第123話 姉
──飛空技師は駆り出される──
それは姉弟の過去のこと──…。
──8年前… <〔Perspective:Lemoh〕>
何で…──何で何で…──どうして…わたし達だけ石を投げられなきゃならないの…? ずっとずっと…見てたくせに…、だれも助けなかったくせに…。
──これからどうすればいいの…? どうすればいいか教えてよ…神様…。助けてよ…すくってよ…、苦しみを取り去ってくれるんじゃなかったの…?
わたしが悪い子だから…、パパとママをころしちゃったから…助けてくれないの…?
じゃあせめて…グイだけは助けてください…、グイは何もしてません…グイは悪い子じゃありません…。全部…わたしがやったんです…。
だからグイは…グイだけは…──
「──ねェ…君達どうしたの…? 服…汚れてるけど…」
「だれ…?! 近よらないで…!」
「ああっ…ごめんね…、驚かせるつもりは無かったんだけど…。でもそうだよね…こんな怪しい仮面付けてたら…誰だって驚くよね…、ごめんね…ごめん…ごめんなさい…死にたい…」
変なのを顔に着けた女の人は、あやまりながら四つんばいになった…。何だろうこの人…、見たことない人…。
あっねた…うつぶせになった…、見たことないけど多分不しん者だ…。この人もきっと…わたし達を…。
「──あっ…ちょっと待って…! 私はこんなだけど…怪しくは…」
にげなきゃ…にげなきゃ…。大人はみんな悪い人だから…グイにはもうわたししかいないんだ…。神様…助けて…、助けて…神さ…
「待ってってば…! 話だけでも聞かせて…?! 私こんなだけど…昔凄く辛い目に遭ってて…世界の全てが敵に見えて…生きてていいのかも分からなくなって…。だからきっと力になれると思うんだ…! こんな…怪しくて…変な仮面つけてて…この世の最底辺な私でも…──うぅ…死にたい…」
追って来た変な女の人は…また四つんばいになってまたうつぶせになった…。まだ変な人だけど…今までの人達とは…どこかちがう…。
グイの手を引いて、ゆっくり女の人に近付く…。ぼそぼそと何かつぶやいててこわいけど…勇気を出して頭をつっつく…。
「だいじょうぶ…?」
「し…心配してくれるの…? ありがとう…優しいね君は…。──それでどうしたの…? 凄く汚れてるけど…お父さんとお母さんはどこ…?」
首を横にふった…。
「居ないの…? そっか…。ねェ…よかったらだけど…、私と少しお喋りとか…どうかな…? 人に話すと…少し気持ちが楽になるかもしれないよ…? ねっ…?」
この女の人の声を聞いてると…ふしぎと心があたたかくなった…。わたしはせまくて暗い路地で…女の人に全部話した…。
でも…話す度にこわい気持ちがあふれた…。この人も…話を聞いたら変わっちゃうかもしれない…、わたし達を見る目が変わるかもしれない…。
でも…ふしぎと話し始めたら止まらなかった…。なみだも出てきたのに…言葉があふれて止まらなかった…。
女の人はそんなわたしの話を…ずっととなりで聞いててくれた…。生まれてからずっと…グイ以外のだれも…まともに相手してくれなかったのに…。
生まれて初めて…安心を覚えた…。変な面を顔につけた変な女の人…、話をしただけなのに…まるで抱きしめられてるみたい…。
「ねェ君達…行き先が無いなら…私のとこに来ない…? そこなら君達のことを理解してくれる人達がいっぱい居るよ…? きっと…君達も気に入る…」
「──うん…行きたい…! もうつらい思いはしたくない…! グイに…これ以上つらい思いさせたくない…!」
「分かった…、じゃあ行こうか…」
初めて…グイ以外の人と手を繋いだ…、とってもあたたかかった…。生まれて初めて…生きてるよろこびを感じられた…。
「ねえ、お姉さん名前は…?」
「 私は〝ルシフィル〟…、こんな変な仮面着けてるけど…仲良くしてね…。ほんとごめんね…こんな薄気味悪い仮面で…、ごめん…ごめんなさい…死にたい…」
「お姉さん…早く行こうよ…、あんまり地面でうつぶせはやめた方がいいよ…」
「────んぅ…うぅ…」
「おっ? もうお目覚めか、おはようっ、気分はどうだ? 最悪か?」
<〔Perspective:Kaqua〕>
想像より早く起きたな…まあ姉はただの拳で気絶してただけだし、当然っちゃ当然か。できれば寝ててほしかった…。
今鎖鎌から取り外した鎖で、弟君の手を縛っている真っ最中だった…。こんな状況を庇護姉に見られたら…。
「グイ…!? グイに何してんのよ…?! 離れろォ…!!」
やっぱこうなるよな…。──せっかくだ、少し試してやろう。
「動くなっ! 動けば弟君の頭を潰す! それが嫌なら得物を捨てろ、ほれ早く、さもないとプチっと潰しちゃうぞ~?」
「待ってよ…! グイはもう戦えないじゃん…! それ以上傷付ける意味がどこにあんのよ…! 私を倒しに来ればいいでしょ…?!」
「そうだな、弟君は寝てて戦えない。いつオマエみたいに起き上がるか分かんない以上、今トドメを刺すことがそんなにおかしいか? 限りなく合理的な判断だと思うがなァ。いいからさっさと武器を捨てろっ!」
弟君の頭のそばで衝棍を揺らしてみせる。感情的になって襲ってくるかとも思ったが、姉は武器を捨てる決断を下した。
自慢の杭を投げ捨て、これで姉は完全に丸腰。それを確認し、衝棍を頭の上に振りかぶった。
「ちょっ…!? ちょっと何してんの…?! 言う通りにしたじゃん…!」
「ああ、実にお利口さんだったよ。そんな良い子にアドバイス、敵に何かを期待するもんじゃねェぞ? こんな感じに…簡単に約束破られるんだからなっ!!」
「…っ! やめろォォォォォ…!!!」
叫びながら駆け出す姉。そんな姉を横目に見てから、足元に横たわる弟君の頭部へと衝棍を振り下ろす。
だがすんでのところで姉が弟君に覆い被さった。もちろん本気でやるつもりないんで、接触する前にピタッと寸止め。
クルッと衝棍を持ち替え、石突の方で姉の後頭部をこつんと叩いた。
「いたっ…! え…へ…?」
「ハァ…、ったく…これだから姉って生き物は…。──なぁ…少し語らわねェか? オマエ等が変な異教に入信した理由を教えてくれよ」
「はぁ…!? それはオマエには関係ないって…」
「いいじゃねェか減るもんじゃねェし、こういうのは勝者の特権だろ? オマエ等を殺さず生かしてやったんだから、謝礼代わりと思って教えてくれや」
姉は表情を曇らせた…よっぽど何かあるなこりゃ…。姉は我が身を顧みず弟を守ろうとした…そんな奴が意味もなく異教に入信したとは思えねェ…。
正直何でこんなにこの姉弟を気に掛けてるのか…自分でも不思議だが…、どうしても見過ごせねェ…。変な感じだ…。
「──虐待…、私もグイも…両親から酷い虐待を受けてた…。いつからかは具体的に覚えてない…、ずっと…何年間も虐待されてたから…」
「虐待か…そりゃさぞ辛かったろうな…。だから救いを求めて入信したのか…?」
「ううん…だって当時まだ子供だよ…? そんなの知る由もない…、ただ毎日殴られて蹴られて…怖くて震えてた…。涙を流しながら…静かに泣いてるグイを抱きしめてた…。誰かが助けに来てくれるのをずっと待ってたけど…町の人達は皆見て見ぬふり…、おかしいじゃん…そんなの…。
助けは来ない…暴力は止まない…、そんな毎日を繰り返してたある日…両親が喧嘩を始めたの…。理由は知らない…、でも最終的に父親が言い負かされてた…。
当然…そこで募りに募った怒りは全て…私達に向いた…。いつにも増して繰り返される暴力…、特にグイは…男の子だから執拗に殴られて…、直感で分かったの…このままじゃ殺されちゃうって…。
だから咄嗟に…父親が仕事で使ってる杭を手に取って…、背後から何度も何度も突き刺したの…。背中に肩に首に…とにかく夢中で滅多刺しにした…。
それで頭が真っ白になって…気付いたら母親も刺し殺してた…。もうどうしたらいいか分からなくなって…グイを連れて逃げるように外に出たの…。
そしたらさ…町の連中ってば急に騒ぎだしたの…。今までずっと…私達がされてきた暴力を無視してきた連中がだよ…?
もう…誰も信じられなかった…、こんな掃き溜めみたいな世界の中で…自分とグイ以外の全てが…人の形をした気持ち悪い怪物みたいに見えた…。
でもそんな時に…仮面を着けた女性と出会ったの…。見たことない人だったけど…その人だけは親身に話を聞いてくれた…! 私達のことを理解してくれた…! こんな人も居るんだって…初めて心が満たされた…。
その人も昔辛い目に遭ってて…色々な場所を転々として…その末にランルゥ教団に辿り着いたって言ってた…。ランルゥ教団のおかげで…枯れかけてた心に光が差したって…──だから私達もランルゥ教団に入ったの…! もう辛い思いしたくないから…! グイに辛い思いさせたくないから…!」
「なるほどな…。──なぁ…勘違いなら無視してくれて構わねェが…、弟がやたらと無表情で無感情なのって…生まれつきじゃねェな…?」
「そうだよ…、グイも普通の人みたいに…ちゃんと感情を持ってた…。でも…あの日…、私がグイの目の前で両親を殺した日から…グイは感情を失ったの…。私が…私が何も考えずにあんな事したから…、グイは…グイは…」
俯き…爪が食い込むほど強く腕を握りしめる姉…。ようやく全て理解できた…コイツ等の行動も思想も何もかも…。
弟の方が強ェのにわざわざ姉が前衛を務めてんのも…全ては自責の念が生んだ不合理の産物だろう…。
その気持ちは痛いほど分かるが…、だからこそ…。
「──オマエ等、悪い事は言わねェから…もうランルゥ教団抜けろ」
「はァ…!? 何でそんなこと言われなきゃならないの…?! オマエには関係ないでしょ…?! 私達は神の意思に心を救われたの…! あそこに居る時だけ私達は平等でいられるの…! それだけが私達の幸せなの…! 抜けるなんてそんな──…っ!?」
最後まで言い終える前に、姉の胸倉を掴んで黙らせた。心の底から同情できるからこそ…もうこれ以上聞いてられねェ…。
「いい加減にしろ…!! 何が神の意思だ…! 何が平等だ…! そんなもんが何の役に立つ…?! 救われただと…?! 何を見てそんな言葉を吐いてやがる…! よく見てみろテメェの弟を…! せっかく暴力の日々から解放されたってのに…私にボコされて気ィ失ってる…! これがオマエの望みだったのか…?! これがオマエの欲した幸せなのか…?!」
「ち…違う…、私は…」
「何が違う…?! 神の為だとかほざいて…! 弟を戦いの場に連れ回して…! テメェは何を守りてェんだよ…?! くだらねェ神の面子がそんなに大事か…?! この世でたった1人の弟よりもか…?! ふざけるのも大概にしろよ…!!」
「違う…! 私もグイも…神のおかげで…」
「ア˝ァ…!? 神のおかげェ…!? めでてェ頭だなァオイ…! 耐え難い暴力の日々を終わらせたのは神か…?! 己の手を汚してでも弟を守ったのは神か…?! 違ェ…!! 全部オマエだろうが…!! 昔も今も…! 弟を守ってきたのは紛れもなくオマエだけだ…! 神は何もしてねェ…!!」
「ぁ…ぅ…」
「──オマエの両親は…正真正銘のクズだ…、殺されても文句言えねェほどのな…。だからオマエの行為を肯定こそしねェが…、両親を殺してでも弟を守ったオマエは…姉として立派だ…。弟が感情を失ったのも…元を辿れば全部両親のせいだ…オマエのせいじゃない…。でも弟が…オマエ無しでまともに生きられないのは事実だ…。
だからこそ…! 目を背けてちゃダメなんだよ…! 掃き溜めみてェな世界だろうが何だろうが…オマエが弟の代わりに見なきゃならねェ…! どれだけ辛くて苦しかろうが…守るべき弟の為に向き合え…!! 神と弟…両方守るなんて不可能だ…! テメェも姉なら…! 守りてェもんちゃんと見やがれ…!!」
言いたかったことを全てぶちまけ…掴んだ胸倉を手放した…。姉は虚ろな目をして…弟へと視線を落とした。
結構怒鳴ったのに弟君はまだぐっすり…、ちょっとやり過ぎたかもしんねェ…。大丈夫だよな…? 死んでないよな…? ──あっ生きてる、良かったー。
姉はぽろぽろ涙を零しながら、弟の頬を撫でている。どれだけ私の想いが伝わったのかは分かんねェけど…改心してくれたらいいな…。
「そんじゃま…言いたい事は言ったし、私は忙しいからそろそろおいとまする。教団に残るも去るもオマエ等の好きにすりゃいいが──次私の前に敵として現れた時は…本気で覚悟しろよ…? それが嫌なら適当にばっくれて、どこか穏やかな場所で2人仲良く静かに暮らしていけ、いいな?」
それだけ言い残して、2人のそばから遠ざかった。ロイス達はハヤタタを捕まえられただろうか…、今からまた追いかけっこなんてごめんだ…。
そんなことを考えながらロイス達の後を追う途中、私は不意に足を止めて後ろを振り返った。
未だ気絶している弟君と…その弟君を抱きしめて泣いている姉の姿。その様子を少し見つめてから…向き直ってまた歩を再開させた。
「 “テメェも姉なら” …か…。まったく…どの口がほざいてんだカカ・ウォートレイ…──テメェは一人っ子だろうによ…」
──第123話 姉〈終〉
辛くとも…前へ──…。




