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2.婚約破棄


 始まりは、王家主催のお茶会の時だった。


 第一王子の婚約者を決めると噂のそのお茶会に、当時十歳のエラ=エバンスも伯爵家令嬢として招待された。

 妹のアリアはとてもやる気に満ちていて、積極的に殿下に話しかけに行っていたが、エラはのんびりと会場の片隅で壁の花となっていた。


「失礼」


その時、エラは一人の剣を携えた少年から声をかけられた。


ーー王子様の近衛兵候補なのかしら。


年はエラと同じくらいだろうか。女子顔負けの、金髪碧眼の美しい少年だった。柔らかい笑顔がとても素敵で、自然と頬が赤く染まる。


「私はダニエル=ウォーカーと言います」

「エラ=エバンスと申します」

「エラ嬢、貴方は殿下に話しかけないのですか?」

「私には不釣り合いな方ですから」

「そんな事はありません!貴方はとても素敵なご令嬢です。私なら絶対に放っておきませんよ」


そんなことを言われたら、幼く、まだ恋も知らなかったエラは思わず心をときめかせてしまった。


「もし。もし殿下が貴方を選ばないのなら、私に貴方を口説くチャンスをくれませんか?」


ダニエルの真っ直ぐな視線は、エラには刺激が強すぎる。エラは気が付いたら頷いてしまっていた。


 それが二人の出会い。

 エラにとっての運命の日であった。


 あれからダニエルは本当にエラを口説き始めた。そしてとんとん拍子で婚約を結ぶことになったのだ。



 そうして、数年後。



 エラは、目の前に座るダニエルに開いた口が塞がらなかった。


「今、何とおっしゃいました?」

「だからね、エラ。君との婚約を破棄したいんだ」


 エラはため息をつきたかったが、必死に堪えた。


「……理由を、お聞きしてもよろしいかしら」

「ああ、それはね」


 ダニエルは横に座っているエラの妹・アリアへと視線を向けた。

 ダニエルの横にいるべきは、婚約者であるエラだ。

 けれど、彼の隣には何故かアリアがいた。

 アリアは親しげにダニエルの腕に抱きついている。ダニエルもそんなアリアを愛おしそうに見つめているのだ。


 そんな目を疑う状況に、呆れ返って言葉も出ない。


「私は彼女を、アリアを愛してしまったようなんだ」


ダニエルはまるで自分が悲劇の主人公を演じるかのように大袈裟に振る舞っている。


「嗚呼!お姉様ごめんなさい!私たちが本当の愛を見つけてしまったばかりに!」


そうして二人は熱く抱きしめあった。


ーー何の茶番劇を見せられているのかしら。


ダニエルとアリアは恋愛物語のヒロインとヒーロー。そうしてエラは愛し合う二人の仲を邪魔をする悪役といった配役なのだろう。

 だが二人の思い通りになんて、なりたくない。


「わかりました」


エラは素直に頷いた。あまりにあっさりした態度に、ダニエルもアリアも目を丸くした。


「お、お姉様?よろしいのですか?」

「ええ。構わないわ」


なんせエラはとっくの昔に二人の不貞に気付いていたのだ。

 十歳の頃にダニエルと婚約したものの、ダニエルはエラに会うという名目で、アリアと会っていた。蔑ろにされ続けてきたエラは、いつかこうなる日がくるとは思っていた。しかしまさかこんな茶番劇付きでくるとはさすがに恐れ入った。


ーーもっと真剣に話してくれたなら、笑顔で祝福するのに。


ダニエルが心を奪われるのも仕方ないと、エラは思っていた。アリアはプラチナブロンドの美しい髪に大きな瞳の可愛らしい見目をしていた。

 対してエラは黒髪にキツネ目でキツい印象があり、可愛いらしさとは真逆だった。


 だから、ダニエルのことは、諦めていたのだ。


 二人が本当に愛し合っているのなら、身を引く覚悟も決めていた。


 なのに二人がこんな茶番劇を挟んできた事に、エラは呆れてしまった。


「嗚呼!君にそんな強がりをさせてしまう私を許してほしい!」

「ごめんなさい!お姉様!私がか弱いばっかりに!」

「エラ、君が怒り狂うのも無理はない。悪いのは真実の愛を見つけてしまった私たちなんだから」

「でもお願い!お姉様。愛し合う私たち二人をどうか許してくださいませ」


まだまだ続く茶番劇は、どうしてもエラを悪役にしなければ気が済まないらしい。

 きっとエラが怒鳴り散らすことを期待しているのだろう。

 けれどエラはそんな茶番劇に付き合うつもりなどない。


「ダニエル様、婚約破棄を受け入れますわ」


エラは静かにそう告げた。


「エラ!ありがとう」


ダニエルはアリアと熱く抱きしめあった。熱く甘いダニエルの視線はアリアにしか向いていない。


ーーダニエル様、釣った魚には餌をやらないタイプだったわ。最後の最後まで、私のことは視界に入っていないのね。


口説いてきたのはダニエルだったのに。いつの間に、こうなってしまったのだろう。思い返してみても、エラには自分の何が悪かったのか分からなかった。けれど、自分ではなくアリアが選ばれるのなら仕方ないと思ってしまった。

 なんせ、これまでだってずっとそうだったのだから。


「婚約破棄することで、エラには辛い思いをさせてしまうだろう。でも君ならきっと強く逞しく生きていけると、私は信じているよ」

「ダニエル様、お姉様は強い方です!私の自慢の姉なんです!きっと一人でも生きていけますわ」


二人の中でエラは独り身で生きることが確定しているらしい。二人の心配なんて、エラには余計なお世話でしかない。

 けれど二人に付き合うのは、もう疲れた。


「ありがとう」


 早く会話を終わらせたくて、てきとうに返事をする。


ーー結婚、か。


 幸せな結婚を夢見たあの頃のことは、もう色褪せた写真のように、懐かしく感じる。

 エラは結婚適齢期。婚約破棄された女性は傷物と同じで、二人の言う通り次の相手を見つけるのはとても難しいだろう。


 燦々と降り注ぐ太陽の光が、ダニエルとアリアを祝福しているかのように見える。


ーーもう、どうでもいいかも。


けれど、その光はエラには強すぎた。真夏の太陽に当てられて萎れた野草のように、エラも草臥れてしまったのだった。




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