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雅空の人形 CASE.1 馬面のスピード違反

作者: うまくらふと

〜河川敷での遭遇〜


いつから公園のベンチは、休憩中の警察官が使うための仮眠用ベッドになったのだろうか。

鼻孔をくすぐる木板の香り、寝たときに背中で感じる座面の固さ、全身に降り注ぐ暖かい日差し。

これらを心ゆくまで堪能するには、もはや座るという選択肢など無いに等しい。


………。

………。

………。


ふう。

雲ひとつある天気。


俺の名前は古舞左京。二十二歳。

舘東ディスコ警察、界人保護課に所属する警察官だ。


界人保護とは何なのかを語りたいところだが、休憩の残り時間があと僅かなのでまた今度で。


「ふぁ〜。今日もよく寝た……。さて、そろそろ事務所に戻るか〜」


ゴキゴキゴキ!


ベンチに寝転がったまま、全身の骨を余すところなく伸ばしていく。昨日のスパルタ演習のおかげで少し筋肉痛だ。


よし、急いで戻ろう。

と思ったがベンチから体離れようとしない。


五分でも長く休みたい!


すると、何やらハスキーな独り言が遠くから耳に入ってきた。


「はぁ~、今日も顔のことで同期の女の子に笑われちゃったなぁ〜。整形したいなぁ~。でも高いしなぁ~。それに整形したら、整形したことを笑われそうだしなぁ~」


???

??????


………。


なるほど、顔のことでお悩みなのか。しかし、わざわざ声に出して言うことだろうか。聞いているこっちが悲しくなってくる。


「人間って鬼畜だよなぁ~。ま、いいやぁ〜」


そうですか。


五分後。


独り言がひと通り終わったようだ。

聞こえ方からして声の主は反対側のベンチに座っているのだろうか?

どれ、ひと言何か言ってやるか。


「別に良いんじゃないのか?その顔だって大切な個性だろう?気にするなよ」


俺は寝たままの姿勢で、謎の人物を慰めるように呟いた。


パカラパカラパカラドン!


ん?

なんだ?足音が?


「グスンッ!グスンッスンッ!!グスンッスンッグググッ!!グスン、ヒィ~ィイィイィイィイィン!ありがとう……そう言ってくれるのはあなただけですヨォオォオォオォォォォォォォ!!」


は?


実際に泣いているのか、俺を馬鹿にしているのかはわからないが、とりあえずは感謝されているようだ。


………。

………。

ヒィィン?


起きて話してみるか。


「あ!こんにちは!」


「こんにちうわあ!!!」


馬!?


突然現れたその馬顔に、思わず声が出てしまった。


驚いたよ。


それは顔で悩むよ。


おもしろいよ。


語尾が全部よになりますよ。


紺色のスーツを身に纏った細身の男。馬の被り物のような頭部に、普通の人間の体。相当首が太いはずなのに、ワイシャツのボタンがしっかり留めてあり、落ち着いた赤のネクタイを締めている。


それにしても、顔だけ見ると馬なのに、それ以外は普通のサラリーマンと何ら変わりないのが不思議だ。果たして人間なのか、馬なのか。


「ど、どうも」


「ヒヒン!もしかしてその制服と警章!ディスコ警察の人ですね!いつもお疲れ様です!」


いつもお疲れ様です?

同業者?もしかして覆面警官?

いやいや、その馬面で覆面は無いだろう。


「普通の警畜だけどな」


「またまたそんなご謙遜を、制服にパーカーなんてハイカラな警察官見たことないですよ(笑)エース級の雰囲気満々じゃあないですか!!!ヒッヒーン!!!」


俺は警官の制服の上に紫色のパーカーを着ている。好きな映画に出てくるガンマンと同じ色の、ちょっとしたお洒落だ。


「あ、そろそろお昼休憩が終わりますね。古舞左京さん!またお会いしましょう!」


寳馬はパカラパカラと去っていった。


「ん???なんであの馬面は俺の名前を知っているんだ?」


「………っは!?時間!?ははは、あと一分しか無い!!!詰川にしばかれる!!!」


馬面の会社員との出会いは、多くの疑問を残したのだった。


効果音

キーンコーンカーンコーン

キーンコーンカーンコーン


「古舞ィイィイィイィ!?そいつは指名手配中の界人!!!寳馬信弘タカラウマアキラヒロシだァ!!!」


「まじか」


午後の就鈴ピッタリに事務所へ戻ってから、休憩中に出会った馬面の話をしたところ、予想の斜め上を行き大事になってしまった。


なんと先程の馬面サラリーマンは捜査対象の人物(馬?)だったのだ!


「あァー!?普通にサツだって分かってて接触してきてんのかよォ、頭沸いてんじゃねェのかァ?」


机の上で足を組んでいる俺の上司、詰川拾造。通称【瓶詰めの詰川】という異名を持つ変態エース警官だ。

トップスはパツパツの白いタンクトップ一枚。おまけに逆立った金髪、筋肉隆々で鋭い眼光と最恐だが、熱い心の持ち主という一面もあり署内での人気知名度はダントツである。そして、当時ダメダメ大学生だった俺を舘東ディスコ警察へスカウトした人物だ。


「古舞君?もうそろそろ捜査対象リストの顔と名前は完璧に覚えておかないと仕事にならないわよ?」


こちらの超真面目な女性警官は波戸さんだ。西の外国である西峰街出身で、綺麗に整えられたブラウンヘアーと赤ぶちの伊達眼鏡が印象的、この職場では一番まともな人で安定感があり、俺もまだまだわからない仕事を厳しくも優しくも教えてもらっている。また母性たっぷり包容力満載。


「で?フットヒサーンはどんな感じだったァ?」


沸騰悲惨?

何だそれ?


まあ、とりあえずそうだな。


「悲惨な馬面だった」


「はァ?」


詰川は深い溜め息をして、煙草に火をつけた。


「一応報告入れとくかァ」


煙草を咥えながら詰川はデスクから電話をかけた。



〜馬対策会議〜


翌日、第二会議室ではミーティングが開かれていた。俺たち界人保護課は月に数件寄せられる通報や目撃情報を元に捜査対象リストを作り、危険度の高い人物を、保護・回収していく。


今月の保護対象はあの馬面サラリーマンだ。スクリーンにはあの馬面が画面いっぱいに投影されている。


「寳馬信弘はァ、とにかく足が速い」


「???」


界人とは、一般的な世界観の中で異常かつ場違いな能力を持っている人間や動物の総称である。ここ和界の国では、暴走し犯罪行為に走るまたは常識から外れてしまった能力の持ち主を界人と呼び、有害無害関係なく保護しなければならないことが法律で定められており、俺たちのような警察の特殊部署や国軍などが保護対応を行なっている。


界人が生まれる過程や原因はまだ解明されておらず、情報も極めて少ない。界人の成り立ちが科学で証明される日が来るのは当分先の話だろう。


簡単に説明すると歯止めが効かなくなった人や動物、機械というわけだ。


「界人寳馬はパトカーの追跡を走って振り切ってしまうのよ」


「???」


犯人が警察に捕まらないために必死に逃げるのは普通だと思うが、ちょっと速く走って車を振り切れるというのか?


不思議だ。

まさかパトカーやセグウェイで追いつけないほど人は速く走れるのだろうか?


「古舞ィ。お前の眼には反応しなかったのかァ?」


「隣に居たが全く反応は無かった」


眼。

俺が界人保護課へ配属されているのには理由がある。


子供の頃、稀に不思議な幻覚や色みたいなものを発している人や動物を見たことがあった。もちろん意味不明な事を言っていると思われ虐められたこともあった。


眼にうつる対象が界人だったと分かったのは、ある日突然姉である玲姉が界人として保護?されてしまった時だった。


そして俺は何故か界人の大まかな能力を見立てる事ができるらしい。


両親が子供の頃他界、行方不明になってしまったため理由は謎のままなのだが、界人なのか、一般人なのか、不思議とその特徴が俺の眼には見える。まあ、テレビでよく特集している霊感が強い奴みたいなものだと思っている。


ピロン。

ジジジ。


何だ今の音?


というよりもだ。


全く意識していなくても界人が隣に居れば普通は眼に反応するはずなんだか。昨日の馬はいったい何だ?


「頭は馬だったが普通のサラリーマンだった。いくら界人でも車より速くは走れないと思うが」


「おやおや古舞君?界人の力を過小評価し過ぎだよ」


突如スクリーンの右下から声がした。

なんだよ、さっきの着信音はこいつか。


「はろはろ〜古舞君、仕事は慣れたかね?」


「いや全く」


テレビ電話の画面に映る胡散臭いメガネをかけ白衣着た中年の男、このオッサンの名は「賢崎伸治」だ。外国にあるケンザーク大学病院の院長を務めながら、和界警察特務派遣員特殊界人捜査課アドバイザリースタッフという長い名前の役職を兼任している謎の人物だ。


「はろはろ〜!いや〜真面目すぎる研修医達からの質問攻めから逃げてきたんだよね〜。10分ほど暇にしたから私もミーティングに参加させてもらうね。詰川君、割り込み失礼、進めてもらって大丈夫だよ」


「「「お疲れ様です」」」


というか、研修医の質問に答えてやれよ。仕事だろ?


「簡単に言うと、寳馬は今まで最高時速205kmで走ったことがあった。推定で最大出力は350馬力だァ」


「マジか」


「説明するより見たほうが速い、とりあえず追跡中の動画を見てくれェ」


詰川はパソコンに入っている「夕方の馬06.mov」をクリックした。


BGM:クレイジー☆ホース


夕日を背景に、バイパス道路を爆走する二つの影があった。


「あー!そこのタカラウマアキラヒロシ止まりなさい!!!減速して路肩に寄りなさい!!!止まりなさい!!!今すぐ減速して路肩に寄りなさい!」


「ヒヒンヒヒン!!!」


ひとつは我がディスコ警察の追跡用パトカー。もうひとつはあの馬面会社員だ。


減速指示の警告と共に動画が再生されると賢崎の解説が始まる。


「顔以外は普通のお馬サラリーマン寳馬信弘、彼の能力は『Foot非差案フットヒサーン』。それはいつも競馬場で応援している競争馬をイメージし、走っている馬の姿を脳裏に焼き付けることで、自らに足りないものを感じ取り、自分と馬との差を非現実に作り出す。やがて、それは非現実から現実となり、自身の脚力を飛躍的に向上させている、本当に素晴らしい馬力だね」


二足歩行でありながら、時速約140kmで道路を走っているその姿。頬の肉は揺れ、身につけているショルダーバッグは宙を舞い始めている。この世で最も醜い馬面を保ちながら、寶馬は走り続けている。


「ヒヒンッ?!ヒヒ、ヒヒヒンヒヒヒンッ、ンーーッヒヒヒヒヒ!ヒッヒッヒッヒ!!!!!!」


こ、これは…。

果たして走っていると言えるのだろうか?


「これではもう暴走したスポーツカー、いや、ミサイルと一緒だね。危険運転罪でも良いかもしれない。何回かトラックと正面衝突事故を起こしてるらしいけどスピードも出てるだろうから危ないね。あと能力を相当使いこなしてるみたいだから厄介だね」


「ヒヒヒヒヒンンンン!!!」


速度がどんどん上がる寳馬。

す、凄まじい馬力だ。


動画の途中で追跡パトカーはあっという間振り切られてしまった。パトカーの意味ってなんだろう。


ジジジ。

ピロン。


「古舞ィ、これが昨日のサラリーマンの正体だァ」


「馬語だと何言ってるのか全然だったが、まあとりあえず普通のスピード違反でないことはわかった」


場違いな能力であることは分かる。ただ、これは本当に速く走る能力だけで成り立っているのだろうか?


「古舞ィ?お前ならどういう風に捕まえるゥ?考えをよこせェ」


「そうね、若い意見も必要だわ」


おい、丸投げかよ。


「とりあえず、見てみないことにはですね…賢崎に聞いた方が…あれ?」


画面から消えてるし!!!

もう十分経ったのか!?


その後、ちょっとした疑問を投げかけながら、即興のような俺の思いつきプレゼンが始まったのだった。


「あれ?そういえば瓏瑠は?あいつの運転も借りたいんですが」



〜寳馬ってどんな人?〜


「併せて寳馬の情報収集だァ?」


「そうだ、」


「もと居た会社にも捜査してみるとするかァ。ま、どうせもうクビだろうがなァ」


次の日の午前中、俺たちは寳馬が勤めていた会社へ向かった。


「寳馬君は優秀な社員だったよ。もはや模範的とも言って良い!」


どうやら次の月曜にクビを言い渡され、強制最終出社日になるご様子。捕獲作戦を実行するならそこに当てるしか無いだろう。



間 詰川(セグエイィ!!!)



「詰川、そろそろ定時だぞ」


「おゥッ古舞ィ!もう少しだァ、よっとォ!」


ガシ!

ガキン!


こいつは詰川専用セグエイだ。

ディスコ警察では舘東の入り組んだ街並みでの捜査や巡回に適している観点からセグエイを導入している。そのセグエイを界人用にカスタマイズしたもので、金色のボディと不思議で無駄な折りたたみ機構を備えた問題作だ。


「相変わらず綺麗な鏡面仕上げだな」


ちょん。


「あァア!?触んなァア!?指紋がつくだろォオ!!!!!!」



〜馬捕獲作戦A面〜


「探索班、どうだァ?」


「来ました。次の舘東南内回バスから例の馬の反応があります」


「よォし、まだ待機だァ。バス停から降りて少し歩いた所を一気に囲めェ」


週末を挟んだ後、月曜朝、馬捕獲作戦が開始された。


舘東駅前の雑踏の中には変装した警官隊が潜んでいる。また、合わせて対象の会社ビルも占拠。寳馬が勤務している株式会社の社長に事情を説明したところあっさり了承を得る事ができた。クビを言い渡される間も無く御用とさせてもらおう。


寳馬のようなお手本サラリーマンでも、休み明けの出社だけは足取りが重いのだろうか。ご自慢の走りではなくバス通勤をしているらしい。


「はぁ、今日も仕事かぁ仕事かぁぁぁ。……………。…………。?…………???ハッ!?ヒヒンッ!?」


パカラパカラパカラ!


「はえェ!?感づかれたァ!?」


バスから降りた瞬間、馬、逃走。


………大丈夫、予定通りだ。


「瓏瑠!車を出してくれ!」


「はいですぅ!」


ゴウォン!キィ!キキキィ!ゴウォーン!ゴウォーン!




「んぼあ!?」


メカチューン独特の滑らかながらも鋭い縦横Gがのしかかる。同時に波戸さんがサイレンを外に出した。詰川はどこかにつかまるわけでもなく腕組しているだけで全く姿勢が崩れない。俺だけ後部座席のシートにめり込んでいた。


「ふんふふっふふ〜」


見事なギアチェンジとドリフトを決めながら、楽しそうにハンドルを握る小柄な女性警官の名前は瓏瑠。


波戸さんと同じ外国西峰街出身で、少し明るいブロンドヘアは肩くらいまでで整えられており、澄んだ緑色の大きな瞳、なによりも身長が144センチしか無く、俺と同じ歳のはずなのにまだ学生に見えるのが不思議だ。先輩の波戸さんに憧れていて赤渕の伊達メガネをかけている時もある。車の運転技術は光る物があるが、語尾がですぅ調なのがなんとも言えない。


ここだけの話、波戸さんと瓏瑠で名前をつなげるとパトロールになるが、誰もツッコまない所がとても謎だ。



間 波戸&瓏瑠(パトロール☆)



ゴーン、ゴーン。


「馬野郎に追いついたですぅ!」


「よォし古舞ィ。先ずは馬を隅々まで観察しろォ」


あっという間に道路を爆走する寳馬に追いついた。寳馬が後ろを振り向き、一瞬目が合う。


こ…これは、間違いない。

界人だ。能力は身体強化にしか見えないが何か怪しい。


「ヒッヒヒヒンヒン!?ヒンイヒン、ヒヒヒヒヒン!!!(待って古舞さん!?話せばわかる、わかりますよ!!!)」


そして、馬語がなんとなく分かる気がする。

ま、話したところで大人しく捕まる気は皆無だろう。


「能力は脚力の向上、いや、体力アップか?」


やはり怪しい。

寳馬から見立てる事ができる情報は他の界人より極端に少ない。

どういう事だ?能力がシンプルすぎる。何か隠しているのか?


「それに、まだ余力がありそうだ」


予想通り寳馬はさらに速度を上げ、爆走し始める。


「ヒヒッ!?ヒヒヒヒッヒヒッ!コーヒヒッ!!!ヒヒコヒヒヒコッ!フー、フーッ、ヒヒコヒヒヒコヒヒヒヒッ!ヒヒィィインッ!ブッへ!!!ヒヒィンッ……」


噛んだ。

まったく、走りながら喋るからだ。


「ヒヒヒヒヒヒヒヒン!ヒ!ン!ヒ!ン!ンンンンンンンン!ヒヒヒン!ンンンンンンンン!」


環状線を爆速する馬とパトカー。


その後さらに馬のスピードが上がり、時速150kmに到達する勢いとなった。


「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒン!(べべべべべ○§〜+〆⊿」


風圧で悲惨な馬面になっているのに相変わらずよく喋る。

それにしても…


「どうだァ古舞?」


「動画の通りだな。だが歯車が二つあるぞ」


「何ィ!?」


界人が能力を発現する時には必ず「歯車」が現れる。

寳馬には早速歯車を展開している様子だ。


界人が能力を発現する際に現れる歯車の大きさによって危険性が解る。また、能力を無理に使いすぎたりした場合は歯がほころびてしまう。歯止めが効かなくなったら最後、暴走し事件を起こすまでに至る。


通常は一輪のため、二つあるのは初めてだ。


「そろそろ環状線の分岐点よ!」


「そろそろ限界スピードですぅ!」


考え込んでいる間に環状線を半周して来た。


先ずは馬の体力を削って強制的にブレーキをかけるしかない。


「よし、詰川!出番だ!後で合流だ!頼んだぞ!」


「ハハンッ!!!やっとかよォ、そんじゃァ飛ぶかァ!!!古舞ィ!!!ハッチを開けろォ!!!!!!」


ハッチじゃなくてサンルーフな。


ドサンッ!ドン!


後部座席からサンルーフを勢いよく開け放つと、詰川が外に飛び出していった。


キキィ!

一瞬車が左右に揺れる。


「蹴り過ぎですぅ!サスペンションが傷んだらどうするつもりなんですぅ!?古舞さんの責任ですぅ!」


「何で俺なんですぅ!?」


俺は横Gに耐えながらサンルーフを閉めた。



間 瓏瑠(クラッチミートも完璧ですぅ!!!)



「ウッ!!!ヒヤアアアアアアアアアアアアァ!!!」


詰川は奇声を発しながら金色に輝く物体を、展開すると、空中で姿勢を直し、着地と同時にリニアカートのようにすっ飛んでいった。


詰川が操っているのは、舘東ディスコ警察公式業務用二輪車セグエイの改造車だ。


車輪は青白い光を放ちながら火花を散らしているにもかかわらず、アスファルトには傷ひとつ付いていない。実際に詰川のセグウェイは浮遊していて歯車がタイヤの代わりとなっているため、高速走行を可能にしているらしい。


場違いな乗り物に乗った、タンクトップ一枚の場違い警官が界人を追いかけている。


そう、詰川は場違いで界人なのだ。(本人曰く、本物とはちょっと違うらしい)

乗り物のテンションを上げることができる界人なのだ。その特徴的な二つの歯車は黄金の車輪としても展開され、詰川専用に改装された巡回用のセグウェイが空を飛べる程度には能力を反映できる。


「そう言えば、詰川の歯車は二輪だったな」


となると、原理は同じなのか?


ケンザーグ大学病院の人工界人臨床試験の結晶とも聞いている。また賢崎曰く、本来の能力は違うらしく、通称にある通り、空き瓶を何かに変化させることができるらしい。


「ッハーーーーーーッッッ!馬面との走りは強烈だなァ!!!」


「ギェ!?ヒィヒィヒィィィィィイン!」


「待ちやがれェ!!!」


詰川たちは環状線の分岐点を上って行き、あっという間見えなくなった。


「私たちはバイパスを下るわよ!」


「はいですぅ!」


計画通り。

詰川、頼んだぞ。



〜馬捕獲作戦B面〜


詰川を見送った後、俺たちは環状線を降りてバイパスの料金所前まで戻り準備を始めていた。


「古舞君?準備は大丈夫?」


「もう少し、ですね」


手の甲でゆっくりと回転する二つの歯車。なかなかギアがスムーズに噛み合ってくれない。


俺は意識を集中させ、競馬場の馬を全力でイメージしていた。これがなかなか難しい。第一に俺は競馬をやらないし、馬券も買ったことが無い。


「お?ようやくか」


二つの歯車がつながり始めた。


なるほど、一つは筋力アップ、もう一つは推進力アップなのか。


イメージが簡単に具現化できてしまうことをよく考えてみると、界人というのは恐ろしい人種なのかもしれない。


「瓏瑠、波戸さん、車で環状線を登って来ておいてください。。その後、分岐点あたりから俺たちを追走して馬の動きが止まったら手錠をかけて完了です」


「わかったわ」


「はいですぅ!」


遠くから騒音と奇声が聞こえて来る。


「古舞君、だんだん詰川君のセグウェイの音がするわ、近づいて来てるわ」


もう一周して来たのかよ!

底無しの体力と馬力だな。


じっくりイメージしている時間は無いか。

こんなものとして一応形にしてみる。


「よし」


少し走ってみる。


………。

ヒュン!


「おおなるほど、これは便利な力だな」


足が嘘みたいに軽い。


「私も古舞君と同じ能力があったらな…水々しい肌を具現化させたいわ」


波戸さん…欲望がダダ漏れになってますよ。


「波戸さんはなんだかんだ若く見えるから大丈夫ですぅ!」


「ろ・う・る?(なんだかんだ?なんだかんだ?なんだかんだ?)」


「地雷を踏んだですぅ!?」


俺は今、車よりも速く走れるらしい。


「準備OKだ」


数分後。。。


詰川の追撃を避けながら環状線を往復しスタミナが切れ始めた寳馬は河川敷沿いのバイパスへと追い詰められていた。


「ヒヒン!!!イヒヒ!!!(ちょっと疲れてきたな)」


舘東バイパスの往路は一本道だ。

寳馬が逃走を続けるにはもう一度環状線に上るか復路まで逃げ耐えて突破するしかない。復路が併設されているが人が飛び越えられる距離ではない。


「そろそろ終わりだなァ!!!スピードが落ちてるぜえェ!!!」


「ヒコヒコヒコヒコヒコ!」


寳馬は蛇行を始めた。


「ヒコヒコヒコヒコヒコ!!!ヒコヒコヒコヒコヒコ!!!ヒコヒコヒコヒコヒコ!」


「ヒヒン!ヒン!ヒン!」


その時、寳馬は地面を蹴った。


「ヒヒンヒンヒ!(上にジャンプ!)」


ピョン!


寳馬、大ジャンプ。

環状線の上り下り。


「へッ!上に飛ぶかよ!!!おらァ!古舞ィ!!!!!!」


自慢の脚力でのバイパスからバイパスへの大ジャンプ。


この動き。


これを待っていた。


「予定通りだ!」


クラウチングスタートを切るため待機していた俺は跳ぶように走り出した。


この動きは予想済みだ。同じ車線に飛んで来てくれて更に助かった。着地と同時に全力で走り出した寳馬の真横に並ぶ。


「ヒヒン!?ヒヒヒ!?(古舞さん!?それはどういうとことですか!?)」


寳馬が驚いている。

なぜなら、俺も同じスピードで走っているからだ。


「寳馬!ようやく捉えたぞ!」


「ヒヒン!?ヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!!!!!」


俺の界人としての能力。

それは観察した能力をイメージし、同等の力を借り入れる能力。

捜査に便利な商売道具だが、名前はまだ無い。


「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒンンンンン!!!ヒコヒコ!!!」


スタミナ切れの寳馬でも異常なスピードであることは変わりない。

ぶっつけ本番でコピーした能力で対抗してもギリギリな所だ。


「スタミナ切れでこのスピードなのか……。どんな手を使ってもここで止める!」


俺は寳馬の宙に浮いた鞄を引っ張った。


「ヒヒン!?ヒコヒコヒコヒコ!!!!!!」


さらに鞄と俺を引っ張りながら馬力を上げようとする寳馬。


「今だ!!!」


寳馬が驚いて動きを鈍らせた隙に、俺は寳馬に飛び蹴りを入れた。


右足の歯車へ一撃。


「ヒヒン!?」


ドス!


バランスを崩しかけた寳馬、若干足がもつれる。


「ヒヒン!」


体勢を立て直した寳馬、再びスピードを上げる。


「おうわ!」


鞄ごと俺は宙に浮き、引っ張られる。


「べべべべべべべヒン!?」


寳馬、鞄で首が絞られる。

若干スピードが落ちる。


「グヒヒヒヒヒヒヒヒヒン!?」


くそっ、引っ張られる。

ここで手を離したら負けだ、逃げられる。


キキイッ。

ゴオン!


「麻酔銃ですぅ!!!」


追いついて来た瓏瑠が麻酔銃を投げつけて来た。


カン!?


「イタヒン!?」


俺に向けて投げたはずの麻酔銃が寳馬の顔面に直撃。


寳馬がバランスを崩し、麻酔銃が宙を舞う。


そうか!?

麻酔銃へ手を伸ばした。


ガシッ。

カチッ。


「今だ!止まれええええええ!!!」


左足の歯車へ一撃。


隙をついつ俺は麻酔銃のロックを外すと共に寳馬のふくらはぎに向けて打った。


パスン。


「ヒヒン!?(そんな!?)」


寳馬の左ふくらはぎに麻酔銃の弾が命中。


「グヒン!!!グヘ!!!」


ズザザザザザザア!!!


馬、盛大に転倒。

アスファルト上をひっくり返りながら滑っていく。


「グヒン!?」


そのまま環状線の暴風壁に激突。


「ヒヒン!?ンヒン!?(左足が!痺れた!?)」


馬、すぐ起き上がれない。


キキイッ!!!


「古舞ィ!」


「古舞君!」


「出番ですぅ!」


それぞれ到着。

瓏瑠が車から飛び降りる。


「逮捕ですぅ!手錠はめるですぅ!」


瓏瑠が隙をついて手錠で手足を固定。


「ふぅ、なんとか読み通りに動いてくれたおかげでようやく御用だな」


「ヒ!ヒ!ヒヒン!古舞さん!?僕がジャンプすることを読んでいたんですね!?さすがです!?ヒヒン!?(ジタバタジタバタジタバタジタバタ)」


「きゃー!ジタバタするなですぅ!」


どすどすどす!


「イタタタ!蹴らないでください!(ジタバタジタバタジタバタジタバタジタバタ)」


手錠を嵌められ、瓏瑠に蹴りを入れられても、寳馬は黙らなかった。


「古舞さん、こうなったらさらにもう一回注射ですぅ!」


対界人用鎮静薬は目に打つと最大の効果があるらしい。


「できれば使いたくなかったけどな、まあ仕方ない」


「こ!古舞さん!?(ジタバタジタバタジタバタジタバタジタバタジタバタ)」


ブスッ


「あ」


あんまりジタバタするから鼻に刺してしまった。ま、いいか。


「ヒヒン…」


鼻に刺しても効果抜群なんだな。


寳馬信弘、スピード違反と危険運転罪、手配後逃走ならびに公務執行妨害で現行犯逮捕。あと会社も本日付でクビだ。


「よおしィ!よくやったァ古舞ィ、寳馬はトランクにでも寝かせておけェ」


「わかった」


「…………ィン……」


「それにしてもよく一撃でバランスが崩せたなァ」


「界人は能力の発生部位と歯車が弱点だからな。ただ二つあるとどっちかが弱点になるみたいだ、勉強になったよ」


「俺にも歯車が見えれば良いんだかなァ〜」


それでも現代科学では解明されていないところが不思議だ。



間 寳馬ヒ…ヒヒン…



寳馬を牢屋に放り込み、環状線とバイパスの損害を確認後、夕方の巡回をしていた。

今は波戸さんの運転だ。

瓏瑠は助手席で、詰川は俺にもたれかかるようにしてねいきをたてている。


同じ車のはずなのだが、波戸さんが運転すると高級な送迎車へと変わる乗り心地。波戸さんの運転技術も計り知れない。


しばらくすると、サイレンが遠くから聞こえてきた。

向かい側からセグウェイに乗った警官たちが、サイレンを鳴らしながらやって来る。


「「「お疲れ様です詰川さん!下っ腹を贅沢にはみ出した、油ぎったTシャツの男を見ませんでしたか!?」」」


「なんだうるせえなァ、とりあえず全員サイレンを消せェ」


いつの間にか起きていた詰川。

サイレンが一斉に消える。


警官の話を聞いてみると、先ほど駅前にあるジュリアナ銀行の無人ATMで強盗未遂事件があったそうだ。被害は無かったようだが、犯人は現在も逃走中らしい。


「そんな変態は見てねえなァ?でも油ぎってるのが気になる、俺も捜索に入るかァ」


「「「ありがとうございます!」」」


お前たちは先に帰っていてくれと言いながら、金色のセグウェイを持ち出す詰川。

警官たちの疲れた顔が嘘のように晴れていく、詰川が居ると指揮が高まるらしい。


「よォし!行くかァ!」


「「「ウーウーウー!!!」」」


警官たちは、サイレンを高らかに鳴らし始めた。


「馬鹿野郎ォ!サイレンを無駄に鳴らすなァ、気を付けろォ」



間 詰川(お前たちにセグエイの乗り方ってヤツを教えてやるゥ!)



「ここから出してくださいよ~。ちょっとスピード違反しちゃいましたけど、お茶くみでもなんでもしますからお願いです!」


「ほォ?お前、お茶くみが出来るのか?」


「はい!前の会社ではお茶くみのチーフを任されておりましたので、素人よりも美味しいお茶を淹れられる自信があります!!」


お茶汲みのチーフって何だよ。


「なるほどォ・・・よォし、わかった。俺や古舞の喉が渇いた時に限り、お茶くみとしてお前を檻から開放してやる」


「え???」


「は???」


「よォし、決まりだァ」


とりあえず保護界人ということでお茶汲みと事務仕事を担当してもらうことになったそうだ。

この度はお読みいただきありがとうございます。

感想等々いただけましたら幸いでございます。

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