22.エラの居場所
低くて綺麗なよく通る声が聞こえて来て、全員の動きが止まった。
騎士の正装に身を包んだレオンである。
「レオン団長〜!」
騎士達が救世主を見るかのようにレオンの名前を呼んだ。レオンの後ろにはリアム、ノエル、ギルも居た。正装していると普段と違う雰囲気で、少し胸が騒ぐ。
特にレオンの正装は、エラの心を大きく動揺させるのだ。エラは思わず顔を逸らした。心なしか顔も熱い。
しかしレオンの登場に一番驚いたのはダニエルだった。
「なっ。レオン。何故ここに」
驚いているというよりも焦っているように見える。口をぱくぱくさせて顔色もあまり良くない。
レオンはダニエルとアリアの姿を見つけると、眉間に皺を寄せた。
「アリア嬢、ダニエル。ここは第一騎士団の基地だぞ。何故ここにいる」
「き、君のような野蛮な人間には分からないだろうけどね、これでも私は今度婚約パーティーを開くんだ。貴族の嗜みというものだよ」
ダニエルは平静を装ってそう言った。しかしレオンとは目を合わせようとしていない。アリアもダニエルの影に隠れながら、勝ち誇った笑顔を見せてくる。
ダニエルの言葉に嫌な顔をしたのは、リアムだった。レオンが何か言う前に前に出た。
「今は勤務時間中だ。職務の邪魔だよ、去りたまえ」
「てゆぅかぁ。そこのご令嬢は王宮出入り禁止でしょー?なぁんで連れて来ちゃってるのぉ?近衛騎士団として、それはいいわけぇ?」
ギルの言葉にエラは目を見開いた。
「なっ!あなた、なんて失礼なの!」
アリアは顔を赤くして怒鳴った。
エラはアリアがそこまでやらかしていたとは思っていなかった。王宮の出入り禁止なんて、何とも不名誉な事だ。
それなのに王宮の中にまでやって来る神経が凄い。そんなアリアの行動に、エラまで恥ずかしくなって来た。
「私が出入り禁止なんておかしいわ。何かの手違いよ。そんな嘘をつくなんて、貴方それでも騎士なの?」
そう言ってアリアはダニエルの方を見た。
「ダニエル!貴方も同じ騎士でしょ!」
アリアの中でダニエルは相当地位が高い存在らしい。ダニエルさえいればどんな我が儘でも通るのだと思っているのだろう。
そんなアリアの姿に、エラは絶句した。
「ダニエル」
レオンが口を開いて、ダニエルを見つめた。真っ直ぐなレオンの視線に、ダニエルは言葉を詰まらせた。
「早く去るんだ。お前なら分かるだろ」
「っ!」
レオンがそれだけ言うと、ダニエルは悔しそうに顔を歪めた。そして何も言わず、アリアの手を引いて去ろうとした。
「ちょ、ちょっとダニエル様?なんですの!?」
納得していないアリアを引っ張るようにして、二人は姿を消した。
二人の姿が見えなくなり、ようやくエラは一息ついた。ただ手元にはアリアから押し付けられた招待状が残っている。これをどうしたら良いだろうか、とエラは頭を悩ませた。
「エラ、大丈夫か?」
「え、はい!大丈夫ですよ!」
レオンから声をかけられて、エラは我に帰り、慌てて返事した。レオンはじっとエラを見つめてくる。何か言いたそうな視線に、エラは首を傾げた。
「なあ、エラ」
「は、はい」
レオンは心配そうに眉根を下げた。すがるような、懇願するような、そんな表情に、エラの胸は高鳴った。
「いつも頑張りすぎなんだよ」
「そ、そうですか?」
「さっきも第一騎士団を頼ってよかったんだよ」
そう言ってエラの頭を優しく撫でた。まるで割れ物を扱うかのような手つきに、エラは顔を真っ赤に染めた。
「そこまで頑張らなくたって、第一騎士団はエラを受け入れてるだろ」
「で、でもそれは私が頑張ってるからで、頑張らないと私、みんなの期待には答えられない」
今までずっとそうだった。頑張っても頑張っても、受け入れてくれないのが当たり前。だからエラは頑張らないといけないのだと思っていた。
頑張らなかったら、自分の存在意義さえなくしてしまう。
そんな過去のことを思い出すと、エラは気持ちが沈んでいった。
「そ・れ・が、頑張りすぎなんだよ」
俯いて表情を暗くしていると、コツン、とこずかれた。
突然のことでエラは目をパチクリさせた。
「充分なんだよ。完璧求めんな。出来ない事があって当然だろ。そんな事で誰もエラを追い出したりはしない」
レオンの言葉に、エラの視界は急に明るくなっていった。まるで目から鱗が落ちて、今まで霞がかっていた景色が、綺麗に明確に見えたような気持ちだった。
エラが驚いてレオンを見ると、優しく微笑んでいた。
「私、出来なくても、我慢して頑張らなくても、ここにいていいの?」
「当然だ」
レオンが笑顔で頷いた。
その笑顔が優しすぎて、エラは目頭が熱くなっていった。
「みんな、優しいから、私、皆に釣り合うように、頑張らなきゃ、て。私、だって、ここに、いたいから」
自然と涙声になっていく。今は何とか涙を堪えている状況だ。
「居ていい。いやむしろ居てくれ。俺たちはエラと一緒にいたい」
レオンの言葉で、エラはとうとう泣き出した。そして幼い子どものようにレオンに抱きついた涙をこぼした。
この時、いつも一人で頑張らなきゃいけないと思っていたエラは、他の人を頼ってもいいのだと思えた。レオンの優しい笑顔がとても頼もしくて、涙を堪えることができなかった。
一度流れ出すと、もう涙は止まらなかった。
今まで弱いところを見せたらダメなんだと思っていた。
でもレオンなら、みんななら許してくれる。
ーーやっぱり私、ここにいたい。アリアのところには戻れない。
逞しくて温かなレオンの胸の中で、エラは改めてそう思ったのだった。
「団長……俺たちはエラと一緒にいたいじゃダメだろ」
「そうそう。俺のそばにいろ、だよな」
「まだまだ詰めが甘いな」
「お、おい。君たち、ちょっと声多い」
静かで穏やかな二人の時間に、賑やかな雑音が紛れ込んできた。リアムが必死に止めようとしているようだが、残念ながら全て二人の耳に届いていた。
レオンはそっとエラから離れた。エラが名残惜しそうにレオンを見上げると、レオンが優しく微笑んでくれた。
そしてその笑顔のまま、少し遠くて様子を伺っていた騎士達のもとへと歩いていく。
「まずい!気付かれた!」
「何を言っているんだい!?当然だろ!」
「ひいっ!こっち来る!」
「ちょ、早く逃げろ!」
「おい」
しかし、騎士達は逃げられるはずもなく。
「いい度胸だなあ?」
優しい笑顔を浮かべ、ドス黒い殺気に満ちたレオンに捕まってしまうのだった。
「た、助けて〜〜!!!」
彼らの助けを求める声は、勿論誰にも届かない。
「ふふ」
けれどそんな様子でさえ、賑やかで平和で、エラにとってはかけがえのないものだった。
ーー幸せだなぁ。
エラは心からそう思うのだった。




