29.悪魔
アリアの一声で周囲が一瞬にして暗くなった。あまりに信じがたい出来事に、パーティーの参加者達はパニックに陥っていた。
騎士達が避難誘導している間、ノエルとレオン、そしてエラがアリアと対峙していた。
「な、なんて魔力なんだ!?」
ノエルは驚愕した。黒いオーラのようなものを纏ったアリアはとてもノエルの手に負える魔法の力ではなかった。今聖女に連なる家系の末裔と呼ばれる人々の誰よりも強い魔法の力である。
アリアは焦るノエルを見て不敵に笑った。
その姿はまるで、妖艶な悪魔のようであった。
「ふふふ。当然じゃない。ダニエル様も、お父様も、みんなみぃんな、ずぅっと私が操っておりましたのよ。でも……」
アリアはエラを睨みつけた。
「なのにお姉様ってばなかなか操られてくれないんだもん」
まるで子どものような言い方である。アリアは幼い頃から何一つ成長していないのだ。いや、子どものままで許されてきてしまったのだ。
「ねぇ、なんで?何で邪魔ばっかりするの?」
「アリアには邪魔に思うかもしれない。けど、これはアリアに必要なことなのよ」
「私に必要なのは可愛いさだけよ!」
見た目だけを取り繕って、見た目だけにこだわって、中身は傲慢な子どものままのアリア。
アリアに虐げられたことで、身なりに気を使うばかりではなく常に努力し、謙虚に慎ましく生きてきたエラ。
同じ屋根の下、エラだってエラが持たないアリアの良さを何度も羨んだ。
そしてそれはアリアも同じだった。
けれど二人は決定的に違えてしまった。
「お母様が言ってた通りだわ」
「お母様?」
「ああ。忘れちゃってたわね」
アリアはニヤリと笑った。
「私たちのお母様よ。私から可愛いを奪おうとしたから、消えちゃったの。それからみぃんなお母様のこと忘れちゃったのよね」
何故、忘れていたのだろうか。
エラ達に優しくそして厳しくしてくれた唯一の存在。
そんな大事な人が消えた事にも気付かず、さらにその存在さえも忘れていたなんて。
エラは絶望感でいっぱいになった。そうして心の中で忘れていた自分を強く責めた。なんで、どうして、自分のせいで、と思うたびに目の前がクラクラしてくる。
「エラ」
ふらついたエラを支えるように、レオンが力強くエラの肩を抱いた。温かくて頼りになる大きな手に支えられ、エラの意識がはっきりしていった。
「アリア。お母様に何したの?」
「え?今まで忘れていたのに気になるの?」
アリアはバカにしたように笑い飛ばした。しかしエラは一切笑わなかった。真剣な眼差しでアリアをじっと見つめ続けた。
「別に何もしてないわ。本当に目の前から消えちゃったんだもん。私を助けられずにね」
「え?」
目の前から消えた?では死んだわけではないのだろうか。しかし、魔法で消えた人を戻す方法なんて、分からない。
「アリア嬢。ダニエルに何をしたんだ」
「ダニエル様?別に何って事じゃないけど。洗脳魔法をかけただけ。私のものになぁれ、てね。でもねぇ、思ってたよりも使えなかったわぁ。浮気もするし、顔も好みじゃないし、本当身分だけ。でもその身分も一番上じゃないから使えない時も多いし。私にはやっぱり王子様が似合うわ」
そう言って瞳をうっとりとさせた。その言葉に、隣にいたダニエルが目を見開いた。
今まで呆然としていたダニエルが、自分が洗脳され利用されていたと知り、ショックを受けていた。
「そうね。殿下とお会いするためにはちょうど良かったかしら?」
そう言ってアリアはにっこりと天使のような笑顔を見せた。まるで子どもがおねだりするときのような無邪気な笑顔が、ダニエルを抉っていく。
「アリア」
何かを言おうとして、ダニエルは口をつぐんだ。都合の良い妻にしようと思っていたはずなのに、こんな事になるなんて思ってもいなかった。
近衛騎士団に入り殿下のそばで働けて、レオンが惚れたらしい令嬢を手に入れて、それで充分なはずだった。ライバルだと思っていたレオンに一泡吹かせてやりたかったのだ。
それなのに。
それだけなのに。
「ダニエル、貴方はもういらなぁい」
アリアの一言で、ダニエルの意識の糸が途切れた。その場に倒れ込んで、涙や涎を垂らしている。魂を抜き取られた抜け殻のように横たわる姿は廃人そのものである。
しかしダニエルもエラを利用としたのだから、自業自得としか言えないだろう。
「ふふふ、あははは!!」
動かなくなったダニエルを、アリアは無邪気に笑い飛ばした。
その姿に、ノエルは恐怖した。
「すごいですね、彼女。私なんかよりももっと格上の魔力です」
充分笑って満足したようで、アリアはゆっくりとエラ達の方を見た。
「みんなみぃんな、私の言いなりになぁれ」
その言葉に、レオンはエラを守るように強く抱きしめた。
ーーアリア……っ!
何もする事が出来ないエラはレオンの腕の中でぎゅっと目を瞑った。




