5.第一騎士団
ここクティノス王国は、三匹の聖獣が守護する国である。
大陸の王者である黄金獅子
海洋の帝王である白海豚
天空の覇王である大鷲
この三匹と王家が協力し合い、この国の平和は守られていた。
そんな王家と聖獣を守護するのが騎士団の役割である。
高位貴族出身者が多く優等生のような美しい者が多いのが王家を守る近衛騎士団。
実力派揃いで気性の荒い豪傑が多いのが聖獣を守る第一騎士団。
対極のようなこの二つの騎士団は常にいがみ合っているーーと、巷ではもっぱらの噂であった。
そうしてエラは今日から、そんな第一騎士団の家政婦として働くのだった。
ここは第一騎士団の基地本部。
王城の一角にあり、門番に事情を話して案内してもらってやって来たところだった。
第一騎士団の基地は荒れていて足の踏み場もない程だと聞いていたが、全く違った。確かに豪華な装飾品が無く、少し殺風景にも見えるが、広々とした住みやすそうな清潔感のある場所だった。
想像とは全く違う第一騎士団本部に、エラは愕然としていた。
「君、そこで何をしているのかい?」
ふと声をかけられ、振り向くと、中性的な顔立ちで身長も高くない、一見女性のようにも見える騎士が近付いて来ていた。
エラは慌てて頭を下げた。
「は、はじめまして。今日からお世話になりますエラ=エバンスと申します」
ここからエラの新しい生活が始まるのだ。最初の印象は良くしなければと、エラは意気込んで元気よく挨拶した。
「ああ。君が今日から来るっていう家政婦だね」
「はい!よろしくお願いします!」
「よろしく。僕はリアム=ベネット。この第一騎士団の副団長だよ」
若く見えるが副隊長なのか、とエラは目を丸くした。
しかもリアムはかなりの美男だ。
話に聞いていた第一騎士団は、筋肉ムキムキの荒くれ者のような騎士だった。けれど、リアムはスラリとした体に美しい顔立ちをしていて、騎士の制服だって着崩す事なくきっちりと着ている。
とても気性が荒くてむさい男性には見えない。
エラは目を疑って、じいっとリアムを見つめていた。
「僕の顔に何かついてるのかい?」
エラの不躾な視線に気分を害したのか、リアムは眉間に皺を寄せて問いかけた。
「すみません!あんまり綺麗だったので見惚れてました!」
エラは慌てて頭を下げた。そして何度もすみませんと繰り返した。
エラの素直な返しに、リアムは狼狽えた。
「そ、そこまでしなくていいよ。怒っているわけじゃないからね」
「いえ。でも失礼なことしてしまったので」
「気にしないでくれ。さあ、おいで。基地の中を案内するよ」
「はい!」
リアムが踵を返して歩き始めた。気のせいかリアムの耳がほんのりと赤い。どうやら怒ってはいないようで、エラは胸を撫で下ろして、リアムの後に付いて行った。
「エラも知っていると思うけど、第一騎士団はこの国の要となる聖獣を守護する役割を持っている。そのため、騎士団の中でもエリート集団なんだけど、その分個性が強い騎士の集まりでね。戸惑うこともあるだろうから、何か気になったら僕に言うと良い」
「は、はい!ありがとうございます!」
「エラの業務は、我ら第一騎士団の主に生活面でのサポートだ。共有スペースの掃除、それから洗濯と、一日三回の食事がメイン業務だね」
「はい!」
「ああ、着いた。ここが食堂だよ」
案内された食堂は、やはり綺麗だった。淡い茶色で統一された木目調の机と椅子も新品同様で、かなり清潔感がある。
ーーダニエル様の言っていた事とは全然違うわね。
食堂は掃除が行き届いていて、埃一つない。まるで新築のような綺麗さだ。
そんな食堂に制服を着た騎士が二人座っていた。
「あれー?副団ちょー、その子だぁれぇ?」
「新顔だね。噂の新しい家政婦さんかな」
二人もエラとリアムに気が付き、声をかけて近付いてきた。
「げ。ノエル、ギル」
しかしリアムは二人を見ると嫌そうに顔を歪めた。エラはそんなリアムの表情に気付かず、元気よく挨拶した。
「はじめまして。エラと言います。今日からここで働きます。よろしくお願いします!」
「はじめましてぇ。俺ギル」
「よろしく。私はノエルです」
二人は愛想よく笑って返事してくれた。エラは何だかそれだけで嬉しくなった。今まではエラが声をかけると申し訳なさそうに頭を下げられるか、無視されるかだったので、普通の反応が返ってくると、感動して笑顔になるのだ。
「ねぇねぇ。君ってぇ、ダニエルの婚約者じゃね?」
しかし、ギルのその質問でエラの笑顔は強張ってしまった。
「えっと、婚約は無かったことになりましたので、もう婚約者ではありません」
隠したり誤魔化したりしてもどうせすぐに分かる事だ。エラは正直に答えた。
「ふぅん。そっかぁ」
ギルは間伸びする話し方をしているが、どうにも油断ならない気がする。観察されるような視線がとても居心地が悪い。
何とかその視線から目を逸らしていると、今度はノエルから話しかけられた。
「君、魔法とか使える?」
「魔法、ですか?」
魔法という聞きなれない言葉に、エラは首を傾げた。
「魔法って、伝説の聖女様や聖獣様が使えるという魔法ですか?」
「そう、それ」
この世界の神話では、聖女様が三匹の聖獣をお供に連れて、オーガを封印して世界を救ったとされている。そのため、この世界にはごく稀に魔法が使えるものが生まれる。それは、伝説の聖女や聖獣の末裔の証拠なのだそうだ。
そうしてこの国を守護する三匹の聖獣こそ、その伝説の聖獣の末裔なのだ。
貴族の中には、聖女の末裔として魔法が使える人たちがいるようだが、少なくともエラの周りにはいない。
「いえ。家族にも使える者はいません」
エラは首を横に振った。
「そうか。それは失礼しました。何となく魔法の気配を感じた気がしたんだけどね」
エラはそんな魔法よりも目の前の絶世の美貌を持つノエルに心を奪われていた。声は低いのだが、艶やかな長髪に美しい顔立ちは女性顔負けの美人で、首を傾げる様子も魅力的だ。
ーーなんだこの騎士団。イケメンばっかりじゃない!
リアムといい、ギルといい、そしてこのノエルといい、出会う騎士はみんな美形揃いだ。エラにはとても眩しくて仕方ない。
ーーここで働くなら、気持ちをしっかり持たなきゃ。美しすぎて、女として自信を無くしそうだわ。
エラは気合を入れ直したのだった。