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7.一途でピュアな騎士道精神


 四人は先に玄関へと向かっていた。その途中、ギルが口を開いた。


「ねぇねぇ。さっきのエラ嬢の話、どう思う?」

「エラ嬢の話って、婚約破棄のことかな。ダニエルはどうしようもないクズ男だと思ったかな」


 ノエルが正直に答えた。

 騎士は恋愛においては不器用で繊細で一途な生き物だ。普段は筋肉や剣術の話で盛り上がる屈強な騎士達だが、何故か恋愛に関してだけは乙女のような思考を持っている者が多い。きっとその辺の令嬢よりも恋愛に夢を見ている。男ばかりの環境にいて、女性との付き合いがほとんど無いからかもしれない。「俺たちピュアだからな」と言うのが騎士一同の言い分だった。

 だからこそダニエルのような行動は嫌がられる傾向にある。むしろ騎士の名折れだと言う騎士だっている。

 ましてエラとの婚約を破棄しておいて、そのエラの妹と婚約を結ぶなんて、騎士にとっては考えられないことだった。


「ノエルの言う通りだよ。もともと女癖が悪いという噂があったのは知っていたけれどね」


リアムは大きくため息をついた。身内の恥だと軽蔑していた。


「あー。そのさぁ、エラ嬢の妹さん。あの子も色々噂あるんだよねぇ」


だがギルが聞きたいのはダニエルのことではないらしい。


「へえ。知らなかったなあ」

「どんな噂だい?」


リアムもノエルもアリアの事は知らないらしく首を傾げた。


「かなりの我が儘おじょー様だって。それでぇエバンス家はかなり財政難になってる」

「エバンス家が!?領地も安定しているし、由緒ある伯爵家じゃないか!一代で落ちぶれる事なんて相当だよ!」


リアムは目を丸くした。

 エバンス家は華やかではないにしろ、堅実な印象のある貴族であった。

 穏やか領地に、穏やかな伯爵家。

 中央の陰謀渦巻く貴族社会には向かなくとも、領民に慕われながら安定した領地運営をする貴族として有名だった。住みたい町ランキングでは常にランクインしているほどだ。

 そんなエバンス家が財政難など、リアムには信じられなかった。


「それがダニエルの新しい婚約者か。彼もなかなかいい趣味してるじゃないか」


ノエルは面白そうに口角を上げた。

 女癖の悪い騎士ダニエルと、領民を苦しめる令嬢アリア。ノエルには最悪にお似合いの二人だと思えた。


「てかぁ、エラ嬢ってダニエルの好みじゃなくね?」


ギルは不思議そうに首を傾げた。


「そうだね。彼はかなり着飾った可愛らしい女性を好んでいたからな」


ノエルは頷いた。ノエルが時たま見かけるダニエルの愛人らしい女性は、いつだって宝石いっぱいの華やかなドレスを身に纏っていた。離れていても分かるほど甘ったるい香水をかけて、ダニエルに擦り寄っているのを見て、ダニエルらしいと何度も思った。

 そんな逢瀬を見かけた事があるのはノエルだけではない。

 むしろダニエルのそんな逢瀬を見たことがない騎士の方が少ない。

 三人が不思議そうにダニエルの話をしている中、レオンだけは表情を暗くした。


「…………オレのせいかもな」


ぽつりとこぼしたレオンの言葉は、三人の耳には届かなかった。


「お待たせしました!」


そう長くせずにエラがやって来た。こんな話をエラに聞かせるわけにはいかない。三人は何事も無かったように笑顔を作ってエラを迎えた。


「早かったね、エラ」

「はい!荷物少ないので!」


あの小さな鞄を思い出して、三人は納得した。そしてそれを自慢げに笑顔で言うエラをじっと見つめた。

 やはり。どう考えてもダニエルの婚約者とは思えない。


「?どうかしましたか?」

「いや!何でもないよ。じゃあ案内しよう」

「よろしくお願いします!」


リアムは一瞬冷や汗を流した。不躾にエラを見てしまった。婚約破棄されたばかりのエラにダニエルの話なんか聞かせられない。

 しかしエラが素直で助かった。楽しそうに笑うエラを見て、リアムは胸を撫で下ろした。


「よぉし行こー」

「どこから行く?」

「浴室だな」


それにのるように、ギル、ノエル、そしてレオンもそそくさと歩き始めた。

 エラは三人の後ろを懸命についていこうと少し小走りになった。

 しかし。


「ちょっと待ってくれ」


意気揚々と出発しようとした四人をリアムが止めた。


「どぅしたのぉ。副団ちょー」

「早くしないと時間がなくなるよ」

「ギル、ノエル。君たちは別の仕事があるだろう」


リアムの指摘に二人はぴたりと動きを止めた。


「君たち、任務に戻りたまえよ」


有無を言わさないリアムの様子に、ノエルもギルも不貞腐れた。何かと訳ありで騎士団にやって来たエラに非常に興味をそそられるのだが、リアムの命令に背くことも出来ない。

 二人は後ろ髪を引かれる気持ちで渋々仕事へと戻って行った。


「そしてレオン団長!」

「ああ?オレもか?」

「仕事が残っているでしょう?執務室にたんまりと書類が山積みだよ」

「そうだったんですか?」

「あ……あー……」


仕事がないわけではない。けれどエラについて行きたい気持ちの方が強くて、仕事なんてしたくない。そんな事をエラに言う事も出来ず、レオンは小さく頷くしかなかった。


「お仕事頑張ってくださいね」

「ああ」


エラからそう言われてしまうと、もはや逃げ道はない。レオンは大人しく仕事へと向かって行ったのだった。

 しかし、ぴたりと立ち止まり、エラ達を振り返った。


「おい。リアム」


レオンはリアムを呼び寄せた。自分は今から仕事だと言うのにリアムはエラと一緒に居られるのだ。レオンは不愉快で仕方なかった。


「わかってると思うが、エラには手出すなよ」


今にも殺しそうなほど鋭い視線で牽制されたリアムは、深くため息をついた。

 何となく、レオンがエラを気にかけているのには気が付いていたが、まさか牽制されるとは思っていなかった。


「レオン団長が気にかけていらっしゃる稀有な令嬢ですよ。手を出そうなんて命が惜しくてとても出来ません」


その答えに満足したのか、レオンは不敵に笑った。エラの前では見せないような笑顔に、リアムは再びため息をついた。


 レオンは今まで女性なんて視界にも入れていなかった。女性から声をかけられても無視するほどだ。

 そんな彼がエラだけはいつまでもずっと見ているのだから、レオンの想いに気付かない訳がない。

 きっとギルやノエルだって気付いている。


 騎士の恋心は熱くて一途だ、と言えば聞こえはいいが、一歩間違えると執着しやすく、ストーカーと化すこともありえる。

 何度同僚をストーカーとして捕らえたことか。


 レオンがそうならないことを、リアムはひっそりと願うのだった。




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