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8.騎士団の家政婦


 エラが第一騎士団の家政婦に就いて数日が経った。最初は戸惑う事も多かった仕事も、だいぶ慣れてきた頃だった。


 正直、家政婦の仕事はエラの天職であった。


ーー今日もいい天気だわ。洗濯物がよく乾く!


 洗濯物を干しながら、エラは清々しい気持ちでいっぱいだった。

 昼間燦々と照りつける太陽の光が洗濯物とエラに降り注ぐ。夏の日差しは朝はまだ弱くて優しい。昼間はジリジリと焦がすような暑さになるので、早朝に朝日を浴びながら洗濯物を干してしまう。

 日光浴をしながら黙々と作業すると、心が穏やかになれるのでエラは洗濯が好きだった。

 そうして作業していると、朝の自主練を終えた騎士達が基地に戻って来るのが見えてきた。


「姉御おはよう」

「姉御、今日も早いね」

「おはようございます、皆さん」


姉御と呼ばれ、エラは元気よく挨拶を返した。


「おはよぉ」

「おはよ」

「おはようございます、ギル様、ノエル様」


初日から顔見知りになったギルとノエルも、変わらず気さくに話しかけてくれる。


「姉御定着したねぇ」

「全くやめてほしいです、ノエル様のせいですからね」

「人聞きの悪い。姉御の素質があったから定着したんだよ」

「なんですか、それ」


エラのことをみんなが姉御と呼ぶのは、ノエルが言い始めた事だった。

 やってきた若い女性が物珍しくて、騎士達は用もないのに絡みに行っていた。

 最初こそ丁寧に対応していたエラだったが、段々と仕事の邪魔に感じて適当にあしらうようになった。けれどみんなエラが甲斐甲斐しく世話してくれるものだから、あしらわれても嬉しそうなのだ。


 さらに仕事にやる気の出ない騎士たちに喝を入れるのもエラは得意だった。

 今日の夕食に好きなものを作ってあげると言えばいいのだ。騎士たちはそれだけでやる気を出して仕事に向かってくれる。


 エラにとっては大した事ではないのだが、あまりに見事な手綱捌きに、ノエルがうっかり「立派な姉御だね」と言ってしまったのだ。

 それが何故か第一騎士団の中で定着してしまい、エラは姉御と呼ばれているのだった。


「何?気に入らない?」

「できれば普通にエラって呼んでほしいです」

「それは出来ないよ。嫉妬が怖いからね」

「嫉妬?」


名前を呼ぶだけで嫉妬されるものなのだろうか、とエラは首を傾げた。けれどノエルは笑ってそれ以上教えてくれなかった。


「そぉだ。ねえ、姉御」

「はい?」

「オレの部屋、今日掃除してほしいなぁ」

「ギル様の部屋ですか?」

「うん」


エラの仕事には騎士団たちの部屋の掃除も含まれている。ただ各個室は基本的には自分達で掃除するようになっていた。最初は掃除するつもりだったのだが、騎士団一同から「年頃の女性には見せられないから」と断られた。そのため、こうやって依頼されない限り、各個室の掃除はしない事にしている。


「色々と仕事がありますから、昼過ぎになると思いますけど、いいですか?」

「うん、大丈夫」


こんなふうに会話を楽しみながら、仕事が出来るなんて、エラにはなんとも幸せだった。


「姉御ー今日のご飯なにー?」

「今日はハムエッグトーストですよ」

「やりぃ。あれ絶品だよな」

「俺はフレンチトーストの方が好きだな」

「あー!あれも絶品!」


なんて会話をしながら騎士達は汗を流しに浴室へと向かって行った。


ーーあんなに褒められると、嬉しい。


エラのご飯は評判が良かった。実家でご飯を作っていた甲斐があったようである。辛い事も多かったが、それが功を奏しているのだから、今となっては良かったと思える。


ーーさ!早く洗濯物干し終わらなきゃ!


そうして彼らの朝食の準備をしなくては。

 第一騎士団は十人おり、その分ご飯を作らねばならない。しかもみんな沢山ご飯を食べるのでかなりの量を作る必要がある。


 エラが急いで最後の洗濯物に手を伸ばした。


「姉御!そう言えば……てどぅわっ!!!」


戻ってきた一人の騎士が血相変えてエラから洗濯物を奪い取った。あまりの速さでエラには何が起こったか分からなかった。


「?あ、あの?どうか、しました?」

「何も!いやあ!全く!これっぽっちも!あ、あー!ハムエッグトースト楽しみだなあ!早く食べたいなあ!」


明らかに怪しい。


「あ、じゃあ早く洗濯物返して……」

「早く!今すぐに!食べたい!!!この洗濯は俺が干すから!ね!ね?姉御!お願いだから!」


必死な形相の騎士に、エラは折れるしかなかった。まあどうせ残り一つだけなのだ。そんなに彼の負担になる事もないだろう。


「わかりました。じゃあすぐ準備しますね」

「やったーーー!!!ハムエッグトースト嬉しいーーー!!」


狂ったように喜び叫び騎士を、今度は不安そうに見つめた。


ーーさっきまで普通だったのに。あまりにも挙動不審だわ。精神不安定なのかしら。


こういう時はそっとしておくのがいいだろう。いつまでも「ハムエッグトースト!」と叫び続ける騎士を心配しつつ、エラはそっと姿を消した。


「…………はあ」


エラの姿が見えなくなったところで騎士はようやく落ち着きを取り戻した。


「危ねえ。誰だよ下着入れたヤツ」


第一騎士団の中には暗黙の了解がいくつかあった。


 その一つは自分の下着は自分で洗う事。

 一度はエラが洗濯してくれようとしたのだが、繊細な騎士達には刺激が強すぎた。年頃の令嬢が自分の下着を持つ姿は、恥ずかしすぎて居た堪れなかったのだ。そのため、騎士達の間でエラには下着の洗濯をさせない事がルールとなった。

 それに、これにはもう一つ理由がある。


「姉御にパンツ洗濯させたって知られたらレオン団長に何されるか分かったもんじゃないしな」


エラに対して過保護な第一騎士団のレオン団長。彼が野郎の下着をエラに洗濯させたなんて知れば、地獄の鍛錬フルコース(嫉妬添え)が待っているのは明白だ。


「全く。誰かは分からねえけど、地獄から救ってやったんだから感謝してほしいぜ」


その騎士は下着を騎士達だけの秘密の洗濯場(下着干し場所)に干して、食堂へと向かって行った。


 悲しい事に、彼の「ハムエッグトースト」の叫びは基地にまで届いていたらしい。

 彼はしばらくの間「ハムエッグの騎士」とあだ名されたのであった。




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