Kaqua〕>
「よし皆ー、一旦作戦会議しよー。皆にはアレどう見えてる? 私の目には圧倒的頂点捕食者の姿が見えるんだけれども…違って見える人~」
「「「「「 …。 」」」」」
「──半々か…」
「満場一致だったろ」
「目腐ったニ?」
うるさい奴等め…分かっとるわい…! アレが紛うことなき竜だってこたァ…! 現実逃避しとんじゃこっちは…!!
逆に何でコイツ等こんな平然としてんの…!? 竜よ…!? もっとビビり散らかせよ私のように…! 臆病は悪いことじゃねェぞォ…!!
「でも実際問題ヤバくない? 古城に行かなきゃ石版取れないんでしょ? オレ竜について詳しくないけど…アレ兄なら勝てる?」
「無理だな…ここに居る全員で挑んでも絶対に無理だ…。仮にムルクのおっさんが居たとしても勝機ゼロだ…」
「ごめんその人もあんま知らない…」
アレスの見立ては実に正確…こんな少数で挑んだところで勝てるわけがない…。絶対に死ぬ…間違いなく死ぬ…何ならもうほぼ死んでる…。
どうしよう…こっそり近付けば気付かれずに石版持って帰れるか…? いや…相手はあの竜だ…、微かな匂いで気付かれるかもしれん…。
おっ…? 詰んだ…? コレ石版取り戻すの無理じゃね…? 獣族団が大人しく退却するのも分かるわー…めっちゃ同意見…。
これほどまでに一寸先が闇なの初めてだ…希望もクソもねェ…。
「あー…ここまでかー…、何だかんだでここまで頑張ったよなー私達…。──なぁニキ…〝どっちが長く逆立ちできるか選手権〟しねェか?」
「いいニよ~、ついでにそのままどこまでも歩き続けてやるニ~」
「おいメイド…変な勝負が始まる前にアイツ等を現実に引き戻せ…」
「カカ様ニキ様…! 諦めてはダメですよ…! きっと何か方法がある筈です…! それを全員で考えましょう…!」
アクアスがそう言うので逆立ち勝負は一旦お預けにする…。しかし方法たってなぁ…、竜相手に小細工が通用するかどうか…。
そもそも竜について知らなさ過ぎるのが致命的な問題だ…。イヌの嗅覚は人の数千倍らしいが…竜ってどうなんだ…?
嗅覚に限らず…その他含めた五感の鋭さについても完全未知数…。対象が竜ってだけでまったく想像もできない…。
視覚に関しては隠れながら接近すればいいし…聴覚に関してもひっそり動けばいけそうではあるが…、嗅覚ってどうすりゃいいの…?
僅かにでも体臭がすれば気付かれるくね…? 別に臭いとかではないと自信を持って言えるが…それでも嗅ぎ慣れない匂いに反応して気付かれる可能性はある…。
一応匂い消しの香水とかは持ってるけど…結局香水自体に匂いがあるから変わんないし…、うーん困ったなぁ…。
そこまで嗅覚が鋭くないのに賭けて近付いてみる…? いややダメだ…あまりにもリスクしかない…、0か100か過ぎる…。
「ねえちょっといい? 無理に近付かなくてもさ、竜が古城を離れたタイミング狙えばよくない? 別に竜は標的でもないんだしさ」
「──確かにそうじゃん…?!」
「めっちゃ失念してたニ…」
「竜に意識が引っ張られ過ぎてましたね…」
カーリーちゃんのおかげで一筋の希望が見えた。いやーしかし全然気付かなかったな…、なんか変なマインド入ってたわ…。
獣族団もそうだったんだろうなぁ、早々に撤退しやがってバカ共めが。
「じゃあそのプランは確定として、今後の動きはどうしようか…? 見た感じ竜はあの古城に住み着いてるみたいだし…全然動く気配もないよね…」
「しばらく動向を観察して…行動パターンをある程度把握するっきゃねェな…。時間はかかるだろうが慎重にならねェと…、失敗=死だからな…ガチで…」
限りなく竜依存ではあるが…ひとまず方針は固まった。ここからは持久戦…、何日掛かるか不明な戦い…。
長く古城を空けるタイミングさえ掴めてしまえばこっちのもんだが…とにかく大事なのは焦らないことだ、気長にいこうじゃないか。
ってことなので、まずは二班に分かれます。片方は引き続き竜を偵察するグループ、もう片方は水と食料を掻き集めるグループ。
長期戦を見越すなら水と食料は必須、見越さなくとも必須。故に人員は多めに割く、偵察は2人で十分だろう。
話し合った結果、カーリーちゃんとロイスが偵察の為に残ることとなった。私含む残ったメンバーは早速食料集めへ出る。
ニキと私が一度口にしたあの木の実は毒が無いと知れているが、他の動植物がどうかは分からないし…安全そうなのだけ掻き集めよう。
▼ ▽ ▼ ▽ ▼
「この辺でいいだろ、あんまり離れ過ぎて迷子になったら笑えねェからな…」
「そうだな、よーし皆集めてこーい! できるだけウマそうで安全っぽいやつ持って来いよー、毒見は私がしてやる!」
「カカ様行かないんですか…?」
「集団行動に決まってんだろバカ…さっさと集めるぞ」
バカって言いやがったなアレスの野郎…アイツのだけ毒見してやんねー。何なら軽く腹下す程度に毒あるやつ食わせてやるぜ…ヘッヘッヘ…!
楽しみを1つ抱えながら、食べられそうなものを探す。小動物とか木の実が理想、キノコ類はちょっと不安が強い…。
川さえ見つかれば魚も獲れるし水も確保できるんだが…近場にあったりしないかな…。またパーク打ち上がてみるか…? そうすりゃ見つかるかも…。
「よしそうしよう、んじゃパークいくぞいつもの」
「待って待って説明がホシイ説明がホシイ…! 自己完結でボク打ち上げないデ…?! まず目的をドウゾ…!」
「近くに川ないかなと思ってよ…」
「なるほどネ、オッケー了解! パークいつでもいけマス!」
コイツ慣れてきてるな…、私が言うのもなんだがそれでいいのかパークよ…。打ち上げはするけども…、いってらっしゃい…。
パーク自身が乗り気だからかは知らんが…いつもより高く飛んだ気がする…。気分で浮遊力変わるのか…? 不思議な奴だ…。
「カカ様どうですか? 何か見つかりましたか?」
「絶賛探してる最中だ、川ないかなと思ってパーク打ち上げててよ」
「またですか…? 何だかパーク様の扱い雑では…?」
でも今回は乗り気だったし、普段はイヤイヤ言ってっけど実は満更でもないんじゃねェかな。でなきゃ筆頭である私の頭にずっと居つかないだろ。
なんて考えているうちに、当人がふよふよ下りてきた。狙ったかのように頭に着地、やっぱ満更でもないだろコイツ。
「どうだった? 川か食えそうな物はあったか?」
「無いネ~、人しか居なかったヨ」
「私達をカウントに入れてどうする…」
「違ウ違ウ、ボク達以外の人ダヨ。まあボクは人と呼んデいいか怪しいけどネ、アーッハッハッハァ!」
パークは無視し、アクアスと顔を見合わせた。一気に緊張が走り抜け…私もアクアスも武器を手に取り臨戦態勢。
こんな場所に私達以外の人…ってこたァ恐らくは教団か…。アイツ等なんか戦りづらいんだよなぁ…、あの姉弟が脳裏に浮かぶぜ…。
ミクルスを斬りやがったカスだけボコせればそれで十分なんだが…向こうは戦る気満々だからウザってェことこの上ない…。
──よし…背後から不意打ちして気絶させよう…。こんな場所で油断してたソイツが悪い…、うん…正当化も十分可能だ…よしやろう。
「アクアス一緒に来い…こっそり敵を仕留めるぞ…!」
「かしこまりました…もしもの援護はお任せください…!」
パークの案内に従ってこっそり移動し…気付かれないよう茂みから顔を出す。そこには確かに怪しい人物が1人歩いていた…。デカい帽子被ってる…。
でも身に着けてるのは黒いローブじゃない…、黒っぽいのは一緒だが…蓑みたいなの身に着けてやがる…。──個性…なのか…?
別にローブでなくともいいのか…? 黒ければ何でもいいっつう方向性から生まれた…個性なのか…? にしても蓑はねェだろ蓑は…、センス無…。
センス無い奴に不意打ちしてもいいのかな…、別にいいか…もしかしたら治るかもしれないしな、思いっきり頭ガツンといこう。
茂みからそっと出て…背後から吞気に歩く蓑野郎にそろ~りと近付く…。気付くなよー…気付くなよー…そうすりゃ一撃で──
「カカ~! アクアス~! 食べれそうな鳥が獲れたニ~♪ 焼いて塩かけて食べようニ~! 絶対美味しいニよ~!」
バカタレー…!! なんちゅうタイミングで来やがんだあの紫頭巾…! 何だその笑顔は…?! 鳥獲れて嬉しかったのか…?! 後にしろやその感情…!
「…っ? あれ? 君は確かあの時の…──ってウェェェ…!? 何何何…!? なんで僕の背後に女性が…!? いつから…!? ってか誰ェ…!?」
ニキのせいで気付かれた…アイツ後で殴ろ…。だが今気になる発言があった…ニキを見て「あの時の」って言ったか…?
あの時がどの時なのかは知らんが…ニキと知り合い…? ニキの知り合いか…──ひとまず悪い奴ではなさそうだが…、大丈夫か…?
「ニニニ…?! その蓑…もしや宵星で会った地文学者の人…?! わー! こんな所で会えるなんて凄い偶然ニー!」
「そ…そうだね…、ふぅ…ふぅ…再会を喜びたいところだけどちょっと待っておくれ…、驚き過ぎてちょっと心臓痛い…」
「あっ…なんかすみません…、ゆっくり呼吸整えてどうぞ…」
▼ ▽ ▼ ▽ ▼
「いやーごめんごめん、待たせたね、人生でここまで心臓キュってなったの初めてでさ。しかし驚き過ぎると心臓って本当に痛くなるんだねー、これは確実に寿命が数年縮んだ気がするけど…どれぐらい縮んだかな? ちょっと話し合わない?」
「おいなんかコイツヤベーぞ…」
「悪い方ではなさそうですが…変な方ではありますね…、ニキ様タイプですね…」
「誰が変な奴ニ…!」
かなり陽気でお喋りな奴…確かにニキと同じ匂いを感じる…。むしろ強いか…? ニキとパーク併せたみたいな野郎だ…。
まだ信用も安心もできねェが…ひとまず敵意はなさそう…。ニキとどういう関係なのかはっきりさせないと…。
確か「宵星で会った」ってニキ言ってなかったか…? 比較的最近の知り合い…? でもアクアスは知らなさそうだし…、どういうことだ…?
「おいニキ…オマエ等一体どういう仲なんだ…?」
「そこまで深い仲ではないニよ? 宵星で偶然出会っただけニ」
「私覚えがないのですが…」
「アクアスはその時気絶してたからニ~」
いまいち全貌が掴めないので詳しく話を聞いてみると…アクアスを助けた恩人であることが判明。どうやら良い人のようだ。
しかし獣族団の1人と交戦したってのはアクアスから聞いたが…そこまで追い込まれていたとは…。どうやらクソエナ共とはわけが違うみてェだ…。
「えっと…名前は分かりませんが、助けていただいてありがとうございました」
「いいよいいよ、僕の勝手な親切心だしさ。それに僕も久々に人と会話できて楽しかったし、むしろ僕の方こそ礼を言わなきゃね、ありがとう感謝感謝。ところで君達は何をしてるんだい? ハッ…?! まさか僕に会いに──」
「あっ全然そんなことはないニよ。でもそういえば冥淵に住んでるって言ってたニね、完全に忘れてたニ完全に」
おぉ…結構辛辣だなニキの奴…。コイツも割と線引きはっきりしてるよな案外…、友達認定してる奴とそれ以外とで差を感じる…。
敵味方で態度変えちゃう私みたいだ…、まあ直すつもりねェけど私は。
「それで君達は今何をしてるんだい?」
「あーえっと…わけあって食料集めをしてますね私達は…」
「食料集め? 冥淵で? 残念だけど…冥淵に人が食べられる物は無いよ? 何一つないよ?」
「 えっ?
ニッ? 」
今とても聞き流せない発言が飛び出た…、ビックリして開いた口がそのままになった…。今なんて…? 人が食べられる物は…? 何一つない…?
私もニキも木の実食べちゃったよ…? 普通に食べたけど…えっ…これはどういう…? 特に体に異常はないけど…、めっちゃ遅効性の猛毒あったりします…?
私はギリギリ生き残れる可能性あるけど…ニキ大丈夫か…? アイツの毒に対する適応力とか耐性とか知らんけど…かなりヤバくね…?
「あっあの…こちらに居るカカ様とニキ様は木の実を頬張っていたのですが…」
「あらら、木の実食べちゃったの? 冥淵に生ってる木の実とかキノコとか、何ならそこら辺に生息してる小動物に至るまで、冥淵に存在するあらゆる食物は厄介な〝毒〟を有しているから…2人はもう手遅れだね…」
「「 エエエエエエエエエェ…?!! 」」
──第128話 手遅れ〈終〉
物語終了のお報せ──!?




