35.ハムエッグの騎士の失恋
その日、第一騎士団は戦慄した。
夕食後、騎士達は内密にリアムに集合をかけられた。嬉しそうにエラの皿洗いを手伝うレオン以外の全員である。何事かと思っていたが、そこで告げられた言葉はとても信じがたい内容だった。
あんなにもあからさまな態度をとっていたレオンの気持ちが、エラに全く伝わっていなかったという事。恋愛経験のない騎士達でさえわかるのに、エラに何故伝わらないのか全く分からない。それと同時に、己の恋愛についても不安が過った。自分の時はどうやって愛する人に伝えたら良いのだろうか。恋愛経験のない彼らには想像もつかなかった。
そしてもう一つは、そのエラがダニエルのせいで恋愛に臆病になって舞踏会を欠席するつもりだという事。これが何より衝撃だった。レオンも含めた騎士達全員が浮かれていたはずなのに、まさかの主役欠席。これでは話が進まない。
その二つの事実は、恐怖さえ覚えるほどの衝撃だった。信じられないが、リアムが真剣な表情をしているからそれが真実なのだとわかる。
今だってレオンとエラは二人でイチャイチャ皿洗いしているというのに。
騎士達は互いに顔を見合わせた。
「そ、そんな事……あるのか?」
「どうしろっていうんだよ」
「そう。姉御には必ず舞踏会に行ってもらう必要がある。そこでどうやったらいいのかみんなから案を出してもらいたい」
リアムも必死である。騎士達に恋愛経験がほとんどない事も充分理解している。だが少しでもいいからキッカケがほしい。騎士達も頭を悩ませて、ぽつりぽつりと発言し始めた。
「まずは姉御に自信を持ってもらう必要があるんじゃないかな」
「あんだけ団長に甘やかされてるんだ。もう少し自己肯定感持ってもいいんだけどな」
「それだけ頑張り過ぎてるんだよ」
「甘え方知らないもんねー」
「団長には少し甘えてるけどな」
「じゃあさ、姉御に休日あげたら?」
「今実家はゴタゴタしているだろうから、仕事してる方が気が紛れるみたいだよ」
「真面目」
「さすが頑張り屋さん」
みんながしみじみとそんな事を言った。
だが確かにエラは自分に自信が無さすぎる。今までの境遇を考えれば仕方ないのかもしれない。恋愛云々は抜きにしても、もう少し自信を持ってもいいと思うのだ。
「俺の婚約者がですね……」
この騎士団唯一の婚約者持ちが口を開いた。自然とみんなが静まり視線を向けた。
「女の子は可愛いって褒められると可愛くなるって言ってました」
ほんのりと頬を染めて、そう申し出てくれた。
「それでお前は毎日可愛いって言ってるのか」
「筆まめだもんな」
騎士は顔を逸らした。そんな恥ずかしそうな様子をニヤニヤとした生暖かい視線を送って見守った。
「まあ女性の意見が一番参考になるからな。姉御を積極的に褒めるようにしようか」
リアムがそうまとめると、騎士達は頷いた。
「で?婚約者には毎日何て言ってるわけ?」
「教えるか!」
「おいおい。恋人みたいなやり取りしちまったら団長に目をつけられるぞ」
「それはまずい」
うまい具合に案も出て、まとまったところでリアムは机に突っ伏している男に目を向けた。
「ところで」
彼はグスグスと音を立てて動こうとしない。
「ちゃんと会議に参加したまえ」
「だぁってぇ副団長お〜」
最近失恋したばかりのハムエッグの騎士だ。
「シルビアちゃんが……シルビアちゃんがあ」
恋心を抱いていたシルビアがダニエルの浮気相手であったことも衝撃だった。しかし取り調べの中で、ダニエルから騎士達の機密情報を聞き出し、それを本命の男に漏らしていた事が判明したのだ。シルビアの本命の男というのが、ダニエル=ウォーカー公爵家と対立する侯爵家だった。ウォーカー公爵家を引きずり落とし、自分達が公爵位につくつもりだったようである。シルビアの証言により、シルビアにも侯爵家にも罰が下った。
シルビアは現在牢の中にいる。恐らくしばらく伯爵家で教育し直しされ、自由の効かない生活を送ることになる。
「君は本当に女を見る目がないね」
リアムは呆れ返った。何度も彼の失恋を見てきたが、今回が一番酷い。
「人の恋路よりも自分の失恋で胸がいっぱいです」
彼にはぜひ見る目を養ってもらいたいものである。
「元気出せよ。失恋なんていつものことじゃないか」
「そうだぜ。毎回おんなじことしてるぜ」
「うるっせぇ!」
しかし毎回の事となるとみんなの励ましもだいぶ雑なものであった。
リアムとしても関わらないようにしたかったが、彼にも手伝ってもらいたいところなのだ。
「そう言えば、この前殿下から第一騎士団を労うためのお茶会のお誘いがあったよ。団長の件が無事片付いたら開催したいとね。ご令嬢もたくさん参加するようだし、そこで新しい出会いもあるんじゃないか?」
「マジっすか!頑張ります!」
ハムエッグの騎士は急に元気になった。シルビアの事をあんなにジメジメ考えていたのが嘘のようである。
調子の良い彼の態度にリアムはため息をついた。
「まあその話は無事団長の件が終わってからだね。とにかく姉御に自信を持ってもらうために全員尽力するように!」
「はい!」
緊急会議はなんとか幕を閉じた。対策案も出てきたのだが、ここにいるのは恋愛経験がほとんどない野郎ばかり。リアムは本当にこれでいいのか不安になってしまうのであった。
「これでいいのかな」
「いいんじゃないかな」
ぽつりと呟いたリアムの言葉に、誰かが返事をした。リアムは目をパチクリさせて、横を向いた。
「え。で、でんか?」
「やあ」
ここにいるはずのない第一王子が座っていた。いつからいたのかもさっぱり分からない。それほどまでに会議に熱中していたようである。
「な、何故ここに?」
お供であるはずの近衛騎士団の姿が全く見当たらない。そのことにリアムは震え上がった。
「うん。ちょっとミリウス達に用事があってね」
「ミリウス様達に?」




