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冬に咲く桜の色は  作者: maro
3/3

火曜日その2


「まさか本当にいくなんて」

 亜紀はいつもこうだった。由美のことなんて考えず、勝手にどこかへ突き進んでいく。小学校の頃も、中学校の頃も。そして今も。いつも由美を置いていってしまう。

「戻ってくんな馬鹿」

 呟いた吐息は、透明になって誰もいない教室に消えていく。

「あと本を返せ馬鹿」

 本がなければ何もできない。いっそのこと彼女を放っておいて、先に帰ってしまおうか。そんなことを考えていると、教室の外の廊下から大きな足音が聞こえた。

「ただいまー」

「早いな、おい」

 まだ五分と経っていない。フットワーク軽すぎるのではないか? そう考えている由美を尻目に、亜紀は持っていった本を机の上に置いた。

「聞くだけだから。二人とも席にいたし。でもどちらも見たことないってさ」

「やっぱり違ったんだ」

 頷いた由美に、呆れたような表情を亜紀は浮かべた。

「ねえ由美。まさか分かってたの」

「だって百四ページと百五ページでは、答えが二つになってしまい不自然。正解は別にあるはず」

「そこまで分かってたなら、走って聞きに行った私の苦労は何だったのかな?」

「百四、五ページ説が間違っていない可能性もあったので、無駄ではないよ」

「嬉しくねー」

 天を仰いで亜紀は腕を突き上げた。そして腕を振り下ろす勢いそのまま、手を机についた。

「じゃあ出席番号とかは間違いってこと?」

「考え方は合っていると思う。ここには四百人以上の生徒がいて、その中で個人を特定するなら数字、つまり学年と組、出席番号こそ最適。だから何か足りていないはず」

「他に数字って言われても。文字数とか?」

「数えるのが面倒臭いものにはしないと思う」

「桜の花びらが挟まっていた箇所が、何行目かとか」

 由美は首を横に振る。

「開いたタイミングで花びらが落ちるから、それは無いと思う」

 亜紀は頭に手を当て、ぐしゃぐしゃと髪をかいた。長髪が蛍光灯の灯りで煌めいた。

「ああもう、分からん。じゃあもう何もないじゃん」

「そうなんだよねえ」

 苦虫を潰したような顔を由美は浮かべる。答えまであと少し。だと思うものの、その少しがどうにも遠い。

 潰れたヒキガエルのような声を出しつつ本を眺めていた亜紀が、絞り出すように問いかける。

「やっぱりページの文章じゃない? 先頭の文字を読むと人名になるとか。特定の言葉を抜くと別の文章になるとか」

「とっくに試したけど、そんなことはなかった」

「試したんかい」

 亜紀は机に突っ伏した。しかしすぐに起き上がると、話を続ける。

「でも、ヒントを隠すんだったら本文だと思うんだよね。だって一番情報のあるところじゃない。このページだけで百文字くらいあるわけでしょ」

「百じゃない。ハードカバーの文字数は一ページあたり約六百文字。二つ合わせて千二百文字……」

 そこまで言って、由美の口が止まった。

「どうした」

「そうか、合わせるんだ」

 由美は目を見開いて、正面から亜紀の顔を見る。

「二つ合わせればいい。つまり二百四と二百五を足して四百九。つまり三年四組の出席番号九番の人が借りた人だ」

「なんで直接、四百九ページにしなかったのよ」

「無いからだよ。この本は三百二十ページで完結する。後書き含めても、四百ページには届かない」

「でも足し算したら出るって、根拠なくない?」

「いや、ある。ここのページの内容を思い出して。主人公が夫に会いたいと思うのとは別に、子供に会わせてやりたいと願っている。会わせるということは、合わせる、つまり足すってこと」

 その言葉を聞くと亜紀は、深く息を吐きながら顔を手で覆った。 

「よくそんな屁理屈思い浮かぶね」

「屁理屈じゃない。筋が通れば、それは理屈」

 なぜ桜の花びらを本の間に挟んだのか。そこから紡がれた思考の糸に、矛盾がないのであれば、きっとそれが答えなのだ。

「で、どうするの?」

 なぜか少し口元をあげ、肩をすくめた亜紀が聞いてきた。その言葉に由美は怪訝な表情を浮かべる。

「どうするの、とは? 謎が解けた。もうやることがないでしょ」

「まだそれが正しいか確認できてないでしょ」

「まさか」

 嫌な予感がして由美は椅子に背を預けるも、亜紀が迫ってきた。

「会いに行けって言ってんの。じゃなきゃ由美が言っているのは屁理屈よ」

「どうとでも言って。他人にどう評価されようが、私の中では解決したから」

 顔を背けようとしたができなかった。亜紀が由美の頬を両手で押さえ、その上で顔を近づけた。

「何逃げてんのよ」

 手をどけようとするも、振り解けない。体格が違う上に何より由美は非力だ。亜紀をかわすことなど、できるはずもない。抑えられたままの頬に、亜紀の吐息が当たる。

「由美っていつもそうじゃん。分からないことは不快だ、とか言いながら、人のことになると分かるはずがないって逃げるじゃん」

「別にそんなこと……」

「違うっていうんだったら、会いに行きなよ。その人も会いたがっているんでしょ」

 それに、と由美は言葉を続ける。

「由美、やけに解くの急いでいたじゃん。あれって卒業式があるからじゃない?」

 由美は咄嗟に表情を隠そうとした。しかし抑えられたままの体制では、隠しようが無かった。それに隠したところで、亜紀なら簡単に見破れそうな気がした。



 だって彼女は幼馴染だから。



 亜紀は真剣な表情を浮かべていた。

「三年生はあと少しでいなくなる。その前に確かめたかったんでしょ。由美みたいな変人が他にいるかって」

「変人いうな」

「由美が自分の考えを信じるなら、会いに行った方が良いよ。じゃなきゃ後悔する。由美の答えが正しかったか、分からないから」

 亜紀は押さえていた手を退けると、由美の肩を軽く叩いた。言ってこい。そう語りかけているように由美は感じた。

「……だから亜紀は嫌いだ。私のことを好き勝手言って」

「私は由美のこと、好きだよ。可愛いもん」

「うるさい」

 亜紀を睨んで由美は席を立ち、教室の外に駆け出した。その手に本が握られていたことを亜紀は見逃さなかった。

 由美が去り、誰もいなくなった教室で亜紀は背伸びをする。その顔は晴れ晴れしていた。外を見ると雲ひとつない空の下、雪解けの露が窓をよぎった。最後の雪が終わり、もうすぐ春が来る。

「頑張れー」

 今頃、顔を真っ赤にして三年生の教室に向かっている、幼馴染に声をかけた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] いいコンビですね。 実際に会いに行くことは由美さんにとっても良い経験になるでしょう。 [気になる点] 正解かどうか言及されてないのが気になります。
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