第3話
宿屋から出るとさっきまでとは打って変わって見渡す限りプレーヤーしか見えない。人の多さも桁違いで思わず宿屋に逆戻りしそうになった。なぜプレーヤーだと分かるかというと服装があまりにもシンプルなのだ。このゲームではキャラ設定を行う際に服装も自由にカスタムできる仕様になっているのだが単色無地ということは統一されている。なので服装自体は人それぞれだが全員が単色無地の物を着ているため非常に分かりやすい。
ちなみにあたしは黒いアオザイ風のノースリーブワンピースに黒いズボン、黒のショートブーツを履いていて全身真っ黒なものの例に漏れずシンプルな装いである。
人波に流されないようになるべく道の端を歩きながらプレーヤーの観察をする。
ファンタジーな世界だからかゲームだからかやっぱり派手な装いの人が多い。特に髪の色が顕著で赤や青、金髪にレインボー?みたいな何色もグラデーションになっている人までいる。髪色は服とは違ってグラデーションも自由にカスタムできるから個人のこだわりが垣間見えて見ているだけで面白い。
それに、スピリットの種類もあたしが思っている以上に多かった。ノアが人型だったから他のスピリットも人型なのかと思っていたけれどそうじゃないみたい。もちろん人型の子もいるけど犬や猫みたいな動物の子もいればトカゲやチョウチョ、トンボ、イルカにクラゲ…とパッと見ただけでも数十種類はいそうだ。一体どのくらい種類があるのか想像もつかない。
ただ、大きさに関しては小さい子でノアと同じくらいで大きくても30㎝くらい。一部、現実より大きい分少し怖くなりそうな見た目の子もいるけどかわいらしくデフォルメされているから虫が苦手とかでも安心して見られそう。
しばらくはそうして周囲を観察しながら歩いていたけど、あまりにも人が多いから少し気分が悪くなってきた。
「ユズちょっと顔色が悪くなってきてる。あっちに横道があるから少し入ってみよう?」
「うん、そうする。ありがと。」
ノアがすぐに気づいてくれて声をかけてくれた。そのままノアが教えてくれた横道に入り、一端深呼吸する。それで気分が落ち着いてくるなんてリアルすぎて怖いくらいだ。
「ちょっと落ち着いた。ありがと。大通りはしばらく混みそうだしこのまま探検してみよっか。」
「うん。ボクもその方が良いと思う。」
と言うことで今いる道を大通りとは反対方向に歩いて行く。
大通りは賑やかな印象だったけど今歩いている通りはずいぶんと静かだ。ところどころにお店があって、カフェや雑貨屋、本屋などがある。他にもいかにもファンタジーというような怪しげなお店や武器がディスプレイされているところもある。気になる物ばかりだけど、1つ1つ見ていたら日が沈んでしまいそうだったからとりあえず今日は外から雰囲気を楽しむだけに留めておく。
そうやって気の向くままに歩いているととても良い匂いが漂ってきた。
「良い匂いだねユズ。」
「うん。お腹も空いたし行ってみよっか。そう言えばノアは食事ってどうするの?」
「ボク達スピリットに人間と同じような食事は必要ないんだ。ボク達は周囲の魔素を取り込んでエネルギーにしているからね。だけど趣向品としてなら食べることもできるよ。」
「まそ…?まぁいいや。それならノアも一緒に何か少し食べよ。」
「魔素の説明はまた今度にしようか。うん!ボクも人間の食べ物は初めてだから楽しみだなぁ。」
匂いに誘われてそのまま路地を進むと1つのお店があった。ファンタジーな世界観にあったレンガ造りの建物だけどどこか趣を感じる。看板には『レニエ』と書かれてある。少し緊張しながらもドアを開けると、外の比じゃないくらいのお腹が空く匂いがした。
「いらっしゃい!1人?好きなところに座っててくれる?」
優しそうなお姉さんに言われ、空いていた端の席に座った。するとすぐにさっきのお姉さんが水とメニューを持ってきてくれた。
「はい、どうぞ。今日のおすすめはラビィのステーキよぉ。」
「じゃあそのおすすめをおねがいします。」
渡されたメニューにはいくつかの料理名が書かれていたけど馴染みのないものばかりだったから素直にお姉さんのおすすめにすることにした。
「あと何か果物とかってありますか?」
「それならベリルはどう?甘酸っぱくておいしいわよぉ。」
「そうなんですね。ノアそれでいいかな?」
「うん。ユズに任せるよ。」
「分かった。ではベリルもお願いします。」
「はぁい。ベリルはお料理と一緒でいいのかしら?」
「はい。それでお願いします。」
「分かったわぁ。ちょっと待っててね。」
ノアは初めての食事だしまずが果物の方が良いよね。
料理を待つ間に改めてお店の内装を観察してみた。
外観はレンガ造りだったけど中は木が多く使われていて温かみがある。壁紙は落ち着いた緑色で目に優しい。各テーブルには小さな一輪挿しでかわいらしい花が飾られていたり、窓辺には小鳥の置物が置いてあったりして店主の趣向が垣間見える。初めて来たけどとても居心地が良いお店だ。
「おまちどおさまぁ。ラビィのステーキとベリルの盛り合わせよぉ。」
1㎝くらいの分厚さのあるステーキには濃厚そうなソースが絡められていてとってもおいしそう。ベリルはラズベリーを少し大きくしたみたいな形をしていてそっちも気になる。
「いただきます。ほら、ノアも。」
「い、いただきます?」
「そう、食事の時の挨拶だよ。生き物の命と作ってくれた人に感謝して“いただきます”って言うの。」
「良い言葉だね。…いただきます。」
ラビィのステーキは思っていたよりも簡単にナイフが入り、口に入れるとふわっとスパイスの香りが鼻を通り抜け、次に濃厚なソースとお肉の味が舌に広がった。一口飲み込んでほぅっとため息が出る。
「「おいしい。」」
揃った声に顔を上げると両手でベリルを抱えて幸せそうにしているノアがいた。見えないけどあたしの顔もきっと緩んでいることだろう。おいしいのはもちろんだけど誰かが作った料理を食べるのも久しぶりで心が温かくなる。
「うふふ。そうでしょう?ゆっくり味わってね。」
「ありがとうございます。」
その後はノアと食事をちょっとずつ分け合ってお互いにおいしいおいしいと言い合いながら昼食を楽しんだ。
「お会計は750コルよぉ。」
「安くないですか?」
「食材は主人が獲ってきてくれるからお値段は控えめにしてるのよぉ。」
「そうなんですね。素敵なご主人ですね。」
「うふふ、ありがとう。あ、私このお店の店主でリーリエっていうの。よかったらまた食べに来てくれると嬉しいわぁ。」
「リーリエさんですね。あたしはユズって言います。この子はノア。今日のご飯とてもおいしかったです。また来ます。」
「あら、嬉しい。待ってるわねぇ。」
「ごちそうさまでした。」
リーリエさんに小さく手を振って店を出る。探検した甲斐があった。また来れるようにマップに印をつけておこう。マップに書かれた『レニエ』の文字に嬉しくなる。これからもいろんなお店を開拓してみたいな。
『レニエ』を出た後は一端ログアウトするために宿に戻った。このゲームではセーフティーエリアである町の中でも宿屋などの室内でログアウトすることを推奨されている。もし道端でログアウトした場合は行き倒れ扱いとなり、警邏に保護されたら良いが酷いときには置き引き等の被害に遭って所持金やアイテムをロストしてしまうこともあるらしい。
「あたしは一端ログアウトするね。また戻ってくると思うけどその間ってノアはどうしてるの?」
「待ってるね。ユズがいない間はユズの中で眠ってるからボクのことは気にしないで。」
「そっか。じゃあまた後でね。」
「またね、ユズ。」
ステータスメニューからログアウトを選択する。
急に眠気を感じたと思ったらもう現実に戻っていた。
「楽しかったな。」
兄にもらって始めたゲームだけどやってみると思っていたよりずっと楽しかった。時計を見るとまだ14時だった。
「すごい、まだ2時間しか経ってなかったんだ。」
確か、説明書に書いてあった。ゲームの中では時間加速が2倍になっているらしい。
ふとスマホを見ると大量の通知が来ていた。
「あ、忘れてた。」
そこには兄からの大量のメッセージと通話履歴。初めてのゲームに自分が思っているより興奮していたのか兄からログインしたら合流しようと言われていたことをすっかり忘れていた。
「『ごめん、忘れてた。今ログアウトした』と。」
メッセージを送るとすぐに返信がかえってきた。
『やーーーっと返信きた!!!
もーーー!!!!心配したんだからね!!!!!
お兄ちゃんのこと忘れちゃうくらい楽しめたのかな!?それならよかった!!
でもお兄ちゃんもゆづと一緒にゲームをしたいのでかまってください!!!
夜の19時にもう一回ログインできる??一緒に遊びたいなぁ!』
相変わらずの文章量。たった一瞬どうやってこの量を入力しているのか不思議になる。
「『わかった』」
(合流したらノアを紹介しないと。あとレニエのことも教えたいな。)
兄とは趣味が全然違ったこともあり一緒に遊ぶのも久しぶりだ。兄と一緒にあの世界を見て回るのも楽しそう。
始める前はどこかゲームという物に対する恐怖心があったけど今はやってみて良かったと思う。
ゲームをくれた兄には感謝しないとね。