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9.掃除


朝食が終わり、エラはギルの部屋の前で愕然としていた。


「こ、ここは部屋?」

「あは。そう思うよねぇ」


そこには見るも無惨な光景が広がっていた。床一面に散らばった服は、洗濯した後の物とまだ洗濯していない物が混ざってしまっている。


ーーもう一度、全部洗濯した方がいいわね。


エラはそう思った。

 だが、それだけではない。

 観葉植物であっただろう枯れ木や、埃だらけの家具。どこを見ても掃除しがいのある場所ばかりだ。


「え?ギル様、本当にここに住んでいるんですか?」

「そだよぉ」


騎士は貴族出身が多い。基本的には実家から通うことになっているが、多忙ゆえに基地に寝泊まりする事がほとんどだった。

 そのため騎士達には部屋が用意されているのだが、どの部屋もエラの部屋の十数倍はある広さだ。家具も豪華な物が用意されていて、エバンス伯爵家の部屋と比べてもかなり豪華だった。

 他の場所はどこも綺麗で清潔感があるのに、ギルの部屋だけは違った。

 ここだけ時が数十年も経ったかのように荒れ果てていた。


「よろしくねぇ、姉御」


どうすればここまでなるのか。できればもう少し早めに声をかけて欲しいものである。

 ギルはヒラヒラと手を振りながら仕事へと向かって行った。

 残されたエラは呆然としていてもしょうがないので、まずは服でも拾うことにした。



 数時間後。

 エラは絶望していた。


ーーお、終わらない……。


何か不思議な魔法でもかかっているのか。拾っても拾ってもまだ部屋の半分くらいしか片付いていなかった。まだ残り半分も服が散乱している。

 それを見るとエラはげんなりした気分になった。


ーーしかも本まである……。


服を片付けると、そこには本が散乱していた。本棚に片付けたいのに、本棚は埃をかぶっている始末だ。

 だがこのままにしていてもしょうがない。

 とりあえず本を拾い集めて、邪魔にならないとこらに積み上げていく。

 その中に一冊。薄い本が混ざっていた。


「?何かしらこの薄い本」


最初は本ではなく何かの資料かと思った。捨ててもいいものか確認しようと中身をめくってみた。

 するとそこには全裸で艶かしいポーズを取る女性の姿絵があった。

 聞いたことはある。

 男性がこっそり持っているという本だ。

 だが実物は見たことはないし、こんなものへの耐性だってない。

 エラは顔を真っ赤にして本を投げつけた。


「変態!」


けれどギルにとっては大事なものかもしれない。あまり想像したくないが、あの本が悪いわけではないのだ。

 エラはその本を拾い上げて積み上げた本の中に紛れ込ませた。


ーー仕方ない。仕方ないのよ、エラ。


ギルが悪いわけでもない。そういうものなのだから気にしないのが一番だ。


 その時。

 ふと床に散らばった服の中で黒く光る物が見えた。


ーー宝石かしら?


高価な物ならば大切に扱わねば、とエラはその黒光りする物を探し始めた。


ーーおかしいわ。この辺にあったはずなのに。


よくよく目を凝らしてみるが、どうしても見つからない。


ーーおかしい。見間違いだったのかしら。


エラが首を傾げて周りを見渡していると、足元を素早く何かが横切った。黒くてすばしっこくて、そして小さな物。


ーーまさか……。


エラは嫌な汗がダラダラと流れてきた。目の前がグラグラと揺れて、思考がうまくまとまらなくなったいく。


「エラ、ここにいるのか?」


エラに用事があったレオンが顔を出した。けれど、エラはレオンの声かけに気付かず、ただただ呆然と立ち尽くしていた。


「エラ?」


レオンが近寄ってもエラは立ち尽くしたままで反応が無い。レオンはエラの肩を掴んで揺らしてみる。


「エラ!おいしっかりしろ!」

「は!」


レオンの声でようやくエラは気を取り戻した。


「どうした?」


心配そうにレオンがエラの顔を覗き込んでくる。


ーーあれは、あの名前も言いたくないヤツは……!黒光りしていて素早くて小さい。間違いない!あの害虫だわ!


 エラの大っ嫌いなあの害虫。

 それがこの部屋にいる。

 そう思うとエラは震えが止まらなかった。けれど、そんな事で心配かけるわけにはいかない。なにせエラは家政婦なのだ。この害虫を倒せるくらいにはならなければならない。

 エラはそう思って、覚悟を決めて首を横に振った。


「イイエ、何デモナイデス」


だがあまりにもぎこちなくなってしまい、レオンにはバレバレであった。胡乱げに見られて、エラは言葉を失った。

 弁解しようがない。


「エラ。ここではそんなに我慢しなくていい。助けが必要ならすぐに言うんだ」


レオンは深く問いただすこと無く、そう諭した。本当にエラを心配しているのであろうレオンの視線が、とても優しい。

 そんなに心配してもらえた記憶なんて、今まで無かった。エラの世界はアリアが中心で、エラは我慢するのが当然だった。

 だから、こんなに優しくされたらどう反応していいのかとても困る。

 どうしたものかと悩んでいると、部屋の外の方から小さな笑い声が聞こえてきた。


「くっふふふふ……」


この声は間違いなくギルの声だった。ゆっくりと忍び笑い声が聞こえる方に近寄って行く。

 やはり、ギルだった。

 膝を抱えて丸くなって震えている。

 必死に笑いを堪えている様子だ。


「ギル様?何してるんですか?」

「あ。ばれたぁ」


ギルのニヤリとした笑顔で、これが全て仕組まれた事だと分かった。


「もー!!ギル様!」

「あははは!」

「あ!もしかしてあのエロ本もギル様の悪戯ですね!」


エラはあの本のことを思い出し、顔を真っ赤にした。そんなエラの反応に満足したのか、ギルはニンマリと笑った。


「あは。バレた?」

「いい加減にしてください!」


しかし、レオンが聞き逃さなかった。


「エロ本?」

「やべ」


エラのぷりぷりした怒りなんて本当に可愛い。反対にレオンの冷ややかな怒りが怖すぎる。エラの後ろで、エラに気付かれないよう殺気だった視線を向けてくるところから、レオンの本気の怒りが伝わってくる。

 きっとエラが見たら怯えてしまう。

 だからエラには気付かれないようエラの後ろからギルに圧力をかけているのだ。


「ギル様は夕食のおかず抜きですからね!」

「そんな!姉御ぉ」


背後のレオンから目を逸らして、ぷんぷんと怒るエラを見た。

 エラのおかず抜きは辛い。

 けれど、背後のレオンの方がもっと怖い。

 レオンの怒りから逃れられるなら、おかず抜きは我慢できる。


「ギル、俺も話がしたいなあ」


しかし、レオンからは逃れられなかった。


「レオン団長ぉ」

「俺の部屋に来い」


それは地獄への誘いだった。




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