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4.出稼ぎ


 婚約破棄から数日後のこと。

 エラは再び父親の執務室に呼び出された。


「エラ、君に仕事を用意した」

「え。お仕事、ですか?」

「ああ。ダニエル様は公爵家だろう?アリアが彼と結婚するとなると、多額の持参金が必要になる。その持参金の捻出するためにエラに働いてほしいのだ」


エラは目眩を覚えた。


 元婚約者のダニエルと、妹のアリアのために、エラが働け、というのだ。

 こんな話は、とても受け入れられない。


「お父様、エバンス家の財政はそんなに苦しいのですか?」


そもそもエバンス家は領地を持つ伯爵家だ。それなりに蓄えだってあるはずなのだ。そう思って問い詰めると、父親は視線を泳がせ始めた。


「アリアが公爵家に嫁ぐのはエバンス家としても名誉なことだ。そんなアリアが恥をかかないよう色々と準備が必要なのだ」


ーーつまり、浪費家なアリアのドレスや宝石なんかでうちは逼迫しているわけね。


エバンス家は生活していくには不自由しない財力のある伯爵貴族だった。領地にも突出した産業はないが、気候にも恵まれ領民達が穏やかに暮らせる長閑な場所なので、税収も安定している。


 華やかではないが、貴族として充分な生活が送れるはずだった。


 それがアリアの我が儘のまま出費を重ねた結果、エバンス家はいつの間にか財政難に転じていたらしい。


「アリアはドレスをダニエル様からたくさんいただいたと言っていましたわ。アリアのドレス代を切り詰めれば、なんとかなるのではありませんか?」

「馬鹿者!アリアのためなんだぞ!」


突然怒鳴り出した父親に、エラは息を呑んだ。


「アリアのためにお前が動かないとはどういう事だ!それでもアリアの姉なのか!」

「す、すみません」

「婚約破棄されて、もう嫁の貰い手もないだろうお前に、居場所を与えてやっているんだ!それがわからないとはどういう事だ!!」


父親は鬼の形相をして、捲し立てた。そんな父親、見たことがなかった。エラはあまりの恐怖に目に涙が溜まっていくのを感じた。


ーーここは、エバンス家は、もう私の居場所ではなかったのね。


 なんとなくそんな気がしていたが、そんなはずはないと言い聞かせてきた。


 けれど、やっぱりこの家には既にエラの居場所はなかった。


 こぼれそうになる涙を、必死に堪えて、ぎゅっと下唇を噛み締めた。


 怒鳴って少し気が済んだのか、父親はそれ以上怒鳴る事はなかった。

 けれど、エラを見ることをしなくなった。

 乱雑にエラに資料を投げつけ、背を向けてしまった。

 エラは突然投げつけられた資料を上手く受け取れず落としてしまった。これ以上機嫌を損ねてはいけないと、エラは慌てて拾い上げた。


『騎士団の家政婦』


資料にはそう書かれていた。


「明日から騎士団勤めだ。住み込みの仕事だから荷物をまとめて出て行くように」

「わかりました」

「話は終わった。出て行け」


エラは思わず涙をこぼした。けれど、そんなエラのことを、父親は見てすらいない。

 資料を抱きしめて、エラは足速に執務室を後にした。


ーーもう、エバンス家は終わりだわ。


アリアの好き勝手にされて、父親はそのうち民を苦しめるようになるだろう。長く続いたこの地の将来を思うと悲しくなるが、もうエラの言葉は父親には届かない。


 しかもエラは明日にはここから出て行かねばならない。


 もう一度資料を見ると、エラの仕事は騎士団の基地での住み込み家政婦であった。


ーー第一騎士団か。……ダニエル様の話では一番過酷で荒れた騎士団だって話じゃなかったかしら。


第一騎士団といえば、騎士団の中でも優秀な騎士達の集まりだ。しかし、優秀ゆえに業務は過酷で、そこで働く騎士達も荒い性格の者たちが多いと聞く。


 同じ騎士であるダニエルが「第一騎士団は野蛮だ」といつも愚痴をこぼしていた。ダニエルは王族を守る近衛騎士団の一員であり、よく第一騎士団と一緒に仕事をするらしいのだ。


ーーという事は、ダニエル様と顔を合わせることもあるかもしれないのね。


そう思うと気分が落ち込んでいく。家政婦風情が騎士団と接する機会なんて、そうそうないだろうが、絶対に無いなんて事はないだろう。


 しかし、そんな事は考えても仕方ないことだ。

 なんせどんなにエラが嫌がっても、これはもう決定事項で、覆ることなんてないのだから。


ーー今は前向きに、自分の新しい生活のことを考えなきゃ。


 エラにとって、アリアの我が儘で荒れてしまったこの領地を残していくことは心苦しいことだった。

 しかも働き先は過酷で荒れたと噂の第一騎士団。

 もう二度と会いたくない元婚約者にも会うかもしれない。


 エラにはまだまだ苦難が待ち受けているように思えた。




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