自販機の地縛霊2
「は?成仏?」
何言ってるんだコイツ?思わずすっとんきょうな声が出てきてしまう。だが、俺のこの馬鹿そうな反応もあながち間違いではないだろう。だって俺は一度も幽霊を見たことが無かったし、第一、成仏なんて大層なことが高校生にできるのか?霊媒師のような何らかの特別な能力を持っている人がやるんじゃないのか?
不可能ということがわかった気がする。ならば、言うべきことは一つだ。ごめんなさい無理です!だ。
「あのー、そのー……」
言おうとした口がだんだん止まってしまう。
そんな目でみんなよ……
彼女は俺を上目遣いでまじまじと見てくる。こんなお願いの仕方をされて、断れる屈強な男がいるだろうか。俺のような女慣れどころか人間慣れもしていない人間が断れる訳がない。だが、俺のような人間が彼女の役に立つはずなんてあるわけない。小豆沢コウタローは、とんでもなく情けない人間だった。
「な、何で、、俺?俺なんかができるのか?」
結局俺は断ることも、承諾することもできずに質問返しをしてしまう。
そんな人間だからこそふと思ってしまった。きっと幽霊に取って成仏というのはかなり大事なものであることは確かだ。なのに何故、平凡な人間にそれを求めるのかーーー俺のような人間にそれを求めるのか
「分かりません!」
彼女は迷いなく言い切った。
「真面目な話じゃねえのかよ」
「いえいえ、大真面目ですよ!私初めてなんです、」
「初めて?」
「はい初めてなんです。私のことを見える人に会うのは。」
「ーーー」
「声を返してくれた時、私の話を聞いてついてきてくれた時、私思ったんですこの人なら私を成仏させてくれる運命の人なんだって」
真剣な眼差しで彼女はそういう。よくもまあこんな恥ずかしい事を堂々と言えるものだ。
「な、なんで俺に声をかけてきたんだよ」
あまりの気恥しさに目も話題も逸らしてしまう
「まあちょっと目あったような気がしたので、」
「それだけかよ、、」
何か特別な才能があったのかと一瞬期待したがそんなことは無かったようだ。確かに俺は目を合わせた。ただ、すぐに目を逸らしたし、あれぐらいで認知されるものかと少し驚愕する。
認知だけでなく、ましてや声を出して確認する始末だ。もしかしたら俺が想像するよりも俺は彼女のことを見ていたのかもしれない。いやもしくは彼女がそんな些細なことですら期待をしてしまうほど追い詰められていたからなのかもしれない。
「まあ目をあったと思ったらとりあえず声をかけてみてるんです。まあ話せたら儲けもんぐらいの感覚ですよ!だから本当に嬉しかったんです!まさか私の声を聞いてくれる人がいてくれるなんて!」
「ーーーどんくらいやってたんだ?」
「えーと5年ぐらい?」
「ずっと1人で?」
「ーーはい!まあそうですね毎日色んな人目の着く場所に言って目が合ったっぽい人に声をかけてるんですけど、あ、ほら駅ってめっちゃ人が集まるじゃないですか、まあ全然みんな見えてないんですけど、、、」
たははと力無く笑う彼女に俺は声をかけることが出来なかった。5年。それは一体どれだけ長い期間なのか、その期間を誰からも見られることなく、声も聞かれることもなく、ただ懸命に見つかる人を探し続けるということは一体どれほど辛く悲しいことなのか。
「ーーーつまり、、、今までずっと独りだったのか?」
「ええと、まあそうですね!」
特に疑問を持つところがないのか、彼女は俺の質問に明るく答える。
「そ、そうか。」
しばらく沈黙し、俺はぼんやりと地面をみる、公園の地面など特に面白みなどありやしないが、夕日に照らされ、少し赤が増した地面をただ見ていた。
そもそも彼女は存在するのだろうか、俺の幻影、妄想の類なのではないか。俺自身あまり自覚していないだけで、何かとてつもないストレスをためこんでいてその果てに現れたイマジナリーな存在なのではないか。あまりの出来事のオカルト具合にそのような考えに至りそうになる。
「どうされたんです?ずーーと下をみて」
「いや、考え事を、、って近い近い!」
くだらない思考にしけっていたときに声を掛けられ、ふと横を見ると、彼女が自分の顔の真ん前まで近づいていた。いきなり視界に美女がとんできたので俺はあわてて反射的に気持ち悪いリアクションをとってしまう。
「あ、よかった~~!」
「何がだよ、、、」
こんなダサいリアクションをとってしまった身からすると、よかったところなど一つもなかったのだが。
「いや、もう見えなくなっちゃったのかと思って。」
明るく装いながら、申し訳なさそうに彼女は頭をかいて彼女はそういった。
ーーーなんと自分は浅はかなことしか考えていなかったのか、彼女はずっと独りだったのだ。それを何が妄想だ、何が自分の疲れだ。たとえそれが自分の偶像でも今まさに彼女は苦しんでいるのでは無いのか。
俺の中でようやく答えが見つかった。
「ーーーごめん、俺は多分、、、君が思っているような運命の人なんかじゃない。大した能力もないし、ぶっちゃけまだ状況を全然呑み込めてない。俺は君の力になってあげられない」
「そ、そうですよね!いきなり声かけて、こんなところにまで呼んで、自分勝手でしたよね、、」
明るく彼女は装う。彼女は本当に健気なのだろう、こんな時にまで相手のことを思いやり、相手を立てるのだ。たとえ、装いきれず今にも泣きそうな顔をしていたとしてもだ。
「でも、」
「ーーーへ?」
彼女は健気だ、だがそれはあまりに彼女の生き方を美化しすぎている。彼女はあまりに浅はかだ。第一に気づくべきだ、自分はだれからも認知されはしないということに、そうと決まればきっとそれ相応の生き方を見つけられるはずなのだ。見えてないのだから、検問も素通りして外国にでも行けばいい。世界遺産を見て回るなどしたら5年の月日を楽しむことだってできたはずだ。なのに彼女はただ、人の目をつく場所を探して、そこで一日中声を出して、返事を待っている?なんだそれは、なんでそんなことをする、毎日自分はこの世界にはいないと認識しなければならないんだぞ?おろかだ。それは健気でも純粋でもなんでもない、それはおろかだ。愚か者だ、だって、その5年の先に見つけた人間がーーー俺なんだから。
でも、きっと俺はその愚かさに人間味を感じたのだ。彼女はおろかだ。でも、美しかった。だから、
「一緒に考えることぐらいできる、5年分の話したかったことを聞くことぐらいできる。だから、、協力する。」
立ち上がり俺は彼女に告げた。きっと俺なんかより適任な人材など山ほどいるはずだ、だがそれを理由に彼女を再び一人にするほど俺は馬鹿じゃない。
「ーーー」
「ーーーーーええと」
何秒かの沈黙が続く。割と内容が内容なだけに、途端に自分の顔が真っ赤になっていっているのがわかる。とんでもなく恥ずかしいことを言った気がする。何かまずいことを言ったのか。ああ、戻りたい、戻ってもう一回考え直したい。肝心の彼女は、下を向いておりいまいち何を考えているかはわからない。怒ってはいないと思う。というかそう信じたい。
「ーーーーーーぁです。」
わずかだが彼女の声が聞こえた。心なしかすこし声がかすんでいた
「ーーー寂しかったです。ずっと、、、ずっと、、誰も見つけてくれなくて、でも、毎日、毎日声をかけないと本当に消えちゃう気がして!」
彼女は泣いた。周りなど気にせずにないた。泣きながら、俺に想いを、今までたまっていた鬱憤に似た何かを吐露した。そうか。彼女はずっと怖かったのだ、独りが怖くて、世界から脱離するのがたまらなくて、だから毎日きっと文字通り途方もなく叫び続けたのだ。ならば俺がやることはシンプルだ。
「ーーー大丈夫だ。俺がいる。君の5年間なんかちっぽけだって言わせてやるよ」
「ーーー本当に?」
「ああ、約束だ、」
俺は気づけば無意識にそう彼女に告げていた。そうだ。俺がやることは、彼女を独りにしないことだ。
「あ、そうだ。ええーと、名前は?」
気づけば、無意識にかなり接近していたので、俺は我に返り、咄嗟に適度な距離に戻る。
「あ、えーとそういえば言ってなかったですね!」
彼女も気づいたのか慌てて距離を置く。
「シゲヨです」
「俺はコウタローだ。よろしくな。し、シゲヨ」
「はい!こちらこそです!コウタローさん!」
下の名前で人を呼ぶことになれず少し顔が夕に照らされ紅く染る。その光はきっと彼女、シゲヨも照らしているのだろう。夕方公園に二人の影が伸びていた。
「ーーーあぁ、とうとう家に着いてしまったんですね、、、」
夕暮れ、公園での話し合いをした後途端に空は暗くなり始めた。特にこれから何か用事がある訳でもないが、一段落着いたため途端に疲労が露呈し始めたので今日は解散することにした。初めは男らしくシゲヨの家まで着いていこうと意気込んだが、まさかの、いやよくよく考えてみたら当然なのだが、シゲヨは家など持っておらず、結局俺の家まで彼女が着いてきてくれるということになったのだ。
「まあ適当に会話したらあっという間だな」
「悲しいです」
泣き顔でしょぼんとしたれてしまっているシゲヨ、可愛い。
「大丈夫だよ、また明日会えるから。」
「ーーーそうですよね!」
彼女の嬉しい顔を見たら疲労ぐらい耐えてみせようという気になる。俺は人との会話など久しくしていないので初めは、帰り道で話題が続くのかハラハラしていたが、彼女の親しみやすさや話しやすさのおかげか一切途切れずに話し合うことが出来た。他の人ならまだしもシゲヨとなら話し相手になるというのは苦ではないかもしれない。
当然だが会話は基本的に彼女主体だ。5年間の話のネタなど駅から最寄り15分の家の帰路では語れるはずもなくとても密度の濃い会話が多かった。結局中身はただの他愛のない雑談で、なんで幽霊のになっているのかとか、成仏の方法とか、そういう話題はしていない。そういった真剣な話は一旦頭の中で状況を整理してから話せばいいのだ。
「ええと、待ち合わせ場所はどこにする?」
「じゃああった場所にしましょう!」
「あった場所?ああ、あそこか。時間は?明日学校休みだしいつでも行けるぞ。」
「じゃあ私はずっと待ってるので、コウタローさんが来たい時に来てください!」
流石に朝一番に向かおう。
「おお、起きたらすぐ行く」
「じゃあまたーーー」
彼女が別れの挨拶をしようとした瞬間、叫び声が聞こえた。
「ゆ、幽霊だああああ!」
「えぇ!な、、、見えるんですか!!!」
叫び声により俺もシゲヨも驚きのリアクションをとる。だが、シゲヨは直ぐに自分が見られたことへの喜びが舞い降りていた。そして俺にもまた安堵が流れ込んできた。
ーーー叫び声の主が小さな幼女だということがわかったからだ。
「わあ、綺麗な幽霊さん!私、初めて見た!!」
「えへへ、そういうあなたもとても可愛いらしいですねえ、へへ」
幼女、俺の見立てでは小学校低学年くらいの歳の女の子だ。目をきらきらさせ、目の前の幽霊に対して興味津々な様子で幽霊と対話している。ここでようやく先刻の叫びは喜びの方だと理解した。何故見えているのか?そういう詳しい原理も気になるが、、、
「コウタローさん?どうしたんですかそんな変な顔して?」
子供に褒められたことが嬉しいのか、子供が愛おしいからか、それともみえるひとがもう1人現れたからか、彼女の顔は幸福の権化かのように緩みに緩みきっていた。
「変な顔って、、、いや、どっかで見たことあるような気がしてな、、、」
「ええ!知り合いですか!?」
「わたし、お兄さんのこと知らないよ?」
キョトンとした顔で少女は言った。
「おお、そうか。やっぱり気のせいか」
あくまで俺が感じたのはうっすらとした既視感から来るもので、彼女も覚えていないのなら俺の勘違いだろう。
「ドンマイです、コウタローさん。いくら彼女が可愛くて仲良くなりたいからと言って嘘はいけませんよ?」
「そんなつもりねえよ!」
シゲヨが励ますかのようにポンポンと肩を叩いてくる。余計なお世話だ。俺はロリコンでもなんでもない。
「ーーーってかもう結構暗いぞ?家に帰らなきゃ」
当たりはすっかり真っ暗でこんな中、女の子1人でいるのはさすがに危険すぎる。
「でも、今喧嘩してて出ていけって言われて、、」
彼女は今にも泣きそうな声でそういった。思わず抱きしめたくなる想いが込み上げてくる。そんなの本心じゃない。怒ってなどいない。きっと今も必死に君を探し続けているだろう。
「そんなことーーー」
「うわああああ!」
そんなこと気にするな!と言いたかったのだが、突然シゲヨが大声を出したので俺の声はキャンセルされる。
「こんな可愛い子供になんて事を!今すぐ文句言いに行きましょう!心配いりませんからね!!」
気づけばシゲヨは少女を強く抱きしめており、彼女にそう強く語りかけていた。まったく。つい俺は微笑んでしまう。これがやれやれってやつか。突然のことに泣きそうになった彼女も動揺する。
「いや、別に怒ってるんじゃなくてって幽霊さん離して〜!」
「もう一人になんてさせませんからね!」
ギューっと抱きしめ続ける彼女に幼女も微笑を浮かべる。
「ありがとう、幽霊さん。わたしお姉ちゃんに謝りに行く!」
「うえ!?いや全然一緒に過ごしましょうよ!」
「何言ってんだバカ。ーーーよし、一緒に謝りにいこう」
「今バカって言いましたか!?」
俺とシゲヨのやり取りをよそに、着いてきてと言い少女は歩き出した。
「あのーお名前は?」
「あ、わたしの名前はナナミだよ!」
「よろしくお願いしますナナミちゃん!あ、私の名前はシゲヨです、幽霊です!」
「ナナミ、、、どっかで聞いたことがあるような、、、」
歩きながら1人コウタローは思案に暮れていた。ただ、見たことがあるかもしれない。そんな些細なことをいつもなら間違いなく気にしない。だが、何故か今はその事がずっと頭に引っかかる。違和感、矛盾している。頭の中でそんな言葉が次々に出てくる。
「なあ、ナナミちゃん。君の苗字ってーーー」
「え、灰原だけど」
「あれ?コウタローじゃん?何してんの」
突如第三者からの声が聞こえ、コウタローの質問は中断され、意識がその声の主に向く。
「誰ですか、あの人?あんな知り合いいたんですか?コウタローさん?」
シゲヨは驚いた様子で俺に聞いてくる。まあ無理もない、目の前にいる彼女の様子は、言わばギャルだからだ。整った顔立ちに、素人にも分かるメイクの濃さ、オマケに金髪とネイル、制服姿でスカートは短くまったく制服の役割を果たしていなさそうなファッション。まあこんな派手な女が俺の知り合いだったら驚くのは無理がない。ーーーだが、コウタローもシゲヨの驚きに負けていない。
「え、ナミノか。え、えーと久しぶり」
「お久だな、マジで。え、てか後ろ隠れてる女の子いるんだけど?恥ずかしがり屋さんなのかなー?え、てかコウタロー妹とかいたっけーーー」
ただ久しぶりのかつての友達と会ったから俺は動揺している。ーーーもちろんそれもあるがそんなもの些細なことだ。ようやく合点が言ったのだ。彼女の名前は灰原 ナミノ。俺の連れてきていた幼女は彼女の妹だったのだーーーここにいるはずもない。
「え、お姉ちゃんだ!一瞬誰か分からなかったよ〜」
ナナミは初めは俺の陰にちょこんと居座っていたが、眼前の人物が自分の姉と知るやいなや彼女の傍に飛び込んでいった。まったく微笑ましい光景だ。先程まで喧嘩したと言っていたが結局は安堵が勝つのだ、コウタローやシゲヨが居なくたってどうせ仲直りは成功していたのだろう。
「ごめんなさいお姉ちゃん!私のせいでお姉ちゃんを傷つけてごめんなさい」
「え、は、へ?いやいいよいいよ全然」
ナナミは少し涙を見せながら姉に抱きつき、反射的にナミノも抱擁を返す。ナミノはまだ動揺している、何に対して謝っているのか理解できてないかのように。
「いい光景ですね、いやー良いことをしたあとは気分がいいですね!」
シゲヨが微笑ましく2人の姉妹のなれ合いを見ている。確かに微笑ましい光景だ。ーーーきっと俺とナミノだけだろう、この光景が異常に見えているのは。
「ナナミ、ナナミなの?どうして、どうして」
灰原 ナミノがこんなにも動揺することなんて、ほとんどない。彼女は性根から明るく、ノリが良く、フランクな人だ。俺とは波長がほとんどあっていないが、そんな俺とも話してくれるような良い人なのだ。
俺は彼女とはかなり長い付き合いでココ最近の連絡は無いが子供の頃はよく遊んでいた。
彼女が動揺することはほとんどない。そんな動揺した姿を俺が見たのは、ーーー彼女の妹が死んだ時だ。
「幽霊だったのか、」
聞いたことがあった見たことがあった。でも矛盾していた、違和感がこびりついていた。だって今の姿が6年前、俺とナミノが小学校6年生の頃のあの時のまま存在していたから。
「コウタロー、、、何がどうなってるの?」
ナミノは俺に今の状況を問い質す。問い質すと言っても弱々しい声色でただ単純に今の状況の答えを求めていたようだった。
「分からない、、、けど多分今のナナミちゃんは、、、幽霊になってると思う」
「幽霊、、、何それ?ねえ、じゃあこのナナミはーーー」
絶対怒られると思った。答えになってるけど、それはふざけてると誤解されても仕方がないからだ。ましてや命という話題だ、茶化していいものでは無い。
「このナナミは、本物なの?」
だから意外だった。ただ、今にも泣きそうな声色で、表情でそんな質問を聞いてきたから。
「私は本物だよ!お姉ちゃん!」
ナナミが俺の返答をさえぎって返事をする。
「お姉ちゃんの好きな食べ物はみかんゼリーで嫌いな食べ物は手羽先でしょ?ほらベタベタするって言ってたし。あとあと、将来の夢はパティシエでしょ!私と一緒にケーキを作るって言ってたもんね!あとあとーーー」
「もういいよ」
まだまだ話せると言わんばかりのナナミの口が止まる。なぜ止まったのか、それは口ごもったからでは無い、ーーー強く抱擁されたからだ。
「ーーーごめんね。ナナミ。ずっと会いたかったの、ずっっっと、こうしていたかったの」
彼女の目から涙が流れる。
「ごめんね、あの時強く言っちゃって、ほんとにそんなこと思ってないから!全部嘘だから、大好きだから、大好き、、、」
一体何度夢見たのだろう。この光景を一体彼女は何百回想像して、その中の彼女に懺悔したのだろうか。先程のナミノの質問の意図が分かった気がする。幻かどうか確認したかったのだ。
「私も好きだよ。お姉ちゃん、だから泣かないで、笑ってて」
姉からの愛に押しつぶされることも無く、幼女は小さい手を大きな首にまとまらせて抱擁を返す。
「お姉ちゃん」
「なに?」
「わたしのお姉ちゃんで居てくれてありがとう。」
「ーーー」
「わたしね、幸せだったよ!」
「ーーー私も、幸せだったよ」
お互いが泣いて、笑って、愛し合う。もうとっくの前にコウタローとシゲヨの存在なんか居なくなっているだろう。このふたりの空間を邪魔しないように立ち去ろう。
「コウタローさん」
とても小さな声で、俺に耳打ちする、いつもならきっとドギマギするはずなのだが、ムードにより特になんとも思わなかった。
「私たち、、、お邪魔ですよね?」
何気に初めて彼女と意見が一致した。俺は肯定して、そろーっと自分の家へ戻ろうとする。だが、
ーーー突如、目の前の少女に変化が起きる。
「ーーーなんだなんだ」
目の前の少女が突如光り出した、それだと誤解をまねくかもしれない、淡い光が彼女をまとったような感覚だ。光の強さはそこまで強くなく、彼女の顔ははっきりと見える、電球ではなく、ネオンライトに近い感覚だ。
「成仏、、、」
シゲヨがポツリと呟いた。
「うそだろ、成仏するのか?」
「あ、そっか。わたし幽霊だったんだ」
成仏。それは俺と彼女の約束したことだ。一体どうして成仏したのかは定かではないが、確かに目の前の彼女の輪郭が目で見て取れるように不鮮明になっていくのがわかる。成仏、それはきっと幽霊の最後なのだろう。当の本人ですら自分が光り出したことに年相応の驚きをせずに受け入れているあたりそれは避けられるものでは無いのだろう。ーーーただ1人を残して、彼女は消えていく。
「ーーーまってよ、いかないで、いや、いやだいやだ、お願いお願いだからぁ!」
受け入れられない。受け入れられるはずが無い。目に見えて、消えていくのだ。残酷だ、終わりを受け入れるなんてもう懲り懲りだ。
「ーーーバイバイお姉ちゃん!大好き!」
ナナミは笑顔で言う。消えていく、見ればわかる、もう時間が無い、すぐ答えなきゃ、今すぐ伝えなきゃいなくなる。涙が止まらない、止まるはずがない。普通は泣くだろう、なんで、笑顔でいられるのだ。私だけが悲しいのだろうか。彼女は私より大人になったのだろうか。
『笑ってて』
ふと頭の中で声が聞こえた。
ーーーああ、そうか、そうだね。
ずっと頭の中で思い描いていたんだ。もし、もし、何かの超常現象で死んだ妹に会えたら、私は何を言うのだろう、何を伝えて、何を伝えられるのだろう。そして最後に何をして終わるのだろう。きっと答えはシンプルだ。
「うん!バイバイ、ナナミ!愛してる!」
最後は笑顔おわるのだ。だって私の中の最も鮮明な彼女は必ず笑顔だから。ーーーきっと一緒なんだ。私も彼女も笑顔だけは忘れずに風化せずに残ってたんだ。
彼女が消えていく、涙は見えた、お互い様だが。でも笑顔だった。可愛かった。きっと私はこの先ずっと彼女を忘れないだろう。彼女も私を忘れないでいて欲しい。わがままだけど、どうせなら笑顔の私を覚えていて欲しい。だから笑顔で、別れる。そういうことなんだろう?ナナミ。
ナナミが成仏して、しばらく経過した。この時間俺もシゲヨも何をすればいいか分からず、とりあえずナミノの近くにいた。シゲヨに関してはうるうる泣いていて励ましている相手が迷うレベルだった。まあ俺も結構半泣きで何とか涙を流さずに済んだ訳は涙を見せたくないという男の無意味なプライドのみだった、まあシゲヨが泣いてるのを見て少し冷静になれたのも多少関係しているのかもしれない。
「まだ、いたのかよ」
「ーーーまあ、一応」
ナミノがようやく声を出す。かなり泣いていたので声はかなりかすれている。
「説明しろ」
「はい」
「お前の横の女の子の事もな」
「ーーーはい」
俺は事の経緯を簡単に話した。
「ええと、つまりお前の横の女の子は幽霊で、さっきのナナミも幽霊で、このふたりが見えてるのは私とコウタローだけってこと?」
「うん。そういうことだ」
「凄い!コウタローさんより理解するのが早いです!」
「え、そうかな」
少し照れくさそうにナミノが髪をいじる。俺も結構頑張って飲み込んだんだが。
「ま、まだ納得はいかないけどね」
「俺もだよ」
「でも良かった」
「何が?」
「あの子は正真正銘のナナミだったってことでしょ」
「ーーー」
「ありがとうコウタロー。あの子を見つけてくれて」
「いや、俺はなんもしてねえよ」
彼女からがここまで誠実な感謝を受けたのは初めてだった。俺は何もしていない、ただ、偶然目の前に迷子の子供がいて、その子を家まで送ったに過ぎない。きっと彼女の感謝は俺にふさわしくない。
「私はね、今日あの子に言いたかったことを全部言えたの。まあだからもう大丈夫って訳でもないけどね、もちろん悲しいしずっと一緒にいれるなら間違いなく一緒にいて欲しい。でもさ、今日会えたこと自体がきっと奇跡なんだよ、私の中にナナミはもちろんずっと居た。でもあの子にとっても私はかけがえのないものだったって分かった。私はあの子の中の偉大な私でありたいの。だから、、、前を向くよ」
なんの躊躇いもなく、恥ずかしげもなく、彼女は、堂々とそう俺に言った。瞳からは揺らぎなく決意がにじみでていて、この瞬間だけは彼女がとても遠くにいると感じてしまった。
「ーーー成仏の方法わかったかも知れません!」
横から先程まで嘘のように静かだったシゲヨが突然声を上げる。
「分かったのか!?」
「はい、分かっちゃいました。幽霊が成仏する条件は、、、願いを叶えることです!」
「願いを叶える、あ、確かに。」
ナナミは『お姉ちゃんに謝りたい』という願いがあった。そして今それを達成した瞬間彼女は消えていった。確かに合点がいく。ならばーーー
「じゃあお前の願いはなんなんだよ」
「え、私?、、、願いなんて特にないですよ」
「じゃあなんで成仏してねえんだよ、、、」
条件がもし先程のものであったとしても結局ふりだしだった。
「ねえ、あの子はどこ行ったの?」
「あの子?」
ナナミのことだろうか、ナミノが俺に質問してくる。いや、流石に流れ的にナナミのことでは無いはずだ。だとしたらシゲヨのことか。
「え、シゲヨなら横にいるだろ?」
「はい!ここにいます!」
手を挙げて己の存在を主張するシゲヨ。だがーーー
「え、いないじゃん」
彼女の眼からはシゲヨの姿は映らなかった。
「え、いやいやここにいるだろ!」
冷や汗が流れる。この汗はきっとナミノがシゲヨを視認出来なかったから流れたものでは無い。ーーーもしかしたら俺もいつか見えなくなるかもしれないと感じたから俺は今、急速に焦りが発生したのだ。
「ーーーっ!」
「大丈夫俺は見えてる」
俺は彼女の手を握った、怖かった。訳が分からないかもしれないが、怖かったのだ。まだであって1日も経過していない。なのに今は彼女が自分の中から見えなくなるのが酷く恐ろしかった。もし俺から彼女が見えなくなったらーーー
「あ、見えた」
「「は?」」
一瞬でも焦った俺が馬鹿みたいじゃないか。
「ーーーつまり、俺と触れてたら彼女が目視できるって訳か。」
「多分」
「いやどういう理屈だよ!」
ほんとに訳が分からない。どうしてこう俺基準の法則になっているんだ?てかこんなルールシゲヨ本人が嫌だろう。
「つまりコウタローさんがいれば誰とでも話せるってことですか!?」
「ポジティブすぎる、、、」
もう順応したのか、もしかして俺は理解能力に乏しいのかもしれない。
「だったら確定だね」
「何が?」
ナミノがよく分からないことを言った。
「コウタローがシゲヨちゃんの成仏の鍵なんじゃない?」
「そういうことに、、、なる、のか?」
「だって私ナナミはあんたがいなくても見れたでしょ?」
「ーーーいやいや、それだとおかしいだろ」
「え、なんかおかしいとこありましたか?」
「だって、俺は初めからナナミちゃんを見ることができたんだ、ナミノの言う通りなら俺もナナミちゃんの成仏に関与できることになる」
「確かに!コウタローさんかしこい!」
天晴れとシゲヨが俺を褒める。別に反論しただけだからむしろ謎は深まっていくだけなのだが、恐らくそんなこと理解していないのだろう。
「もっと条件が緩いのかも」
「条件?」
「うん。さっき見える条件が成仏の鍵って言い方をしたけど、そうじゃなくて関わりがあったとか、そういう関連してたら見える的な?」
「ああ、だったらナナミちゃんは一応面識も関わりも満たしてるな。え、じゃあシゲヨは?」
一斉に沈黙になった。
「霊感強いだけかもね」
結果、原理は分からないが俺が触れたらシゲヨが世界から目視される事実だけが分かった。幽霊が見れるようになる規則的なものはまた幽霊が現れた時に検証しようという感じで落ち着いた。多分みんなそこまで気にしていないし俺も早く寝たかった。
「んじゃ、また」
「うんまた会おーね、シゲヨちゃんもまたね」
「はい!」
「こいつマジでひねくれてるし友達とかもいないけど仲良くしてあげてね!」
「はい!任せてください!」
「言い過ぎじゃない?」
最後にとんでもないことを言いやがって、ふざけ半分にナミノは、俺をからかった。全て事実だからからかいと言っていいのかは微妙だが。なんにせよ軽口を叩けるレベルまで元気になってよかった。家も近いし何かあったらお互い声をかけるだろう。
「あ、コウタロー」
「どうした?」
「また遊ぼ」
「うん、また」
こうして俺たちはナミノと別れた。
「いや〜ほんとに今日は大変でしたね〜!」
ナミノと別れて俺とシゲヨは俺の家へと向かう。ほんとに大変な1日だった。これほど非現実的な生活を送れるような人はほとんど存在しないのではないか。
「詳しい話はまた今度しよう。もう正直疲れた」
「私はまだ話したりませんよ!」
強く胸をはるシゲヨだが流石に疲れが目に見えてわかる。久しぶりの会話だ、それも5年という長い歳月の。
「どうかしたんですか?」
「いや、確かに大変だったなと」
いつもの日常、いつもの帰り道、いつもの癖で自販機の上にある時計を見たことが今日の始まりだった。そこから幽霊だと知らされ、それを成仏して下さいと頼まれ、それで終わりかと思った矢先にナナミちゃんが来たのだ。今までの日常など一瞬で過ぎ去るような1日だった。
俺は彼女を見た。色白で夜の中でも彼女は暗闇に負けることなく美貌を放っている。なぜ俺なのか、今にして思うと釣り合っていない気がしてならない。でも俺以外に適任がいないのならば、やってやろうではないか。
「じゃあまた明日」
「はい!また明日」
「「自販機の下で」」
彼女の願いを叶えてやる。そうして非日常な日常が幕を開けた。




